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夏の宴 告白 編
宴11
しおりを挟むシルク製の仮面を付けた俺がフラーグ学院の校門を通ると、夏休みなので校舎玄関に常駐している守衛が走って来た。
「サイナス様、ファウスト殿下から、生徒会室ではなく『寮棟の集会室』へ来るようにと連絡を承ってます。」
「そうなのか、分かった・・ありがとう。」
(・・今日の定例会議は、地引網大会の反省会のはずだが・・寮棟だと?・・)
栴檀の木に張り付いた蝉が喧しい外廊下を渡り、寮棟の集会室の前迄来ると、奥にファウストが腕を組んで座っているのが見えた。
寮棟一階にある集会室や談話室、食堂には扉が無く、圧迫感のない開放的な空間に設計されていた。
入室すると、チェリンとジェネラスが珍しく険しい顔をして、ファウストの両隣で座っていた。右手に着席しているフラリスとトゥランは、俺に振り向くことなく対面を見据えている。
「やあ、サイナス。今日も暑いアルね。」
俺は目を瞠った。集会室の左手には、寮生ではないアッシュとフェリクス、そしてシャンスが並んで座っていたからだ。
「・・なんで、ここに混凝土研究室の部員がいるんだ?」
間をあけず俺の後ろからラビネがやって来たので、誰も俺の問いには答えなかった。
「サイナス、三日ぶりかな。海で日焼けして赤くならなかった?」
「・・ならなかったよ・・。」
ラビネの背後には、寮生と思われる平民の男子生徒がいた。
「ファウスト、寮生を食堂に集めたが、まだ、一年生代表の選出に難航している。とりあえず、寮長だけ交えて話そう。」
ラビネが連れてきたぽっちゃりした男子生徒は、寮長らしい。チェリンが、アッシュの横の空いている席に座るよう、寮長に促した。
「サイナスは何も知らなかったのか?」
ファウストが探るように目を細めて、立ち尽くす俺に訊ねた。
「?。何もって何だ?」
「サイナスには知らせてないアル。以前は、複数の課外活動部で部員の交流を深める『交歓会』を考えていたアル。先日、海へ来られない同級生が多かったから、思いついたアルよ。」
「いち、課外活動部の範疇を越えているだろう・・。」
「対象が部員でも・・寮生であっても、越権行為だ。」
チェリンとジェネラスが厳しい目を向けながら、アッシュを咎める。
「待て、話が見えない。一体、アッシュは何をしようとしているんだ?」
「地引網大会に参加できなかった寮生と通学している同級生との、校庭で『櫓の火を囲む親睦会』だ・・・その会で『炎の舞』を披露する舞踊団を、もう押さえてあるとの事だ。」
溜息交じりにトゥランが俺へ説明した。
「・・火を囲む・・親睦会?・・。」
「部同士の交歓会だと、イコリス様に入部してもらう必要があったアルが、海に来られなかった寮生と通学生との親睦会なら、入部手続きがいらないアルからね。・・炎の舞は、たまたま舞踊団の予約が取れたアル。」
「舞踊団の予約の日程を押さえる前に相談してくれれば、各方面に話を通したのに・・。」
フラリスが残念そうに言った。
「一昨日、翌々週の隣接市の祭りで炎の舞が披露されると判明したから、舞踊団に予約状況を確認すると、隣接市に来る日の翌日が、偶然空いてたアル。炎の舞は祭りで大人気アル。夏は祭りが多くて稼ぎ時だから、押さえる前にフラリス様に相談する時間はなかったアルよ。」
「学院の許可が下りず、予算が付かなかったらどうするつもりだ?」
俺の隣で立ったままのラビネが、アッシュに聞いた。
「無論、僕の自腹アル。」
「水車工場の駐車広場は、物資の搬出搬入で広いですから・・『櫓の火を囲む親睦会』の許可が下りなければ、その駐車広場で・・私的な催しを開く事になります。川も近くにあって、炎の舞を安全に披露してもらえる場所です。」
「我が家は炭工場を営んでおりますので、櫓とかがり火を作る木材や廃材は、安く調達出来ますが・・。」
シャンスとフェリクスが協力体制を整えていることを説明したが、アッシュの発言で台無しになる。
「水車工場の駐車場だと、イコリス様は親衛隊からの許可が必要アル。外出が認められなければ、お忍びで来てもらうしかなくなるアル。」
集会室の空気が一気に重くなった。
ファウストはアッシュへの憤りを隠さない。ジェネラス達も静かに怒っている。皆の怒りが爆発する前に、俺が進言する。
「・・・はぁ。アッシュ・・・そんな事してバレたら、イコリスが退学させられてしまうよ。」
「それは分かっているアル。しかし、イコリス様の現状は、些細な事でいつ退学を命じられてもおかしくない。だからこそ、今しか出来ない事を精一杯楽しんで欲しい。・・見解が一致してるなら、加勢して欲しいアル。」
イコリスが王命によって今直ぐにでも退学させられかねない境遇だと、痛感しているファウストは、白い手袋を嵌めた手をギリギリと握った。
(・・うわぁ。王太子に喧嘩売ってる・・。)
俺の始末におえなくなってきたと思っていると・・。
【ウォーーーー】【キャーーー】
突き当たりの食堂から、男女入り混じった叫びが響いてきた。
集会室にいる全員が黙り込み、耳を澄ます。
【最初はぐーーっじゃんけん・・】【ウォーーーー】【キャーーー】
・・話し合いで一年生代表を決める事はあきらめ、じゃんけんという手段を選択したらしい・・。
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