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夏の宴 告白 編
宴14
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疲れて木陰でぐったりした俺の隣で、ジェネラスが煉瓦窯に木片を投げ入れて温度を調節している。
「・・ジェネラス、元気だな・・。」
「真夏でも稽古に休みはないから、自然と体力がついたんだ。煉瓦窯って二時間温めないと、ピザが焼けないんだな。」
「温度が上がれば、後は早い。窯に入れたピザは、1・2分で焼き上がるんだ。」
「お疲れ様です、サイナス様。檸檬水をお持ちしましたので、お飲み下さい。」
手前にいた俺へ、ねじり鉢巻き頭のユーリが声を掛けてきた。
「・・マスクが外せないから、遠慮するよ。熱い窯の近くにいるジェネラスに渡してくれ。」
「俺はここに来る時、水差しごとナナラから渡された氷水が、まだ残っている。サイナス、檸檬水を受け取って休憩してきなよ。」
俺が返事をする前に、イコリスが左手に丸い扇子、右手に氷菓子を持って走ってきた。
「サイナスー、エルードが氷菓子を持ってきてくれたのー。簡易天幕で食べよーっ。」
「・・イコリス・・ジェネラスひとりに、窯の火を任せてしまうことになるだろ。」
「私がジェネラス様を手伝いますので、ご休憩なさってください。」
ユーリが俺を真っ直ぐ見て、手伝いを申し出てくれた。
少し迷っていると、アッシュと寮生達が具材を乗せたピザ生地を大量に運んできたので、ユーリの申し出に甘える事にした。
俺達の飲食の為に用意された小さな簡易天幕へ入ると、一気に檸檬水を飲み干して椅子に体を預けた。暑い中での作業は耐熱煉瓦を重く感じさせ、積み上げるだけだと高を括っていた俺は、とてつもなく疲れたのだ。
イコリスは、持っていた氷菓子をジェネラスとユーリへ渡したので、改めてエルードに俺達の分の氷菓子を貰いに行っている。
「サイナス、お待たせー。ストライト先輩が肉と玉ねぎの串焼きをくれたわー。」
イコリスが持ってきた、串焼きがはみ出ている籐の籠には、氷菓子の他に炭酸水の瓶やクッキーも入っていた。
「肉串か。少しは体力が回復出来るな。」
「この炭酸水だけど・・、本当は乾杯用なの・・。」
「・・後方にいれば、大丈夫だろ。かがり火に近づかなければ、暗くて見えないさ。」
「そ、そうよねっ。乾杯後に飲めなくても居ていいよねっ。それから、ファウストの乾杯の後、シャンス先輩がギター演奏するんだってっ。」
王侯貴族の交流会では、黒い袋を外せない俺達は、乾杯の挨拶が終わってから会場へ入っていたのだ。
(今日は親睦会だし、最初から居ても構わないだろう。・・それにしても、シャンス先輩はギターが弾けるのか・・。)
人目を気にしなくて良いので二人してがつがつ食べ、クッキーまで完食すると、トゥランとチェリンが日が暮れてきた為、簡易天幕へ俺達を迎えに来た。
外に出ると、チェリンが二本のガラス管を差し出した。
「これをコップに刺せば、乾杯した後、皆と一緒に飲めるでしょ。薄暗いし、こっそり吸って飲むと良いよ。」
「わぁ、ありがとう。チェリンっ。」
イコリスは、瞳を輝かせてお礼を言った。
チェリンは交流会でも、細やかに気を配ってくれていたので、イコリスはいつも感謝していた。
だが『サウザンドの男の優しさは本気にするな』と、プラントリーの女性は言い伝えられているので、イコリスがチェリンに惚れることはないのだ・・。
紅色の雲が次第に深い青の空に覆われると、ファウストとラビネが寮生達と熾した火を、組み上げた櫓に灯した。
扇状に並べたかがり火の中心で、まず寮長が挨拶を済ませると、親衛隊隊長から『櫓の火を囲む親睦会』の開催を祝う言葉があった。
今日の隊長は、地引き網大会時の隊長より若かった・・。親衛隊は日除け帆布の設置・撤去だけでなく、生徒の手に余る力作業を引き受けていた。重量物を持ち運ぶ為の人選なのだろう。
そして、ファウストの乾杯の音頭で、総勢100名が手に持つ瓶や紙コップを頭上に掲げ、親睦会が開始された。
燃え盛る櫓に照らされながら、熱々の焼きたてピザや焼きとうもろこしなどを、寮生と通学生が入り混じり味わう。
二台の炭焼き台では、フェリクスとキースのストライト兄弟が、肉や野菜を焼いていた。接近し過ぎると調理の邪魔になるので、女子はストライト兄弟を眺めるしかなかった。
一方、ファウスト達の周りには、アイが居ないので女子が集まっていた。
俺とイコリスが後方から、扇状に並ぶかがり火を見渡せる正面へ移動すると、それは始まった。
真ん中に椅子を置いたシャンスが、心地よい旋律をギターで奏で始めたのだ・・・。ギターの音色に合わせて、大講堂から持ってきた縦型ピアノを、ナナラが弾いている。
このピアノはジェイサムと親衛隊が、大講堂の舞台から運び出し、並べたかがり火の脇に設置したのだ。
今日の隊長はジェイサムと気安く言葉を交わし合い、円滑な連携した動きでピアノを運んでいた。・・もしかすると、親しい友人関係で同じ歳なのかもしれない。
親衛隊は少し離れた所にかがり火をいくつか置き、椅子を櫓に向かって一列に並べて待機所にしている。
・・女騎士はいないが、ジェイサムが隊長の持つ紙コップに声を掛けながら炭酸水を注ぐ様子は、やはり夜の社交倶楽部の主に見える・・。
(または、酒場の店長・・いいや、どちらかというと用心棒だな。)
「・・ジェネラス、元気だな・・。」
「真夏でも稽古に休みはないから、自然と体力がついたんだ。煉瓦窯って二時間温めないと、ピザが焼けないんだな。」
「温度が上がれば、後は早い。窯に入れたピザは、1・2分で焼き上がるんだ。」
「お疲れ様です、サイナス様。檸檬水をお持ちしましたので、お飲み下さい。」
手前にいた俺へ、ねじり鉢巻き頭のユーリが声を掛けてきた。
「・・マスクが外せないから、遠慮するよ。熱い窯の近くにいるジェネラスに渡してくれ。」
「俺はここに来る時、水差しごとナナラから渡された氷水が、まだ残っている。サイナス、檸檬水を受け取って休憩してきなよ。」
俺が返事をする前に、イコリスが左手に丸い扇子、右手に氷菓子を持って走ってきた。
「サイナスー、エルードが氷菓子を持ってきてくれたのー。簡易天幕で食べよーっ。」
「・・イコリス・・ジェネラスひとりに、窯の火を任せてしまうことになるだろ。」
「私がジェネラス様を手伝いますので、ご休憩なさってください。」
ユーリが俺を真っ直ぐ見て、手伝いを申し出てくれた。
少し迷っていると、アッシュと寮生達が具材を乗せたピザ生地を大量に運んできたので、ユーリの申し出に甘える事にした。
俺達の飲食の為に用意された小さな簡易天幕へ入ると、一気に檸檬水を飲み干して椅子に体を預けた。暑い中での作業は耐熱煉瓦を重く感じさせ、積み上げるだけだと高を括っていた俺は、とてつもなく疲れたのだ。
イコリスは、持っていた氷菓子をジェネラスとユーリへ渡したので、改めてエルードに俺達の分の氷菓子を貰いに行っている。
「サイナス、お待たせー。ストライト先輩が肉と玉ねぎの串焼きをくれたわー。」
イコリスが持ってきた、串焼きがはみ出ている籐の籠には、氷菓子の他に炭酸水の瓶やクッキーも入っていた。
「肉串か。少しは体力が回復出来るな。」
「この炭酸水だけど・・、本当は乾杯用なの・・。」
「・・後方にいれば、大丈夫だろ。かがり火に近づかなければ、暗くて見えないさ。」
「そ、そうよねっ。乾杯後に飲めなくても居ていいよねっ。それから、ファウストの乾杯の後、シャンス先輩がギター演奏するんだってっ。」
王侯貴族の交流会では、黒い袋を外せない俺達は、乾杯の挨拶が終わってから会場へ入っていたのだ。
(今日は親睦会だし、最初から居ても構わないだろう。・・それにしても、シャンス先輩はギターが弾けるのか・・。)
人目を気にしなくて良いので二人してがつがつ食べ、クッキーまで完食すると、トゥランとチェリンが日が暮れてきた為、簡易天幕へ俺達を迎えに来た。
外に出ると、チェリンが二本のガラス管を差し出した。
「これをコップに刺せば、乾杯した後、皆と一緒に飲めるでしょ。薄暗いし、こっそり吸って飲むと良いよ。」
「わぁ、ありがとう。チェリンっ。」
イコリスは、瞳を輝かせてお礼を言った。
チェリンは交流会でも、細やかに気を配ってくれていたので、イコリスはいつも感謝していた。
だが『サウザンドの男の優しさは本気にするな』と、プラントリーの女性は言い伝えられているので、イコリスがチェリンに惚れることはないのだ・・。
紅色の雲が次第に深い青の空に覆われると、ファウストとラビネが寮生達と熾した火を、組み上げた櫓に灯した。
扇状に並べたかがり火の中心で、まず寮長が挨拶を済ませると、親衛隊隊長から『櫓の火を囲む親睦会』の開催を祝う言葉があった。
今日の隊長は、地引き網大会時の隊長より若かった・・。親衛隊は日除け帆布の設置・撤去だけでなく、生徒の手に余る力作業を引き受けていた。重量物を持ち運ぶ為の人選なのだろう。
そして、ファウストの乾杯の音頭で、総勢100名が手に持つ瓶や紙コップを頭上に掲げ、親睦会が開始された。
燃え盛る櫓に照らされながら、熱々の焼きたてピザや焼きとうもろこしなどを、寮生と通学生が入り混じり味わう。
二台の炭焼き台では、フェリクスとキースのストライト兄弟が、肉や野菜を焼いていた。接近し過ぎると調理の邪魔になるので、女子はストライト兄弟を眺めるしかなかった。
一方、ファウスト達の周りには、アイが居ないので女子が集まっていた。
俺とイコリスが後方から、扇状に並ぶかがり火を見渡せる正面へ移動すると、それは始まった。
真ん中に椅子を置いたシャンスが、心地よい旋律をギターで奏で始めたのだ・・・。ギターの音色に合わせて、大講堂から持ってきた縦型ピアノを、ナナラが弾いている。
このピアノはジェイサムと親衛隊が、大講堂の舞台から運び出し、並べたかがり火の脇に設置したのだ。
今日の隊長はジェイサムと気安く言葉を交わし合い、円滑な連携した動きでピアノを運んでいた。・・もしかすると、親しい友人関係で同じ歳なのかもしれない。
親衛隊は少し離れた所にかがり火をいくつか置き、椅子を櫓に向かって一列に並べて待機所にしている。
・・女騎士はいないが、ジェイサムが隊長の持つ紙コップに声を掛けながら炭酸水を注ぐ様子は、やはり夜の社交倶楽部の主に見える・・。
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