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第二話 マヨヒゴの座敷童
マヨヒゴの座敷童 漆
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「大丈夫かい」
香果さんは姉の座敷童にそう訊く。
「香果さん、私ここ怪我したの」
「見せてくれるかい」
姉の座敷童は怪我をしたところを香果さんに見せる。
ハンカチのお陰で出血は少なくなったがそれでも緋色の血液が膝を伝っている。
香果さんは「これはまた」と言って裾の下から小さな箱を取り出した。
「ちょっと、痛いかも知れないけど。少しだけ動かないでね」
香果さんは小さく切れたガーゼに消毒液を含ませると手際よく怪我の処置を始めた。
姉の座敷童は傷口に消毒液が触れると痛そうに目をギュッと閉じた。
香果さんは「大丈夫」と彼女を励ましながら手当てを進めている。
そして直ぐに綺麗になった傷口に絆創膏を貼った。
「香果さん、香果さん、有難う」
姉の座敷童は嬉しそうにお礼を言った。
「ちょっとだけ待っていてね」
そう言って絆創膏の上から傷口をそっと触れる。
「痛いの、痛いの、飛んで行け。ってね」
香果さんは優しい瞳の片方を軽く閉じる。
口元には何時もの穏やかな笑みが浮かんでいた。
香果さんが触れたところには、もう傷跡が無く綺麗に回復していた。
あれだけ血液が流れていたのだが、どこに傷があったかも判らない程に。
「あれ、香果さん。さっきの痛みが無くなっちゃたよ」
座敷童の姉は不思議そうに言って首を傾げる。
「なら良かった。きっと痛みは何処かに飛んでいってしまったのだね」
彼は優しく微笑んだ。
「香果さん、おにーさん。お姉ちゃんを助けてくれて有難う」
妹の座敷童は嬉しそうに笑った。
彼は、優しく二人の座敷童の頭を撫でた。
「さすが旦那でさぁ。慈悲深い」
藤華さんが香果さんに近づいた。
顔や腕に所々汚れはあったが、いつの間にか猫から人間になっていた。
「座敷童ちゃん。如何してこんな所に居たのかい」
香果さんが脚を曲げ姉の座敷童と同じ視線になって訊いた。
「妹とお花見しようと池に行ったんだけど、何か食べたくなってここに来たの。でも早く妹とお花見の続きをしようと思って近道したら怪我しちゃって。痛みが治まらなくて、みんなの邪魔にならないここで休んでたの」
姉の座敷童は申し訳無さそうに顔を俯かせる。
「お姉ちゃん、気をつけて行くって言ったのに。結局、早く帰ってきてないし、お姉ちゃんの嘘つき」
妹の座敷童は泣きながら、姉の座敷童を叱る。
「うそつき、おおうそつき」
「ごめん」
姉の座敷童は、申し訳なさそうに謝った。
「まぁ、私は優しい妹だから、許してあげる。けど、今度怪我したら許さないからね。覚悟してね」
妹の座敷童は、姉向かって歯を見せて笑った。
「でもね、お姉ちゃんが無事で良かった」
そう言うと、姉の隣にしゃがむ。
「お姉ちゃん、お姉ちゃん。早くお花見しよう」
妹の座敷童は姉の手を取った。
「でも、お菓子も飲み物も何も無いよ」
姉の座敷童は悲しそうな顔をした。
妹の座敷童も一瞬目を丸くした。
そして直ぐに姉と同じ表情になった。
「あ、だったら僕たちと一緒に花見をしようよ。丁度、お菓子が沢山あって少し困っているんだ」
私は座敷童にそう言った。
座敷童が楽しみにしていたお菓子が食べられないと云うのは、彼女らが可哀想だった。
それにお菓子が余りすぎて困っているのも事実である。
「香果さん、勝手にそう云うことにしてしまったけど、香果さんは座敷童ちゃん達と一緒にお花見をしても大丈夫?」
「八雲君、本当に君は優しいね。勿論だよ。寧ろ私は、何人も居る賑やかな宴の席の方が静かな席よりも好きだよ」
香果さんは、上品に口元に笑みを浮かべる。
「まぁ、旦那が良いならオレは構いませんがねぇ」
藤華さんは、少し口元を緩めた。
「香果さん、御一緒していいの」
姉の座敷童が嬉しそうに飛び跳ねながら言った。
「嗚呼、勿論だよ。一緒にお花見をしようか」
「うん」
二人の座敷童は同じタイミングで、目を細めた。
「お姉ちゃん、足はもう痛くない?」
「うん。香果さんのお陰でもうちっとも痛くないよ」
「だったら、お花見する鳥居までキョーソウしようよ」
「負けないからね」
二人の座敷童は一緒に笑い合った。
そして元気に駆けていく。
「あ、ちょっと。二人ともまた怪我したら危ないよ」
私がそう声を掛けた時にはもう遅かった。
彼女らはとっくに向こうの方に行ってしまったのだ。
「何か、怪我をしていたのが嘘みたいだなぁ」
「あっははは。彼女らが元気になって何よりだよ。八雲君、私達も花見をしに行こうか」
香果さんは、穏やかな笑みを浮かべる。
私たちは水月神池に向かってゆっくり歩き出した。
「あ、旦那。すいやせん。ちょっと、取って来たい物がありやすんで先に行っていてください」
そう言って藤華さんは小走りで拝殿の方に向かった。
「藤華さんは、忙しい人だなぁ」
独り言の様に言った。
「まぁ、私たちはゆっくり行こうか。八雲君も疲れたどろう」
香果さんは慈悲の溢れる笑みを私に向けた。
「ありがとう。お言葉に甘えてゆっくり行くね」
そうして、水月御池にゆっくりと向かった。
香果さんは姉の座敷童にそう訊く。
「香果さん、私ここ怪我したの」
「見せてくれるかい」
姉の座敷童は怪我をしたところを香果さんに見せる。
ハンカチのお陰で出血は少なくなったがそれでも緋色の血液が膝を伝っている。
香果さんは「これはまた」と言って裾の下から小さな箱を取り出した。
「ちょっと、痛いかも知れないけど。少しだけ動かないでね」
香果さんは小さく切れたガーゼに消毒液を含ませると手際よく怪我の処置を始めた。
姉の座敷童は傷口に消毒液が触れると痛そうに目をギュッと閉じた。
香果さんは「大丈夫」と彼女を励ましながら手当てを進めている。
そして直ぐに綺麗になった傷口に絆創膏を貼った。
「香果さん、香果さん、有難う」
姉の座敷童は嬉しそうにお礼を言った。
「ちょっとだけ待っていてね」
そう言って絆創膏の上から傷口をそっと触れる。
「痛いの、痛いの、飛んで行け。ってね」
香果さんは優しい瞳の片方を軽く閉じる。
口元には何時もの穏やかな笑みが浮かんでいた。
香果さんが触れたところには、もう傷跡が無く綺麗に回復していた。
あれだけ血液が流れていたのだが、どこに傷があったかも判らない程に。
「あれ、香果さん。さっきの痛みが無くなっちゃたよ」
座敷童の姉は不思議そうに言って首を傾げる。
「なら良かった。きっと痛みは何処かに飛んでいってしまったのだね」
彼は優しく微笑んだ。
「香果さん、おにーさん。お姉ちゃんを助けてくれて有難う」
妹の座敷童は嬉しそうに笑った。
彼は、優しく二人の座敷童の頭を撫でた。
「さすが旦那でさぁ。慈悲深い」
藤華さんが香果さんに近づいた。
顔や腕に所々汚れはあったが、いつの間にか猫から人間になっていた。
「座敷童ちゃん。如何してこんな所に居たのかい」
香果さんが脚を曲げ姉の座敷童と同じ視線になって訊いた。
「妹とお花見しようと池に行ったんだけど、何か食べたくなってここに来たの。でも早く妹とお花見の続きをしようと思って近道したら怪我しちゃって。痛みが治まらなくて、みんなの邪魔にならないここで休んでたの」
姉の座敷童は申し訳無さそうに顔を俯かせる。
「お姉ちゃん、気をつけて行くって言ったのに。結局、早く帰ってきてないし、お姉ちゃんの嘘つき」
妹の座敷童は泣きながら、姉の座敷童を叱る。
「うそつき、おおうそつき」
「ごめん」
姉の座敷童は、申し訳なさそうに謝った。
「まぁ、私は優しい妹だから、許してあげる。けど、今度怪我したら許さないからね。覚悟してね」
妹の座敷童は、姉向かって歯を見せて笑った。
「でもね、お姉ちゃんが無事で良かった」
そう言うと、姉の隣にしゃがむ。
「お姉ちゃん、お姉ちゃん。早くお花見しよう」
妹の座敷童は姉の手を取った。
「でも、お菓子も飲み物も何も無いよ」
姉の座敷童は悲しそうな顔をした。
妹の座敷童も一瞬目を丸くした。
そして直ぐに姉と同じ表情になった。
「あ、だったら僕たちと一緒に花見をしようよ。丁度、お菓子が沢山あって少し困っているんだ」
私は座敷童にそう言った。
座敷童が楽しみにしていたお菓子が食べられないと云うのは、彼女らが可哀想だった。
それにお菓子が余りすぎて困っているのも事実である。
「香果さん、勝手にそう云うことにしてしまったけど、香果さんは座敷童ちゃん達と一緒にお花見をしても大丈夫?」
「八雲君、本当に君は優しいね。勿論だよ。寧ろ私は、何人も居る賑やかな宴の席の方が静かな席よりも好きだよ」
香果さんは、上品に口元に笑みを浮かべる。
「まぁ、旦那が良いならオレは構いませんがねぇ」
藤華さんは、少し口元を緩めた。
「香果さん、御一緒していいの」
姉の座敷童が嬉しそうに飛び跳ねながら言った。
「嗚呼、勿論だよ。一緒にお花見をしようか」
「うん」
二人の座敷童は同じタイミングで、目を細めた。
「お姉ちゃん、足はもう痛くない?」
「うん。香果さんのお陰でもうちっとも痛くないよ」
「だったら、お花見する鳥居までキョーソウしようよ」
「負けないからね」
二人の座敷童は一緒に笑い合った。
そして元気に駆けていく。
「あ、ちょっと。二人ともまた怪我したら危ないよ」
私がそう声を掛けた時にはもう遅かった。
彼女らはとっくに向こうの方に行ってしまったのだ。
「何か、怪我をしていたのが嘘みたいだなぁ」
「あっははは。彼女らが元気になって何よりだよ。八雲君、私達も花見をしに行こうか」
香果さんは、穏やかな笑みを浮かべる。
私たちは水月神池に向かってゆっくり歩き出した。
「あ、旦那。すいやせん。ちょっと、取って来たい物がありやすんで先に行っていてください」
そう言って藤華さんは小走りで拝殿の方に向かった。
「藤華さんは、忙しい人だなぁ」
独り言の様に言った。
「まぁ、私たちはゆっくり行こうか。八雲君も疲れたどろう」
香果さんは慈悲の溢れる笑みを私に向けた。
「ありがとう。お言葉に甘えてゆっくり行くね」
そうして、水月御池にゆっくりと向かった。
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