笑ってはいけない悪役令嬢

三川コタ

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夏の宴 告白 編

宴16

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「「ナナラっ。ナナラっ。ナナラっ。ナナラっ。」」
 寮生だけでなく通学生も、ナナラに声援を送っている。
「「おかわりっ。おかわりっ。おかわりっ。おかわりっ。」」
 多くのおかわり要求に、ナナラは再び、酒場の踊り子の歌を歌い始めた。

「・・『歌姫ルウシャン』って、女性人気も高いよね・・。」
 ナナラに見惚れながら、イコリスが呟いた。 
「ルウシャンは一見すると豊満だが、あの胸は両脇から寄せて持ち上げているからな。こうした努力の末に男を手玉に取る強かさが、妖艶格好良いと女性達に指示されるんだ。」

「・・さすが『偽乳にせちち狩人サイナス』アルな。伊達に偽乳を見極めてないアル。」
「狩人じゃないっ。馬車から薄着の平民が見える季節に、偽乳を識別しているだけだっ。狩ってないっ。人聞きが悪いだろうが。」
 アッシュが勝手に付けた呼称に、激しく抗議する。
 会話に加わっていないカインの目が光った気がしたが、俺は敢えてカインを視界から外した。独特な感性のカインとは、共鳴する筈など無いのだ。

「夏に識別するだけだと主張しても、印象が最悪なのは変わらないぞ。・・イコリス、どうしたんだ。元気がないな。」
 女子から解放されたトゥランが、イコリスの様子を見て心配していた。
「はしゃぎすぎて疲れたか?『炎の舞』はこれからだぞ。」
「・・うん・・。」
 イコリスはナナラから目を離さず、俺へ生返事をした。


 ナナラの歌が終わると、かがり火の奥に逞しい男達がぼんやりと照らされた。ラビネが控室から連れて来た『炎の舞』の舞踊団が、出番を待っていたのだ。
 ナナラ達と入れ替わり、二人の太鼓奏者が左右に太鼓を設置する。そして中央に立派な筋肉を纏う5人の男が並んだ。・・すると、女子達の歓声があがった。
 男達は短い丈の腰布と、膝下に巻いた細長い葉の束しか身につけてなかったからだ。

 低い太鼓の音が鳴り始めると、舞踊団の男達はかがり火から点火した松明を、ぶんぶん振り回した。次に上腕二頭筋から大胸筋へ、燃え盛る炎で炙るように松明をゆっくり近づけ、肉体美を揺らめく明かりで照らしだす。炎の脅威と隣り合わせの危うい振付けが、とても刺激的だ。
 体内に響いてくる力強い太鼓の音に合わせ、5人の男が松明を回転させて縦横無尽に踊りだした。暫くすると空気を振動させていた太鼓の音が途切れ、松明が空高く投げ飛ばされた。
 落ちてきた松明を背面で男達が受け取ると、生徒達から自然と拍手が起こった。イコリスも扇子を持つ左手の前腕を、右手でパチパチ叩いている。
 やがて4人が屈み、一人の男が前へ歩み出た。彼は、刀身部分が炎に包まれた長剣を手に、剣舞を演じ始めた。


「・・剣舞の美しい動きは、神聖に感じるな。5人は少ないのではと思っていたが・・凄く見ごたえがあるぞ。」
 生徒達は男女問わず釘付けになり、息を呑んで『炎の舞』を見つめている。俺はアッシュの貢献を称える意味を込めて、感想を述べた。
「好評なようで良かったアル。・・これもファウスト様の英断のおかげアル。」

「どういうつもりで言っている、アッシュ。私への嫌味かな?」
 知らない間にイコリスの隣を確保していたファウストが、アッシュへ訊ねた。
「まさかっ。学院から許可を捥ぎ取って『櫓を囲む親睦会』開催にこぎ着けたファウスト様の手腕には、純粋に感謝しているアル。」

 寮棟の集会室で生徒会とアッシュに生じていた軋轢は、真摯に一年寮生を思い遣る寮長とナナラの土下座謝罪によって解消された。そうして、ファウストは嘆願署名の有効性を説き、アッシュからは発案名義を辞退するなど、親睦会の開催実現に向けての話し合いが滞りなく進められたのだ。

「アッシュの名前を出さずに許可を得たので、アッシュや混凝土研究室の功績にはならないが。」
「功績なんかいらないアル。僕の名前だと許可は貰えなかったアルよ。」
「・・なぜ、そこまでして、プラントリーに恩を売りたい?」
 炎の舞の舞踊団体へ支払う出演料は、アッシュとファウストの自腹での折半となり、予算はついてなかった。

(イコリスの為に・・じゃなくプラントリーへの恩だと?どういった意味だ・・。)

「プラントリーに恩を売りたいならば、サイナスの念願だった『貝殻の水着女性の集団舞踊』も手配したアルよ。」
 ファウストはアッシュへ、ふっと笑い返して不穏な会話は終わった。
 アッシュが俺を可笑しく落とす事で懐疑的なファウストを回避したが、俺には言いようのない憂いが残った・・。


 剣舞が終わると鳴りやまぬ拍手の中、剣を持った男がナナラを呼んだ。
 屈んでいた4人の男達もシャンスやフェリクスを呼び、楽器を弾く準備をさせた。・・そして、歌姫ルウシャンの歌の演奏が始まった。
 事前に共演の確認など一切していないのに、ナナラの横で舞踊団が踊りだす。即興だが曲に合った見事な炎の舞に、負けじとナナラが声を張り上げ、会場は今までにない盛り上がりを見せた。

 イコリスは興奮して鼻の穴を膨らませて、扇子を持たない右手を何度も突き上げていた。
 ・・イコリスの反応は、炎の舞よりナナラの歌の方に熱量がある気がした・・。
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