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第三話 愉快でハイカラな神様
愉快でハイカラな神様 捌
しおりを挟む「どうして、どうしてだよ。俺が、俺が何か悪いことしたかよ」
里蓮くんの発する言の葉は、黒い影として吐き出された。そうかと思うと、黒い影は彼を形作る影になっていく。
「必死で練習して、強豪チームがある高校入って。それの何がいけねんだよ」
吐き出される黒い影は徐々に彼の輪郭すら見えなく為るほどに黒く、毒していく。
「先生に、先輩に何度怒られたか。人一倍練習して、上手くなったと思ったら練習もろくにしてない仲間に嫉妬されて、嫌われて。それでも練習して。どれだけやめてえと思ったか。それでも大会のために、インターハイの為に青春殴り捨ててやってきたんだよ」
黒い言の葉は悲痛な叫びへと形を変える。
「この世に、神様が居るなら教えてくれよ。部活に青春を掛けるのが、何がそんなにいけねんだよ。好きな事に全力でぶつかる事の何がいけねんだよ。俺の、俺の何がそんなに気にいらねんだよ」
震えるような、叫ぶような声で彼は心を吐き出した。
「なんで、俺なんだよ。なんで、俺だけなんだよ」
丸めた紙の様にぐしゃぐしゃになった顔はもう言葉も発せなくなっていた。
ただひたすらに彼の「なん、で。な、んで」と言う嘆きだけが虚しくこだましていた。
私には泣いている。そう感じることしか出来なかった。
だが、どうやって助ければ良いのかか全く分からない。
さっきまで辛うじて見えた表情も毒のせいなのか、ほとんど見えなくなっていた。
「旦那。これは早くどうにかしないと乗っ取らますぜ」
「そうだね、まず落ち着かせて穢れからの侵食を止めないと」
「で、でも、どうしたら」
危ないと云うのは人間の私ですら解った。
爽やかな青年の影はいつの間にか、禍々しい闇の靄になっていた。
時間がない。
それでいて最良の選択をしなくてはならない。
香果さんはゆっくりと落ち着いて考え始める。
そして二秒も経たないうちに困ったように微笑むと靄に近づいた。
「里蓮君、君が言っているように君は全く悪くない。解ってくれるかい」
「だったらなんで。なんで、俺なんだよ。俺だけなんだよ」
霞からぎらり目の様なものが私を睨む。
「それは」
言葉が詰まる。
私は彼の気持ちが理解できている訳ではない。だが、助けを求めているのは私でも解る。
「全く、それなら今からすれば良いじゃないか」
私と彼の視線の間に誰かが入って来た。
月詠さんだった。
彼は空気を読まない様に、ひどく明るい声を掲げた。
「確かにお前は、小野見里蓮は、現世では死んだかもしれない。だがな、お前が知らない世界もまだある。何も視野を狭くして無理に過去に囚われる事はない。現に高天原や浄土では同じ様にスポーツをやっている」
「は、何言って……」
「は、じゃない。事実だ。俺は事実を言っているだけだ」
月詠さんは身軽なステップを踏みながら、里蓮くんに近づく。
しかし、表情は真剣だった。
神様。
この表現が一番しっくりくる。
厳かで、凛としていて、それで居て彼の行動一つで総ての空気が一瞬で変わるほどの力を持つ。
空間から、原子に至るまでのすべてが彼に支配されていた。
まさしく神様であり、それ以上の形容が出来ない。
先程までの飄々とした彼はどこにも居なかった。
「お前は仲間とは仲が好くなかったんだろう。ならば無理に一緒にやることもないだろう。蹴球がやりたいだけなら、もっと強くて仲間を虐めないチームを知っている」
影に多い尽くされていた里蓮くんの魂は、ゆっくりと元の若々しい姿に戻っていく。
「そんなところがあるわけ」
「嗚呼、ある」
きっぱりと瞬きひとつせずに答える。
「強くて、俺を、仲間に、いれ、て、くれる、」
泣きずったせいか青年は必死に、ゆっくり、ヒクッとしながら話す。
月詠さんはそれを聞いて、悪戯っ子の様に笑うと「なぁに、現世の人間のお前と比べれば奴らは『強い』ではなく『化け物』かもしれないがな」と愉快に言った。
「だからな、お前は安心して蹴球をすれば良い。なんなら俺からそのチームに推薦してやろう」
「でもまた、嫌われたら」
「全く、話を聞いていないな。さっきも言っただろう。人間から見たら怪物レベルで上手いんだ。そして実際、人外も多い。がそう簡単には追いつかないぞ。それにあいつらより上手くなったら、虐められるどころか英雄扱いだ」
「僕はそこで、またサッカーが出来るのですか」
「嗚呼、約束しよう」
「本当ですか」
青年の目は、光を放つ雨粒の様に輝きだした。
里蓮くんの影はすっかり元の姿に戻った。
月詠さんは「来い」と指をパチリと鳴らす。
すると、何処からか美しい毛並みの兎がやってきた。
「精大明神に俺から『新入希望者が居る。是非入れてくれ』と伝えて給え。きっと俺からの推薦なら、二つ返事で了承がもらえるだろうから」
彼は月の絵が描かれた和紙にすらりと美しい字を描く。
そして軽く結ぶと兎に持たせた。
兎はぺこっと礼をするとまた何処かへ消えてしまった。
「ごめんなさい、皆さんに迷惑を掛けてしまいました。その、感情がグチャグチャになって判らなくなって」
「なに、気にするな。人間何度も死ぬ事など無く慣れないのだから、そうなるのも仕方ない」
「月の旦那の言う通りでさぁ、こっちは気にしてませんぜ」
「そうだね、乗っ取られなくて本当に安心したよ」
「ぼ、僕はよく判らないけど、とにかく無事で良かった」
里蓮君は申し訳無さそうに、そして恥ずかしそうに笑った。
「その、僕はこれからどうすれば良いですか」
月詠さんは「ここからはお前の出番だ」と言うように香果さんに視線を向ける。
「そうだね、良かったら私達の知り合いと一緒に遊んでくれないかい」
「それは良いな。裁判が始まると暫く出来ないからな」
月詠さんが首を突っ込む。
「チームに入る前の腕鳴らしとしてやってみたらどうだ」
「じゃあ、お願いします」
里蓮くんは元気な笑顔を見せた。
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