アヤカシ町雨月神社

藤宮舞美

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アヤカシ町雨月神社

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 人里離れた場所に社があった。
 参拝者は誰も居ない。
 人間は畏れている。この神社を。
 また好き好んで参拝に来る人などは多くはない。
 そして、参拝者なら参拝したとしても迷い込まない。

 広い境内には独りの男。
 男は若く、肌には張りがある。
 皺やシミ、日焼けは無く、高雅で美しい顔立ち。
 病床に伏しているのかと思われる程白い肌。それに対して唇は血色が良い。
 それが余計に肌の穢れなさを艶めかしく引き立てる。
 だが、その男には若者特有の青臭さや活気と云ったものがない。
 優しく落ち着いた凛々しい面影は『老人』と云った方がぴったりであった。
 何処どこか懐かしく、酸も甘いも噛み分け世のことわりを知っている。
 そんな男だ。

 男は独り大きな御神木の下で本を読んでいた。
 そこに小鳥達が歌を奏でにどこからかやってきた。
 御神木に止まると彼らは愛らしい歌を歌う。
 男はそれを見ると優しく慈悲深く微笑んだ。
 彼等の歌に合わせ草木は手拍子を始め、花は可憐に踊り始める。

 男はそれをしばらく静かに見守ると、裾から龍笛を取り出した。
 そして、ゆっくりと麗しい笛の音を醸し出す。
 小鳥達は男の演奏を盛り上げる様に歌う。
 草木は韻律いんりつを取り、花はそれに合わせて愛しく踊る。
 風はそれら総てを盛り上げる様に優しく吹く。
 優美で優しく、哀しく、柔和な演奏と花の喜び満ち、それでいてどこかうれいている不思議な踊りが1つとなっていた。
 幻想的であり、神秘的でもあり、懐かしくも寂しくもあり、厳かで切なくもあり。言い知れぬ程耽美で寂莫な演奏が境内を包み込む。

 そこに1人の浮世の参拝者が恐る恐る境内に入って来た。それも酷く怯えた表情で。
 男はそれに気付くと演奏を辞めた。
 すると美声を奏でた小鳥達も、可憐な花の踊り子も、盛り上げ上手な風も、韻律を取っていた草木も石の様に動かなくなった。
 静寂が境内を包み込む。
 先程までの演奏は夢だったのかと思われる程だ。
 男は安心させる様に微笑むと
「おや、参拝者かな」
 と独り言を呟き、彼を手招きした。
 
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