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第一話 浮世の参拝 番外
平安の琴事情
しおりを挟む私は、自分がこれから暮らす部屋の前の孫廂に出て、月を眺めていた。
まだ、4月になったばかりで、風がまだ冷たい。
ゆっくり、月を眺める事ができるのは田舎ならではだろう。
そんな事を思いながら、これから暮らす常世や、これから通う大学の事をぼんやりと考えていた。
すると冷たく心地好い風に吹かれて、何処からか心地好い琴の音が聴こえてくる。
草木は琴の音色に合わせて、ゆっくりと揺れていた。
「綺麗な音だなぁ。誰が奏でているんだろう」
私は小さく呟いた。
「八雲さん、どうしたんでさぁ」
藤華さんが、私を見つけ歩いてきた。
「月と琴の音がきれいだなぁって。この琴、誰が弾いてるの」
「誰って、此処にはオレと八雲さんと香果の旦那しかいやせんって」
「え、じゃあ、香果さんがこの琴の音を弾いてるの」
「まぁそういう事でさぁ」
香果さんがこの美しい琴を弾いているのか。
たしか、私が雨月神社に来たときは笛を弾いていた気がする。
香果さんは、様々な楽器の演奏がとても上手いんだなぁと感心した。
「八雲さん、そんなに気になるんでしたら、旦那が演奏してるとこ覗いて見りゃー良いんじゃないですかぃ」
そう言って藤華さんは私の返事も聞かずに、香果さんが事を演奏している部屋に引っ張っていく。
部屋に近付くと琴の音も大きくなっていき、より美しく感じられる。
「さぁさぁ、八雲さんも共犯ですぜ」
そう言って藤華さんは、襖をそっと開けた。
そこには寛雅な琴の音を奏でる香果さんが居た。
私たちは香果さんの演奏に耳を傾けていた。
しばらくして、一曲弾き終えた香果さんが周りを見渡すと私たちと目が合った。
「如何したんだい。こんな所に来て」
「あ、いや、その」
「旦那の演奏を聴きに参ったんでさぁ。そうですよね、八雲さん」
「うん。とても綺麗な演奏だったよ」
香果さんは恥ずかしそうに「あっはは」と小さく笑った。
「有り難う。まさか、覗かれているなんて。かぐや姫にでもなった気分だよ」
香果さんはそう言ってまた微笑んだ。
「香果さん、凄く琴が上手いんだね。でも、僕もそうだけど、今では皆、琴ってあまり聴かないから、知らないかも」
「そうなのかい」
香果さんは不思議そうな顔をした。
「僕は、興味はあるんだけど、琴を弾いている人ってあんまり身近に居ないし、テレビとかでも琴って流れないし…」
「では少し教えて上げようか。琴はね、平安時代には遊びだったのだよ。琴が上手い人は、男女問わず人気が高かった。舞、和歌、楽器はあの時代は絶対だったのだよ」
「和歌と同じ位って、平安時代は楽器が出来ないと駄目なんだ」
きっと香果さんは平安時代にタイムスリップしても、女性にモテるだろう。
そして私は、舞も楽器も和歌も出来ないので、今よりも女性から相手にされないだろう。
「また、楽器や舞が秀でている人は、帝に見せる事もあったのだよ」
「み、帝に。見せる人は凄く緊張するだろうなぁ」
「それだけなら良いのだけど、あの時代は、妖怪やあやかしも楽器を弾いていた。それでよく都では、あの琴の音は妖怪が弾いているだの、誰も居ないはずの処で、笛の音が聴こえる、あやかしに違いない等の噂話がとても多かったのだよ」
「うぁ。都の人も大変だ」
「まぁ、楽しいのだけれどね。そうだ、八雲君。琴を弾いてみないかい」
「じゃあ僕も琴を弾いてみても良いの」
「勿論。私で良ければ教えて上げようか」
それから、何時間か私は練習をしたが、全く上手くならなかった。
そして、私がやっと一曲をなんとか弾けるようになったのは、香果さんとの練習を、一週間続けた後の事だった。
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