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第一話 浮世の参拝者
浮世の参拝者 肆
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拝殿の脇にある竹林の道に入っていった。
彼の背中を見ながら薄暗い竹林の中をしばらく歩く。
竹林を抜けると太陽の光を眩しく反射した大きな池。
拝殿に居たときには全くここら辺には、建物らしい物が見えなかった。その為屋敷が見えたとき、私はたいそう驚いた。
しかし何より驚いたのが、私がこれから住む家が平安時代の貴族を想わせる程、大きく立派な寝殿造りの屋敷だった事だ。
屋敷の庭にある大きな池は、港町に浮いている客船や遊覧船くらいなら余裕を持って浮かせる事が出来るほど大きい。
また、屋敷の一つの部屋はぱっと見ただけでも、一般的な大きさの一軒家の二、三倍は余裕である程の大きさだ。
孫廂に面しているところには、美しい色の御簾や、優美な柄の壁代が掛かっていた。
御簾や壁代は、池の周りに植えてある木の葉と一緒に、ゆら、ゆら、と優雅に風に吹かれて揺れている。
庭にはまだ季節ではないのに、桔梗の花が美しく咲き誇っていた。
「男一人と猫一匹だからあまり綺麗でもないし、大きくもないけれど」
そう云って彼は私を平安貴族が住んでいたであろう、大きく立派な寝殿造りの屋敷に案内した。
庭の掃除は隅々まで行き届いていて、池の水は透き通っている。
陽の光を浴びて金剛石の様に輝く水の池には、錦鯉が優雅に泳いでいる。
彼の言う「あまり綺麗ではない」という事は全くなく、とても歴史的で立派で美しく、大きな屋敷だった。
男性の案内で私は、屋敷の中に通された。
屋敷の中には塵芥が全く無い。
そして、この屋敷の主人の拘りがわかる程、芸術的に並べられた上質な家具や装飾品が私を出迎えた。
私達はそこで履物を脱ぐ。
ほんのり木の香りが漂う長い廊下を歩くと、私は一つの部屋に案内された。
その部屋は東京にある私の実家の三、四倍以上は大きさがあり部屋というより『家』と云えるほど大きかった。
しかし私一人が生活するには大きすぎた。
ここまで大きいと掃除するのも、ましては部屋の隅から隅に歩く事も一苦労。否、二苦労だ。
「あ、あの。此処より小さい部屋って、ないのですか」
「一体、どれだけ小さい所に住みたいのかい。在るには在るけど、猫部屋だったり、唯の畳部屋だったりと、一年間暮らすには小さすぎるよ」
「どの位の広さですか」私がそう聞くと「此処の半分位しかないよ」と云われ、かなり大きいことには全く変わりは無いが、私は少し小さい方を希望した。
そして、これらの言動から和服の男は庶民の私から見て富豪だと思った。否、きっと有名な富豪から見ても桁違いの貴族だと云う事も私は確信した。
私は部屋に案内された。
私はその部屋に持っていた小さな荷物をいぐさの香る部屋の畳にそっと、降ろす。
それから男性に、気になっていた事を尋ねてみる。
「あ、あの、後で大きい荷物が宅配のコンビニ受け取りで届くのですけど。そ、それに僕、大学にも行かないとなんですけど、僕って浮世に一年間出られないのですか」
男性は、「嗚呼」と頷き、優しく答えた。
「否、その位なら大丈夫だよ。但し、数日空けると駄目だけど。学校や買い物、浮世に遊びに行く事や、君の好きな女性と逢引する位なら全く問題ないよ」
なら良かった。一年間ずっとこの町に居なくてはならない、と云う事は免れた。
しかし生憎、私には彼女もいないので浮世に行く必要があるのは学校と買い物くらいだろう。
「全く知らない田舎に、引っ越してきた訳だろう。その上『常世』に来てしまった訳だ。さぞ不安だろう。君が根の国で何か困った事があったら、良ければ私に相談してくれるかい。これから此処で暮らす訳だし、君と私たちは家族だと思ってくれると嬉しいな」
彼はそう言ってニッコリと笑う。私もそれにつられて自然にニッコリ笑ってしまう。
なぜだか不思議と不安は小さくなっていた。
それどころか初めて来たこの場所を懐かしく安心感まで覚える。
「えぇと、嗚呼、自己紹介。そう云えばまだだったね。私の名は香果と申します。以後お見知りおきを」
「ええっと、僕は霧立八雲です。こちらこそよ、宜しくお願いします」
私はよく判らないままこの生活を受け入れてしまった。
彼の背中を見ながら薄暗い竹林の中をしばらく歩く。
竹林を抜けると太陽の光を眩しく反射した大きな池。
拝殿に居たときには全くここら辺には、建物らしい物が見えなかった。その為屋敷が見えたとき、私はたいそう驚いた。
しかし何より驚いたのが、私がこれから住む家が平安時代の貴族を想わせる程、大きく立派な寝殿造りの屋敷だった事だ。
屋敷の庭にある大きな池は、港町に浮いている客船や遊覧船くらいなら余裕を持って浮かせる事が出来るほど大きい。
また、屋敷の一つの部屋はぱっと見ただけでも、一般的な大きさの一軒家の二、三倍は余裕である程の大きさだ。
孫廂に面しているところには、美しい色の御簾や、優美な柄の壁代が掛かっていた。
御簾や壁代は、池の周りに植えてある木の葉と一緒に、ゆら、ゆら、と優雅に風に吹かれて揺れている。
庭にはまだ季節ではないのに、桔梗の花が美しく咲き誇っていた。
「男一人と猫一匹だからあまり綺麗でもないし、大きくもないけれど」
そう云って彼は私を平安貴族が住んでいたであろう、大きく立派な寝殿造りの屋敷に案内した。
庭の掃除は隅々まで行き届いていて、池の水は透き通っている。
陽の光を浴びて金剛石の様に輝く水の池には、錦鯉が優雅に泳いでいる。
彼の言う「あまり綺麗ではない」という事は全くなく、とても歴史的で立派で美しく、大きな屋敷だった。
男性の案内で私は、屋敷の中に通された。
屋敷の中には塵芥が全く無い。
そして、この屋敷の主人の拘りがわかる程、芸術的に並べられた上質な家具や装飾品が私を出迎えた。
私達はそこで履物を脱ぐ。
ほんのり木の香りが漂う長い廊下を歩くと、私は一つの部屋に案内された。
その部屋は東京にある私の実家の三、四倍以上は大きさがあり部屋というより『家』と云えるほど大きかった。
しかし私一人が生活するには大きすぎた。
ここまで大きいと掃除するのも、ましては部屋の隅から隅に歩く事も一苦労。否、二苦労だ。
「あ、あの。此処より小さい部屋って、ないのですか」
「一体、どれだけ小さい所に住みたいのかい。在るには在るけど、猫部屋だったり、唯の畳部屋だったりと、一年間暮らすには小さすぎるよ」
「どの位の広さですか」私がそう聞くと「此処の半分位しかないよ」と云われ、かなり大きいことには全く変わりは無いが、私は少し小さい方を希望した。
そして、これらの言動から和服の男は庶民の私から見て富豪だと思った。否、きっと有名な富豪から見ても桁違いの貴族だと云う事も私は確信した。
私は部屋に案内された。
私はその部屋に持っていた小さな荷物をいぐさの香る部屋の畳にそっと、降ろす。
それから男性に、気になっていた事を尋ねてみる。
「あ、あの、後で大きい荷物が宅配のコンビニ受け取りで届くのですけど。そ、それに僕、大学にも行かないとなんですけど、僕って浮世に一年間出られないのですか」
男性は、「嗚呼」と頷き、優しく答えた。
「否、その位なら大丈夫だよ。但し、数日空けると駄目だけど。学校や買い物、浮世に遊びに行く事や、君の好きな女性と逢引する位なら全く問題ないよ」
なら良かった。一年間ずっとこの町に居なくてはならない、と云う事は免れた。
しかし生憎、私には彼女もいないので浮世に行く必要があるのは学校と買い物くらいだろう。
「全く知らない田舎に、引っ越してきた訳だろう。その上『常世』に来てしまった訳だ。さぞ不安だろう。君が根の国で何か困った事があったら、良ければ私に相談してくれるかい。これから此処で暮らす訳だし、君と私たちは家族だと思ってくれると嬉しいな」
彼はそう言ってニッコリと笑う。私もそれにつられて自然にニッコリ笑ってしまう。
なぜだか不思議と不安は小さくなっていた。
それどころか初めて来たこの場所を懐かしく安心感まで覚える。
「えぇと、嗚呼、自己紹介。そう云えばまだだったね。私の名は香果と申します。以後お見知りおきを」
「ええっと、僕は霧立八雲です。こちらこそよ、宜しくお願いします」
私はよく判らないままこの生活を受け入れてしまった。
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