アヤカシ町雨月神社

藤宮舞美

文字の大きさ
上 下
11 / 48
第一話 浮世の参拝者

浮世の参拝者 拾

しおりを挟む


 しばらくして、彼女の両親は森に来た。
 母親は少女の遺体を、優しく抱きしめた。
 そして、泣き崩れた。
 何度も、何度も「ごめんね。ごめんね」と嘆きながら。
 父親は母親の背中を優しく撫でる事しか出来なかった。
 父親も泣いていたのだ。
 彼は私には聞き取れない程震えた小さな声で少女の名前を呟いている。
 アヤカシになった彼女の魂は母親に近づいた。
 そして少女は歯を見せて、笑おうとする。
 悲しくない、淋しくない訳ではない。
 ただ少女の顔は泣くのを必死に我慢していたのだ。
 その証拠に少女の顔は今にも泣きそうでグチャグチャになっている。
 母親は少女の遺体の頭を撫でながら優しく言った。
「ごめんね。寒かったでしょう。今日は貴方の好きなカレーでも何でも作ってあげるから。ごめんね、寂しかったでしょう、ごめんね。ごめんね」
「寂しくないよ。お兄ちゃんたちがパパとママを一緒に探してくれたから、とっても楽しかったの」
「ごめんね。ごめんね」
「あかり、こんなパパで悪かったな。ごめんな」
「泣かないでママ。パパ。私は。あ、あかりは強い子だもん」
 少女が微笑むとアヤカシだった彼女の魂からは憂いが消えていた。
 そして黒い影のようだった少女は生きていたときと同じ人の姿に戻って笑っている。
「人の姿に戻った。く、黒く無くなっている…」
「きっと『名前』を思い出したからだね。『名前』あれは呪なのだよ。『アヤカシ』にとっても『人間』であっても『妖怪』であっても。『名前』と云う呪に縛られているのだよ。そしてそれは決して逃れる事の出来ないものだ。たとえ、それが『神様』だとしても」
 香果さんは悲しそうな顔をした。
 香果さんは私が見ているのに気がつくと、悲しくそれゆえに上品に微笑んだ。
「名前が解ると云う事は、客観的でも主観的でも楽観的だとしても自分自身についても解る、と云う事なのだよ。喩え『呪』でもそれは凄い事なのだよ。アヤカシは名前を取り戻せば記憶が戻る。すると黒くなった不安や焦りが無くなり、元の生きていたときの自分が戻る。不安や焦りが無くなると云う事は黒くなった『負』の部分が取り出される。まぁ、人間にも同じ事が云えるのだけれど」
 香果さんはアヤカシが元の姿に戻った説明をしてくれた。
 しかし、私には難しい。
「ありがとう。お兄ちゃんたち」
 少女の声が聞こえた。
 私はあかり、と云う名の少女を見る。
 少女は、ゆっくりと両親に向かって、手を伸ばす。
 それと同時にゆっくりと光となり消えてしまった。
「逝っちゃった、のですか。彼女は」
「憂いを払っただけだからまだ何とも云えないけれど、然るべきことはきっとご両親がやってくれるよ。だから大丈夫だよ」
 香果さんは優しく微笑んだ。
「香果さん、どうしてアヤカシだった彼女は、両親には見えなかったのですか」
「アヤカシや妖怪は基本的には常世の住民にしか見えないのだよ。もし浮世でそう云ったものが見える人は霊感があると言われる人達だね」
「え。じゃあ香果さん。彼女の魂の声は両親に届いていないのですか」
「八雲君、それは私にも解らない。けれど届いた、届いていないは不毛だよ。人もアヤカシも妖怪も失ったモノを得るのは難しい。けれども失う前ならそれをとめる事が出来る。アヤカシだった彼女が家族に会えた。失いかけた家族の縁を取り戻した。」
 穏やかな笑みを浮かべてそう言った。
「縁や絆を取り戻した、と言うのはとても簡単じゃない。しかし本当にそう為るには心が通じ合ってないと駄目なのだよ。上辺だけでは意味が無い。でも彼女達は本当に縁や絆を取り戻した。八雲君、如何云う事か解るかい」
「心が深く通じ合っていた。お互いに信じあっていた。と云うことですか」
「そう云う事だよ。それだけのこと、なのだよ」
 香果さんは「それは、本当に難しいこと、だけれども、ね」と誰にも聞き取れない程小さな声で独り呟いた。
 アヤカシの少女とその両親はお互いに信じ合っていた。
 アヤカシの少女は家族の絆が戻っただけだ。
 言葉が通じ合っているかなど、心が通じ合っている彼女らには愚問だった。
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

公主の嫁入り

マチバリ
キャラ文芸
 宗国の公主である雪花は、後宮の最奥にある月花宮で息をひそめて生きていた。母の身分が低かったことを理由に他の妃たちから冷遇されていたからだ。  17歳になったある日、皇帝となった兄の命により龍の血を継ぐという道士の元へ降嫁する事が決まる。政略結婚の道具として役に立ちたいと願いつつも怯えていた雪花だったが、顔を合わせた道士の焔蓮は優しい人で……ぎこちなくも心を通わせ、夫婦となっていく二人の物語。  中華習作かつ色々ふんわりなファンタジー設定です。

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

夫は平然と、不倫を公言致しました。

松茸
恋愛
最愛の人はもういない。 厳しい父の命令で、公爵令嬢の私に次の夫があてがわれた。 しかし彼は不倫を公言して……

処理中です...