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第一話 浮世の参拝者
浮世の参拝者 捌
しおりを挟む一の鳥居を抜けると浮世に出た。
鳥居を抜けてすぐ小さな小川があった。
山の奥だからだろうか、川のせせらぎと小鳥の声しか聞こえない。
ゆっくりしていきなさい、と自然が云っていると思うほど、心地の良い場所だ。
長い冬が終わり、ずっと待っていた春の到来を全身で喜ぶかのように色々な花が咲いていた。
草影には健気な小さな花が木を彩っている。
足元には春を告げる青く可愛らしい花が、私達を見ていた。
小川には、小さな体に大きな桶のようなものを持った、小さな子供がいた。彼は小豆を桶の様な物の中で、ショキショキ、と大きな音をたてて丁寧に川で洗っていた。
「彼は、小豆洗い君だよ」
香果さんは私に教えてくれた。
妖怪、小豆洗いなど、子供の頃アニメでしか見たこと無い。
だが老人のイメージがあった私はこの小豆荒いがとても幼かったためとても驚いてしまった。
香果さんは彼に近づくと「やあ、小豆洗い君。少しいいかな」と優しく云った。
「香果さん、如何したのですか」
妖怪、小豆洗いは目をまるくする。
「一つ目君から訊いただけれど、小豆洗い君、この近くに小さな人間の女の子を見なかったかい」
「香果さま、多分あの石の事だと思います。ここら辺で見かけない女子が居ましたから。こっちです。こっち。付いて来てくだい」
香果さんは少女に優しく微笑む。
「あと少しで、パパとママに会えるからね。あと少し、一緒に頑張ろうか。大丈夫かい。疲れてないかい」
香果さんは少女を気遣うように彼女と同じ目線までしゃがんで訊いた。
「うん、大丈夫。お兄ちゃんたちが一緒だから楽しいよ。私もママとパパに会うために頑張るね」
彼女は目を細める。
香果さんはそれを見ると安心したように微笑んだ。
「疲れたら私達に云ってね」
香果さんは優しく言った。
「見て、見て、お兄ちゃん。ちょうちょうがいるの。すごい、すごい」
少女はそういって駆けていった。
「あっちょっと、そんなに遠くへ行ったらあぶないよ」
私はそう言って少女を見失わない様に走り出そうとした瞬間、身体が浮び背中を打った。
山というだけあってか、霜が今時期溶けたようで地面がグチャグチャにぬかるんでいたのだ。
その為背中には泥汚れが付いてしまった。
「いたた」と打った背中に手を当てながら立ち上がる。
すると小川の水で濡れた石に再び足を滑らせた。
また同じ場所を打つ。
背中の泥汚れは小川の水で流れたが服は水浸しになってしまった。
「大丈夫かい」と香果さんが手を伸ばし心配そうに私に言った。
恥ずかしさのあまり「はい」としか言えない。
少女は蝶を見失ったのかしょんぼりとして帰ってきた。
彼女は私を見るとケラケラ笑った。
「うぅ」私は冷たくなった背中に再び手を当てた。
「お兄ちゃん、これ、あげるね」
少女は私に、ピンクの可愛い柄のハンカチをくれた。
「ありがとう」私はそう言ってハンカチを受け取った。
私は小川に落ちたときに濡れた背中を軽く拭いた。
ハンカチのおかげでひんやりと濡れた背中がいささか気にならなくなった。
「八雲君も長旅で疲れただろうし、君もパパとママを探して疲れただろう。少し休憩を入れよう。君はそれで良いかい」
「えー。早く、ママとパパを探そうよ。私はこのくらい、へーきだよ」
「今すぐ探すのも良いけど、休憩を入れれば、君も何か思い出すかもしれないよ。どうかな。休憩しても良いかい」
「しかたがない。私はガマンが出来るの。だから、待っていてあげる」
少女は「えっへん」と腰に手を当てて堂々といった。
その姿が年相応の行動でとても微笑ましかった。
「我慢が出来る偉い子には、はい。これを私からあげようかな」
そう云って香果さんは袖の下から小さな瓶に入った宝石を少女にあげた。
少女は金平糖を一気に頬張った。
すると少女は近くの草むらに「なにかいる」と言って、直ぐに行ってしまった。
香果さんと私は少女の居る草むらが見える、大きな石に腰掛けた。
「八雲君も食べるかい」
香果さんはそう云って小さな瓶から金平糖を一つ取り出すと、瓶を私に渡した。
「大丈夫。これは、浮世の金平糖だから心配は要らないよ」
「じゃあ、少しだけ」
私は、香果さんの持っていた小さな瓶から、金平糖をいくつか取り出して、口に入れた。
金平糖のガリリ、と云った独特の食感と、砂糖の甘さが疲れた私の身体と心を癒してくれた。
「おいしい」
「良かった。君に気に入って貰えたようで」
香果さんは先程出した一つの金平糖を口に入れると幸せそうな笑みを浮かべた。
「香果さんは、その、香果さんは甘いものとか好きなのですか」
「どうしてだい」
香果さんは、不思議そうに顔を傾げた。
「いや、その、金平糖を、とても、嬉しそうに。幸せそうに食べていたので」
「嗚呼、私はそんな顔をしていたのかい」
香果さんが、金平糖を食べているときの幸せそうな顔は、無自覚だったらしい。
「確かに私は甘いものは好きだけど、まさかそんな顔をしていたなんて」
香果さんは少しだけ耳を赤くした。
「お兄さん。見て見て、バッタつかまえた」
少女は手からバッタを出した。
バッタは手が開いたのと同時に何処かへ飛び立ってしまった。
香果さんはしょんぼりした少女の頭を優しく撫でた。
少女は歯を見せて笑った。
香果さんは少女が笑っているのを見て少女に優しく微笑み返した。
「おや、八雲君は如何して笑っているのかい」
私は二人を見て、無意識に笑顔になっていたようだ。
「僕だけじゃないですよ。香果さんも微笑んでいますって」
「おや、私も笑っていたかな。君に云われるまで気付かなかったよ」
「お兄ちゃんたち自分が笑っているのに気付かないなんて変なの」
私たち三人は彼女の一言で笑い出してしまった。それを見た小豆洗いも笑い出した。
「香果さまはいつも笑っているからね。とても素敵な方だよ」
「お兄さんは、いつも笑っているんだ」
少女は小豆洗いの言葉を聴いて香果さんを見た。
香果さんは優しく微笑んだ。
「香果さまは優しい人だからきっと君を助けてくれるよ」
「ほんとに! お兄さん、ヨロシクね。パパとママに会わせてね」
「嗚呼、約束しようか。私たちを信じてくれるかい」
「うん!」
妖怪とアヤカシと香果さんと私の周りに暖かい空気が流れている。
相手がアヤカシだろうが妖怪だろうが人間だろうが、信じるという事は暖かなものだった。
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