笑ってはいけない悪役令嬢

三川コタ

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わくわくwack×2フラーグ学院 箱庭 編

相12

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 出張先での逢瀬を邪魔されたくなかった父の不倫相手である会社の後輩は、父の携帯電話を隠していたらしい。後輩の女性が大量のメールと着信に気付いたのは、私がタクシー運転手の携帯を借りて連絡した時だった。
 連絡が付かなかったのは自分のせいではないのに、そしてまた疲れた心の支えだった不倫を、私から一方的になじられたと思って、怒りが爆発してしまったと父は言い訳した。

 しかし、祖父母は、私を殴って骨折させた自分の息子を許さなかった。 
 祖父が友人の弁護士に依頼して、警察へ被害届を出したのだ。そして息子夫婦は不倫する為、私に病弱な姉の世話と家事を過度に負わせて、学業や友人関係に大きな影響を与える虐待を行っていたと訴え、私を祖父母の養子とする手続きを強行した。家事はともかく、私にとって姉と過ごす時間は楽しかったので、負担はなかったのだが・・。
 祖父母はさらに父を分籍して、早々に私への生前贈与を行う念の入れようだった。

 それから息子夫婦へ貸していた祖母名義のマンションは、売り払うことになった。
 新しくないが立地の良い高級マンションを気に入っていた母は、父との離婚手続きが終わると私の通う高校までわざわざ訪れ、私を「祖父母に上手く取り入った守銭奴だ」とたくさんの生徒がいる前で叫んだ。
 家事から解放され、祖父母のもとで新生活を送る高校生になった私に、ダメージを与えたかったようだ。

 この一件以来、祖母は私を過剰に心配するようになった。
 住んでいた一軒家を賃貸に出し、祖母の姉が建てたマンションへ祖父母と私は引っ越した。過保護になった祖母は、高校を転校させようとしたり、私と知り合った男友達が母の息がかかったやからでないか身元調査したりした。男子高校生と母に、接点があるとは思えないが・・祖母は私の周囲に神経をとがらせていたのだ。
 祖母の姉は、息子夫婦にマンションを貸しても名義は絶対に変えるなと、祖母へアドバイスした先見の明があった人で、祖母も頼りにしていた。そんな祖母の姉と祖父に過保護を諫められた祖母は、私に干渉したい気持ちを抑えるよう努めてくれた。


***

 シャワーも浴びず、ソファで放心してエアコンの冷気を肩に受け続けていると、夫が玄関を開ける音がした。ふと気付くと外は真っ暗で、冷えた肩は痛みだしていた。
 帰り道に倒れそうになったことを私からメールで知らされていた夫は、餃子と鯛焼きを買って帰ってくれた。
 私はとても幸せだと思う。父母とは絶縁したが、祖父母に見守られながら親しい友達と学生生活を送り、優しくて頼れる夫に出会えたからだ。


***

 祖母が病死した数年後に、私と夫は結婚した・・・。
 私の結婚式当日、控室へ、姉の葬式以来会ってなかった父が、唐突にやって来た。
 父は、姉をいやらしい目で見ていると言って父と姉を遠ざけた母の所業をなじり、いつも人に罪悪感を抱かせ、感情を揺さぶってコントロールしていた母がすべての元凶だったと熱弁した。そして母が姉の幼少時に、幼児の私の存在を使って不安を煽り姉を操ろうとしていたのを、阻止したのは自分だと言った。
 祖母の生前贈与の遺留分を私の為に請求しなかった、悪かったのは母なので私の結婚を祝う権利があると告げた父を、夫は一刀両断に切って捨てた。
 夫は毅然と、母の悪意を知っていて私を守らなかったばかりか私へ暴力をふるった事実を、父に突きつけ追い返してくれたのだ。・・体調を崩し車椅子に座っていた祖父は、私の晴れの日になされた息子の愚行に、涙を流して私と夫に謝った。


***

 思い起こすと父母から受けた仕打ちは、一生引きずるトラウマとなりかねないが、私は比較的早く立ち直り呑気に暮らしてきた。
 自分を卑下したり喪失感や自己憐憫に囚われることなく、善意や好意を素直に受け入れ、前向きな心と感謝の気持ちを持って日々を過ごせた。そして良縁に恵まれ、夫と穏やかに暮らしている。
 こうして幸せに生きてこれたのは、姉がいたからだと私は確信している。


 私が小4だった、あの夏の終わり。
 母はぐちゃぐちゃになった浴衣を着て泣いて謝る私を無視して、買い物へ出かけた。置き去りにされた私は、居間で嗚咽が止まらないまま、土下座してうずくまっていた。
 しばらくして背中に感じた暖かさに気づき顔をあげると、ベッドにいるはずの姉が横にいた。

 私の悲痛な泣き声が聞こえた姉は歩くこともままならない体を引きずり、自室から這って出てきて私の背中に手を置いていた。
 パジャマのズボンが、這ってきたので半分ずり落ちている。
 私は声をあげて泣きながら、食べ物や遊ぶのを我慢して姉にお土産を買ったつもりが、配慮の足りない酷いことだったと謝った。

 つまりながら話す私の言葉を聞き終えた姉は
「謝らなくていいんだよ。食べたり遊ぶの我慢して買ってくれて、うれしいよ。私のためにお土産を選んでくれて、ありがと。部屋に飾るね。」
 そう言って力の入らない手で、私の背中をゆっくりさすってくれた。
 私は姉の優しさに、泣き止むどころかより一層激しく泣いてしまった。

 姉は指先が痺れているので、ティッシュを両手で挟んで引き出した。
 泣きすぎて呼吸困難になっている私の顔の前に、パンツ丸出しの姉が両手に挟んだティッシュを懸命に持ち上げて、私の涙と鼻水を拭おうとする。
 だるくて下がってしまう手を姉は何度も持ち上げて、私の顔を拭いてくれた。
 この姿を目にして、私は姉の深く大きな愛に包まれていると心の底から感じられた。

 姉から貰った、たくさんの優しさと愛が、私の原点となったのだ。
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