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第一話 浮世の参拝者
浮世の参拝者 壱
しおりを挟む慣れない土と草の匂いが鼻に付く。
今まで東京で暮らしていた私は、田んぼや畑、ましては『雑草』と呼ばれている草花でさえも見たこと無かった。
まさかこんなにも田舎の田畑の土や草花の独特な青臭さや用水路の水臭さが、強烈だとは思ってもいなかった。
私霧立八雲は大学に通う為に東京から移住してきた。
東京にも同じような学科はあったがこちらの方が田舎な分、施設も大きい。
それに何よりもテレビや本などでもよく取り上げられるほど有名な先生が、講義をしてくれるそうだ。
また、授業料も東京と比べると安い事もありここへ引っ越してきた。
本格的に学びたい。
これが間違いだった。
慣れないこの自然の匂いは、歩き出してあまり時間が経っていないが気分が悪くなり始めている。
そして、もう一つ失敗した。
これは私が悪いのではないのだが、アパートを借りる不動産屋のミスで私の借りるはずだった部屋は他の人に貸してしまったらしい。
そのためしばらくはホテル暮らしになる。
ホテルは空き室が多くあるそうですぐに予約が出来たそうだ。
不動産屋の方も少しは負担してくれるようだが、大学生にもならない私には安いホテルに二、三日だとしても負担が大きすぎる。
しかし、東京に戻るのも負担が大きい。
もしかすると安いホテルに泊まったほうが楽だし安いかもしれない。
私はホテルを予約する事にした。
予約の取れたホテルはチェックインの時間が四時からだそうだ。
私はこれから四年間暮らす部屋をゆっくりと見る心算でいたので、不動産屋の開店時間くらいにこちらに着くようにしていた。
しかし、肝心の部屋を見ることが出来なかった。
その為ホテルのチェックインまでの六時間余りの時間をどこかで潰さないといけない。
カフェ巡りや図書館で読書でも出来ればよい時間つぶしになる。
だが、こんな田舎では時間を潰せるような場所すら近くになかったのだ。
歩くほかに時間を潰す方法がなく、この田舎を歩いてみようと思った。
駅前の大通りにある昔は栄えていたであろう商店街のシャッター通りを抜ける。
するとそこには、広大な田畑が広がっていた。
水が張られた田圃には、所々に小さな稲の苗が規則正しく植えられていた。
風が通り抜けると風に押されて、弱々しくも可愛げに揺れた。
畑にはまだ4月になったばかりだと云うのに、様々な野菜が元気に育っていた。
私は『田畑』というものをテレビでしか見たこと無かったので感動した。
が、この草木と土の匂いには閉口した。
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