上 下
57 / 92
わくわくwack×2フラーグ学院 箱庭 編

相1

しおりを挟む
 
 堅牢な壁を越えて蝉の声が微かに届く。窓の外で燦々と降り注ぐ陽光は、天井の人工的な灯を暗く感じさせる。閉塞した室内で、私は頭を抱えていた。

「LEDってあまり明るくないよね?」
「そうですか?僕、LEDじゃない蛍光灯は知らないんで、分からないですね。」
「・・知らないんだ・・。」
 息子と言えなくもない年齢差を改めて思い知り、地味にダメージをくらう。

「学会や論文の発表じゃないんだから、そんなに気張らなくてもいいんじゃないですか?」
 大きな溜息を繰り返し蛍光灯に愚痴を言いだした私を、夫の助手である見鷹みたか君が慰めてくれた。
「そおなんだけど・・夫の不名誉にならないようにしないと・・場違いな主婦が紛れ込んだと思われるのだけは回避しなきゃ・・・。」
「ちゃんと大学の臨時職員の肩書があるじゃないですか。主婦が紛れこんだとは思われないですよ。そもそも『箱庭』がふざけてるんだから。真面目に観察して発表する人は、少ないですよ。」


 一昨年、純国産の量子コンピュータが完成した。
 日本初の純国産量子コンピュータを開発した国営の組織は、利用者のパソコンからデータを送信し量子コンピュータ計算処理を行う仕組みを構築すると、『量子コンピュータオンライン研究センター』を立ち上げた。
 6基の制御AIで24時間稼働体制を整えた『量子コンピュータオンライン研究センター』の長は、量子力学の物理学者ではなく人工知能を研究していた80歳近い円城寺真夕樹えんじょうじまさゆき博士だった。
 オンラインの名の通り、量子コンピュータの計算機能がオンラインを通じて企業や大学の研究室等に広く開放されたと思われたが・・・。

 量子コンピュータを利用する権利を有するには、円城寺博士が認める『箱庭』を作成しなければならないという、荒唐無稽な条件が提示されたのだった。

 純国産の量子コンピュータのオンライン運用が発表され、利用を希望する企業や大学が殺到すると、希望する各団体へ『量子コンピュータオンライン研究センター』から、あるソフトウェアが配られた。
 そのソフトウェアをパソコンで起動してみると、超有名な日本のの景色がディスプレイに広がった。

 これはシミュレーション仮想世界『箱庭』の初期値の映像だった。
 見渡す景色はオンラインファンタジーゲームそっくりだったが、よく見ると動植物は日本に生息するものばかりだった。
 建物は和・洋、で混在しており、近代的な高い建物はなかった。町並みは日本風と西洋風を設定ゲージで調節することが出来、西洋風に最大値を合わせると中世ヨーロッパの建物が立ち並んでいた。
 『箱庭』には電気やガスが無かったので、それに町並みも準じているようだった。
 そして住民達は日本人の外見をしており、使用している言語はカタカナだった。
 初期値キャラクターなので個々の特徴はまだ無く、全員、個性のない簡単な洋服を着ていた。


 円城寺博士は、難病の解明や自然災害の予測等、人類に貢献する研究をしてる団体へ量子コンピュータを利用する権利を与える・・・という事は、一切しなかった。
 シミュレーション仮想世界『箱庭』を、どのように作り上げるかでしか審査を行わないというのだ。


 大学でロボット工学の教授を勤める私の夫、吉家悟介きちやさすけは困惑していた。
 『箱庭』の設定はアレンジの幅が広く、言語、住民であるキャラクターのステータスや動植物、資源だけでなく、物理法則を超えた魔法等も設定が可能であった。
 だがしかし、ロボットは不可能だった。電気が存在せず、16世紀頃の科学技術を超える設定は出来なかったからだ。

 夫が途方に暮れていると、共同戦線を張っていた元教え子から突然電話があった。
 ロボット工学仲間や教え子が所属するいずれかの団体がもし審査に通ったら、その団体を介して量子コンピュータを利用する協力体制を、夫達は取り決めていた。この中の一人からの連絡だった。
 それは量子コンピュータのオンライン運用発表以来、初めて円城寺博士の審査を突破した『箱庭』の内容を知らせる一報だった。

 その『箱庭』は、大ヒットしたアニメの世界だった。
 ブラック企業に勤めていた中年男性がトラックに轢かれ魔法のある世界に生まれ変わると、転生先で活躍してハーレムを造るアニメを、農業大学の分子微生物研究室が『箱庭』に取り入れたのだ。
 中年男性を囲むハーレムには、人間の他にエルフ、吸血鬼、ウサ耳の獣人などの女性がいた・・・。 
 農大の分子微生物研究室は、キャラクターの種族設定に力を入れたらしかった。

「何それっ・・・!」
 ハーレム転生アニメの世界の『箱庭』が、円城寺博士の審査をクリアしたと聞いた夫は、受話器に向かって叫ぶと椅子に崩れ落ち、しばらく動かなかった。


 斯くして週3日勤務の大学臨時職員の私、吉家きちやかるらは、アニメや漫画をそれなりに嗜んでいた事により、夫と見鷹君から『箱庭』の設定を考えないかと提案されるのであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

独自ダンジョン攻略

sasina
ファンタジー
 世界中に突如、ダンジョンと呼ばれる地下空間が現れた。  佐々木 光輝はダンジョンとは知らずに入ってしまった洞窟で、木の宝箱を見つける。  その宝箱には、スクロールが一つ入っていて、スキル【鑑定Ⅰ】を手に入れ、この洞窟がダンジョンだと知るが、誰にも教えず独自の考えで個人ダンジョンにして一人ダンジョン攻略に始める。   なろうにも掲載中

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

デビルナイツ・ジン

緋色優希
ファンタジー
 ある日気がつくと、俺は異世界で人間ではないものに転生していた。そして大雪原、いや雪に塗れた豪雪地帯の山で暮らしていた。日本で平凡に暮らしていたはずだったのに、これは一体どういう事なのか。身の丈十メートルにもならんとする大怪物、無敵の魔神とも恐れられる超強力な魔物ギガンテス、それが今のこの俺だった。そこでは巨大な白銀狼フェンリルと、縁あって共に暮らすガルーダだけが俺の友だった。だが心は人間、とても人恋しかったのだが、ここへやってくる人間は俺を殺そうとする魔物の狩人たる冒険者だけだった。だがある日ついに俺と共にあってくれる人間達、二人の幼い王女達がやってきたのだった。だが彼女達は強大な敵に追われ、命からがらこの山中にまでやってきていたのだ。圧倒的にまで強大な人間の帝国に追い詰められて。そして俺の庇護を必要とする彼女達を連れての、その追手との熾烈極まる戦いの火蓋は切って落とされたのだ。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

王都を逃げ出した没落貴族、【農地再生】スキルで領地を黄金に変える

昼から山猫
ファンタジー
没落寸前の貴族家に生まれ、親族の遺産争いに嫌気が差して王都から逃げ出した主人公ゼフィル。辿り着いたのは荒地ばかりの辺境領だった。地位も金も名誉も無い状態でなぜか発現した彼のスキルは「農地再生」。痩せた大地を肥沃に蘇らせ、作物を驚くほど成長させる力があった。周囲から集まる貧困民や廃村を引き受けて復興に乗り出し、気づけば辺境が豊作溢れる“黄金郷”へ。王都で彼を見下していた連中も注目せざるを得なくなる。

処理中です...