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第一話 浮世の参拝者
浮世の参拝者 拾
しおりを挟むしばらくして、彼女の両親は森に来た。
母親は少女の遺体を、優しく抱きしめた。
そして、泣き崩れた。
何度も、何度も「ごめんね。ごめんね」と嘆きながら。
父親は母親の背中を優しく撫でる事しか出来なかった。
父親も泣いていたのだ。
彼は私には聞き取れない程震えた小さな声で少女の名前を呟いている。
アヤカシになった彼女の魂は母親に近づいた。
そして少女は歯を見せて、笑おうとする。
悲しくない、淋しくない訳ではない。
ただ少女の顔は泣くのを必死に我慢していたのだ。
その証拠に少女の顔は今にも泣きそうでグチャグチャになっている。
母親は少女の遺体の頭を撫でながら優しく言った。
「ごめんね。寒かったでしょう。今日は貴方の好きなカレーでも何でも作ってあげるから。ごめんね、寂しかったでしょう、ごめんね。ごめんね」
「寂しくないよ。お兄ちゃんたちがパパとママを一緒に探してくれたから、とっても楽しかったの」
「ごめんね。ごめんね」
「あかり、こんなパパで悪かったな。ごめんな」
「泣かないでママ。パパ。私は。あ、あかりは強い子だもん」
少女が微笑むとアヤカシだった彼女の魂からは憂いが消えていた。
そして黒い影のようだった少女は生きていたときと同じ人の姿に戻って笑っている。
「人の姿に戻った。く、黒く無くなっている…」
「きっと『名前』を思い出したからだね。『名前』あれは呪なのだよ。『アヤカシ』にとっても『人間』であっても『妖怪』であっても。『名前』と云う呪に縛られているのだよ。そしてそれは決して逃れる事の出来ないものだ。喩え、それが『神様』だとしても」
香果さんは悲しそうな顔をした。
香果さんは私が見ているのに気がつくと、悲しくそれ故に上品に微笑んだ。
「名前が解ると云う事は、客観的でも主観的でも楽観的だとしても自分自身についても解る、と云う事なのだよ。喩え『呪』でもそれは凄い事なのだよ。アヤカシは名前を取り戻せば記憶が戻る。すると黒くなった不安や焦りが無くなり、元の生きていたときの自分が戻る。不安や焦りが無くなると云う事は黒くなった『負』の部分が取り出される。まぁ、人間にも同じ事が云えるのだけれど」
香果さんはアヤカシが元の姿に戻った説明をしてくれた。
しかし、私には難しい。
「ありがとう。お兄ちゃんたち」
少女の声が聞こえた。
私はあかり、と云う名の少女を見る。
少女は、ゆっくりと両親に向かって、手を伸ばす。
それと同時にゆっくりと光となり消えてしまった。
「逝っちゃった、のですか。彼女は」
「憂いを払っただけだからまだ何とも云えないけれど、然るべきことはきっとご両親がやってくれるよ。だから大丈夫だよ」
香果さんは優しく微笑んだ。
「香果さん、どうしてアヤカシだった彼女は、両親には見えなかったのですか」
「アヤカシや妖怪は基本的には常世の住民にしか見えないのだよ。もし浮世でそう云ったものが見える人は霊感があると言われる人達だね」
「え。じゃあ香果さん。彼女の魂の声は両親に届いていないのですか」
「八雲君、それは私にも解らない。けれど届いた、届いていないは不毛だよ。人もアヤカシも妖怪も失ったモノを得るのは難しい。けれども失う前ならそれをとめる事が出来る。アヤカシだった彼女が家族に会えた。失いかけた家族の縁を取り戻した。」
穏やかな笑みを浮かべてそう言った。
「縁や絆を取り戻した、と言うのはとても簡単じゃない。しかし本当にそう為るには心が通じ合ってないと駄目なのだよ。上辺だけでは意味が無い。でも彼女達は本当に縁や絆を取り戻した。八雲君、如何云う事か解るかい」
「心が深く通じ合っていた。お互いに信じあっていた。と云うことですか」
「そう云う事だよ。それだけのこと、なのだよ」
香果さんは「それは、本当に難しいこと、だけれども、ね」と誰にも聞き取れない程小さな声で独り呟いた。
アヤカシの少女とその両親はお互いに信じ合っていた。
アヤカシの少女は家族の絆が戻っただけだ。
言葉が通じ合っているかなど、心が通じ合っている彼女らには愚問だった。
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