アヤカシ町雨月神社

藤宮舞美

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第二話  マヨヒゴの座敷童

マヨヒゴの座敷童 壱

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   第二話  マヨヒゴの座敷童


 常世、雨月神社に住む事になって数日。
 私はコンビニに自分の荷物を取りに行って来た。
 香果さんから借りている部屋にこの荷物を運ぼうと、雨月神社の楼門を通った。
 香果さんは、何時もの様に神社の参道を掃除している。
「おや、八雲君如何したのかい、そんなに荷物を持って」
「えっと、これから一年間住むから、衣類とか本などを部屋に運ぼうかなと思って」
「大丈夫かい。そんなに荷物を持って。手伝おうかい。浮世から神社までの道で、大層疲れただろう」
 香果さんは優しく手を差し伸べてくれた。
「いっいや、大丈夫だよ」
 香果さんの気遣いが嬉しかった。
 しかし私も男だ。自分の荷物くらい運べなくては。
「あ、そうだ香果さん。渡したい物が」
 私はそう言って荷物の袋から東京の和菓子「塩瀬」の饅頭を渡す。
「改めて、これから宜しくお願いします。挨拶のお菓子なんだけど」
「嗚呼。八雲君、此方こそ、宜しくお願い致します」
 香果さんは、私から菓子を受け取ると目を輝かせた。
「あなや。八雲君、本当に良いのかい。この名菓子が戴けるなんて幸せだよ。あい、有難う」
 香果さんは、欲しかった玩具を買って貰った子供の様に喜んだ。
 普段はとてもおしとやかで優しい人だが、甘いものが在るとすぐ子供の様になってしまう。
 香果さんがここまで甘いものが好きだとは知らなかった。
「どうしたんでさぁ旦那。と八雲さん」
 猫の姿の藤華さんが、日陰からひょいと出てきた。
「藤華、此方へおいで。八雲君から甘味を戴いたのだよ」
「そいつはぁありがてぇ」
 私と藤華さんは香果さんに背中を押されて、寝殿造りの屋敷に向かった。
 彼は口にこそ出していないが早く食べたいと云うオーラが全身から溢れていた。

 香果さんの勧めで、私たちは大広間に座る。
 香果さんが慣れた手付きで、緑茶を入れる。
 いつの間にか饅頭が、可愛らしいお皿に乗って配られていた。
「八雲君、戴くね」
 香果さんは行儀良く「いただきます」と手を合わせて、饅頭を食べ始める。
 香果さんは黒文字を上手に使って、饅頭を食べていく。
「これは、懐かしい。創業当事から食べていたけど、本当に何時でも美味しいね」
 香果さんは、口元を緩また。
 そして彼は、それを隠すように口に手を当てる。
 彼は美味しそうに、幸せそうに、一口一口食べた。
 もう、近所の挨拶のお菓子を全部食べても良いよ、と言いたくなるくらいに。
 私は黒文字を使うのに慣れていない為、食べ方が優雅ではない。
 藤華さんは、香果さん程ではないが黒文字を器用に使って食べている。
「そういえば、香果さん。僕の家の近所とか、挨拶する所とかあるの」
 この家は普通の家とは違い、異空間に大きな寝殿造りが一つだけある。
 お隣さんは神社だし近所に他の建物は何も無い。
「そうだね。特には無いかな」
「あ、だったら。香果さん。これも、良かったら」
 私はお菓子の箱を香果さんに渡す。
「こんなに、戴いてばかりでは悪いよ」
「料理とか、町の案内とかして貰っているし。それに、正直こんなにあっても僕一人じゃ食べ切れないから」
 私は、いくつもの菓子の箱が入っている大きな袋に目をやる。
「ほんとに良いんですかい八雲さん。旦那にかかりゃぁ直ぐ終っちまいますぜ」
 藤華さんは、意味ありげな笑みを浮かべた。
「捨てるのは勿体無いし。どちらかと言うと、そっちの方が僕は助かるかな」
「じゃぁオレは菓子類を貰いますぜ」
 藤華さんは、菓子の入った箱を一つ受け取った。
 然し、まだまだ箱は何個もある。
 藤華さんは受け取った菓子の箱から、菓子を取り出す。
 それから、香果さん、藤華さん、私に配った。
「さて、また食べやすか。いただきやす」
「ありがとう、戴きます」
 香果さんはもう一度、幸せそうに饅頭を食べた。
 私も饅頭をたべようと、黒文字を持つ。
 先程よりは、黒文字の使い方に慣れてきた。
 黒文字が饅頭をゆっくりと二つに切っていく。
 ふわっふわの皮がゆっくりと別れ、皮と対照の色をした小豆餡が顔を覗かす。
 断面も美しく、一つの芸術品だった。
 口に入れた瞬間、上品な小豆の甘さが口の中いっぱいに広がっていく。
「うん。美味しかった。御馳走様」
 香果さんはあっという間に饅頭を食べ終わってしまった。
「そうだ、八雲君。神池の桜を見たかい」
 香果さんは、何か悪戯を思いついた少年の様な、笑みを浮かべた。
「桜かぁ。見てないから見てみたいな。その神池はどこに在るの」
「では、案内するよ。花見に甘味でも持っていこうか」
「また、甘味」
 先程、いや、今も食べているところだ。
 このペースで行ったら、藤華さんの言う通り直ぐ無くなってしまう。
 賞味期限がそう長くは無い饅頭と、そこまで大量消費できない私の事を考えたら嬉しい事だが。
「八雲さん、旦那の甘味好きを舐めたら駄目ですぜ」
 藤華さんは、私の心を見透かしたように言った。
「う、うん。そうだね」
 私は、曖昧に笑う事しか出来なかった。

「さぁ、八雲君。付いて来てくれるかい」
 私は、神池の桜まで案内してくれる香果さんに付いて行った。
 勿論、まだまだ余っている塩瀬の饅頭の入っている箱を持って。
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