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第一話 浮世の参拝者
浮世の参拝者 参
しおりを挟む「君は浮世の人間だよね。如何して此処に居るのかい」
「えぇと、すみません。自分でもよく解らないのです」
私は、ここに着た経緯を男性に事細かに説明した。
男性は相槌を打って聞いた後、少し驚いて私に優しく言った。
「此処は君の様な生きた人が、来て良い場所では無いのだよ。君は浮世で生きている人間だ。きっと君は此処に来るまでに多くの妖怪に遭ったのだろう。それで解ったとは思うが、此処は浮世ではないのだよ。君は今すぐ元の浮世に帰らなくてはいけない。私も君が無事に帰れるように協力するから。さぁ、今すぐ浮世に帰ろうか。私が君を浮世まで無事に帰すから」
男性は私に「おいで」と優しく云うと、一つ質問した。
「そう言えば此処で売っている物を食べたかい。露店とか、商店街とかで売っていた物や、誰かから貰った物はちと口だって食べていないよね」
男性は、真っ直ぐに私を見て言った。
露店のものは、何か違法な事でもしていたのか。それとも、引っ越してきたこの田舎は、参拝が終わるまで、何かを食べてはいけない、とかローカルなルールがあるのか。
どうして私が、何か食べてはいけないのだろうか。私には解らなかった。
「えっっと、その、ご、ごめんなさい。あ、あの食べました。綿菓子。その、お腹がすいてしまったので、つい」
彼は、少し驚いた顔をした。
そして顎を片手で軽く囲い、少し考えた。
それから、私を安心させる様に微笑み、言った。
「帰れと言ったけれど前言撤回。君が好ければ綿菓子の効果が切れるまで、私の家に泊まって欲しいのだけどそれでも良いかい。否ならアパートでも探すけど」
「な、なんでですか」
全てがいきなり過ぎて私には、全く理解できない。
「君は、常世の食べ物を食べてしまった。このまま君が浮世で生活すると、君は消滅してしまう訳だ。それに私には常世に迷い込んだ君を守る責任もあるからね」
「消滅? 浮世? ここはどこです? どういうことですか」
ここは『いつも私たちが生活しているところではない』という事なのか。
「嗚呼、ごめんね。いきなり過ぎたね。初めから説明するよ。君は、浮世の人間。つまり此岸、この世で生きている人間だ」
その通りである。私は今もしっかりと生きている。
身体の感覚だって足だってちゃんとある。
「しかし此処は『根の国』と云って君たちで云う『彼岸』あの世だね。まぁ、正確に云うと此処の根の国はまだ完璧な彼岸ではないのだけど」
「完璧な『彼岸』じゃないのなら」
「でもね、完璧な『此岸』でもないのだよ。あの世とこの世の間『常世』だよ」
何だか理性では解らないが、何となくではあるが本能的に解る気がする。
ここは人が来る所じゃないと。そんな厭な感じがする。
「じ、じゃあ、なぜ、此処で売っている物を食べて浮世に戻ると消滅してしまうのですか。す、すみません。質問ばかりで」
「いや、君は浮世の人間だから仕方がないよ。この様な町は人間には知られていない訳だからね。それに、君が謝るのではなく君を此処に迷い込ませてしまった。私が謝らないといけないね」
そう云って彼は頭を下げた。
「あ、いや、あの、頭を上げて下さい。その僕の過失に非がありますから。あと、えっとその、住むって何処にですか?」
彼は申し訳なさそうに微笑むと、根の国について、食べ物について話してくれた。
根の国とは、死者の国で先ほどの男性が言っていた様に彼岸と此岸との間にある国だそうだ。
お化けや妖怪も多く住んでいる。私がコスプレと思っていたのは本物の妖怪やお化けなのだそうだ。
実際に私が妖怪たちに触ったり、突っついたり、叩いたりして本物か確認しても良いと和服の男性は言ってくれた。尤も、妖怪やお化けたちに何かされるのではないかと思うと恐ろしいため確認などしたくは無いのだが。
それと、根の国の食べ物を食べると根の国の住民になってしまう。
そのため、浮世には長く居れなくなり常世に居なくてはならないそうだ。
そうしないと、根の国の食べ物を食べ浮世の住民ではなくなった私は常世から離れて浮世で生活をしているだけで、私の影や存在が少しずつ消えていきいずれ私の存在は消滅してしまうらしい。
私が根の国から離れても消滅しなくなる、即ち常世の食べ物の効果が切れるまでの約一年は、私はこの根の国に住まなくてはいけない事を話してくれた。
「それで、貴方の家に僕が居候させていただくと」
「まぁ、君が嫌なら無理強いはしないし、他のアパートを探すけれど。アヤカシや妖怪の中には人間が好きな者も、いるからな…」
人間が好きなアヤカシや妖怪。それは人間に好意を持っていると云う訳ではなく、好物的な意味合いだろう。アヤカシや妖怪が人間を食べると云う話はよく聞くことだ。
自分がアヤカシに食べられるところは安易に想像できる。
想像しなければ良かったと後悔して鳥肌が立ったことを気付かないふりをした。
「おや、如何したんだい。そんなに真っ青になって。大丈夫かい。嗚呼、私の家だと不安かな。もしくは、男だけの家は暑苦しくて厭だ、と言うことかな」
「あ、いや、その、そうでなくて。その、い、居候させてください。その、僕、食べられたくないです」
「じゃぁ、これから一年間よろしく頼むよ。さぁ、これから君の家になる、私の家に案内するね。ついてきてくれるかい」
そう云うと彼は私を自分の家に案内してくれた。
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