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第二話 マヨヒゴの座敷童
マヨヒゴの座敷童 完
しおりを挟む桜源郷と雨月神社を結ぶ鳥居を抜け、妖怪たちの唄えや踊れやのどんちゃん騒ぎが全く聞こえなくなった。
私は名残惜しく後ろを振り返った。
私は水月神池が目に入った。美しく池に映った満月は、どんなに美しい写真や絵にも優るほど美しい。
水面に揺れる月の輪郭の儚さが一層水月を美しく見せる。
今日、香果さんから池の名前の由来を聞いた。
しかし、ここまで美しい月が見えるのなら、水月神池という名前が最もしっくりする。
私は、その水月に魅入られて、水月を眺めていた。
「八雲君、如何したのかい」
香果さんが、不思議そうに私を見た。
「いや、何でもないよ。唯、本当にこの池の水月って綺麗だなって」
香果さんは、水月を見るとゆっくりと瞬きをした。
「……濁りなき 心の水にすむ月は 波もくだけて 光とぞなる」
香果さんは水月神池の水の様に、美しく澄んだ声で歌を詠んだ。
「香果さん、その歌は何」
「これは、道元禅師が詠んだ歌だよ。今日の水月の美しさに良く似合うと思ってね」
香果さんはそう言うと優しく微笑んだ。
静かにゆっくりと時間が過ぎる。
クシュ、と香果さんの腕に抱かれた黒猫はくしゃみをした。
私達は、それを見て思わず笑い出してしまった。
「あっはは。全く藤華は面白いね。しかし身体が冷えてはいけないから、そろそろ帰ろうか」
「そうだね。今度またゆっくりお月見でもしようかな」
「それは良いね。八雲君、良かったら私もご一緒して良いかい」
香果さんは悪戯に微笑む。
「勿論だよ」
「あい、ありがとう。では短冊を沢山用意しておくよ」
「待って、香果さん。僕、和歌詠めないから」
「そうなのかい」
香果さんは意外そうな顔をした。
香果さんは雅人だから、きっと歌詠みも出来るだろう。
しかし、現代人の私にはあまり縁がない。
春の暖かく優しい風が私達の頬を撫でた。
芳しい桜の香りが、何処からか遠く風に乗せられていた。
その香りには、妖怪たちの愉快で賑やかな笑い声が聞こえる気がした。
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