笑ってはいけない悪役令嬢

三川コタ

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哀切 悪役令嬢 編

哀15

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「・・イコリス、求肥は食べたのか?」
 俺とイコリスは今、フラーグ学院へ向かう馬車の中だ。そのため、お互い黒い袋を被っている。

 昨晩、イコリスの部屋へ求肥を持って訪ねたが、扉を叩いても反応は無かった。
 したがって、紅茶と求肥を配膳台に乗せて部屋の前に置くようにメイドへ依頼しておいたのだ。

「食べたわ。おかげで勉強がはかどった・・・。」
 イコリスが嘘をついているのは、明白だった。
 今朝、俺の部屋の前に用意された朝食には、『イコリス様は紅茶とお菓子を召し上がりませんでした。』とメイドが書いた紙切れが添えられていたからだ。

「どうして急に、ファウストの誕生祝賀会へ行きたくなったんだ?」
「・・・・・・・・・・別に・・・。」
「それじゃあ、わからないよ。協力しようにも出来ないだろ。」
「もう、参加は諦めたからいいの。もしサイナスが誕生祝賀会へ行きたくなったら、私のことは気にしないで出席して良いからね。」
「え?・・・行かないよ。面倒だし・・・。」

(・・・ああ、失敗した。)
 顔が見えないせいで、イコリスが不機嫌でふてくされた返事をしたと思いこみ、直球で返してしまった事を俺は後悔した。
(まずい・・先入観にとらわれていた。誕生会へ行きたかった理由を、どうやってもう一度聞こうか・・。)
 思い悩んでいると、馬車はフラーグ学院へ到着してしまった。

 馬車を降りた俺は、いつもと変わらずマスクを着けてから黒い袋を脱いだのだが、イコリスは黒い袋を被ったまま、俺を置いて校門へ歩いて行った。
 急いで脱いだ袋をジェイサムへ預け、イコリスを追いかける。
 
「!どうしたんだ?イコリス?」
「今日、寝坊してぼさぼさなの。ジェイサムに見せられないわ。」
 校門へ入る直前に黒い袋を外したイコリスは、確かにボサついていた。唇に蜜蝋も塗ってない。
 校門を通り抜けると波打つ銀髪へと綺麗に整えられたが、陽光にさらされた顔は青白かった。

 そして朝の教室では、少し離れた場所から挨拶してくるアイに、イコリスは気付かなかった。
 俺がアイから挨拶があった事を教えると、イコリスは力なくアイへ手を振り、か細い声で返事をしていた。丸い扇子で目から下を隠しているので周囲にばれていないが、明らかに意気消沈しているのが俺にはわかった。



 昼食の為に俺達へ用意された個室は、全校生徒が食事をする大広間と隣接している。生徒達は食べたいメニューを選択出来るが、俺達は常に、個室の卓上に準備された日替わりメニューだ。
 今日の昼食は俺とイコリスの会話が続かず、大広間の喧騒が扉越しに響いていた。

「イコリスが好きなオムライスなのに、あんまり食べてないじゃないか。食欲が湧かないのか?」
「・・そう・・・。」
 ずっとこの調子ですぐ黙り込み、ぼんやりしている。

 授業の合間に、フラリスに誕生祝賀会の話をイコリスとしたのか確かめると、ジェネラスの口止めを守ってちゃんと秘密にしており、関連した話題には一切触れてないとの事だった。なのでイコリスが誕生会へ行きたかった理由は、未だ不明である。

 俺が食後のお茶を淹れていると、扉が叩かれた。
指定した時間通りやって来たのは、強制力で語尾がアルになった『アッシュ・エイマール』だ。

「あれ?まだ食事中だったアルか?」
 昼食の皿はもう下げている。まさかと思い振り返ると、イコリスは丸い扇子を机に置いたまま口元を隠さず、放心していた。
「イコリス、顔を隠さないとっ。ちゃんと扇子を持ってっ。」
 慌てて注意した俺の声でハッとしたイコリスは、ようやく扇子で顔を隠した。
「・・・ごめんなさい。」
「謝らなくて良いアル。イコリス様の可愛い顔が見れて得したアルよ。」

 俺はお茶を淹れた湯呑みとみたらし団子を、イコリスとアッシュの前に並べた。
「・・イコリス、食後の緑茶だよ。みたらし団子なら、扇子を持ったまま食べられるだろ。まだ、緑茶は熱いから気をつけろよ。」
「サイナスは貴族らしくないと思っていたアルが、お母さんだったアルか。」
「誰がお母さんだっ。プラントリーはお茶を淹れるのに、使用人を使わないんだよ。」

 昼食を殆ど食べなかったイコリスは、みたらし団子も食べようとしない。
「・・・サイナスが心配してしまうのも無理ないアル。イコリス様、とても体調が悪そうアル。」
 お茶を一口飲んだアッシュは、席を立ちイコリスへ近寄ると、銀色の前髪をどけておでこに直接手のひらを当てた。
 ぼんやりしていたイコリスもこれには驚き、何度も瞬きをしている。
「良かった。熱はないみたいアル。」
 目を丸くするイコリスの顔を覗き込みながら、アッシュはニッコリと笑いかけた。

(俺が親しくなれたのは、この愛想と気さくさゆえだが、イコリスにもやるのか・・・)
 礼節をわきまえてないが俺はアッシュに注意せず、自分には真似できない距離の詰め方に感心した。アッシュは普段から、クラスの女生徒に不快感を与えない自然な接触をしていた。

「イコリス様は頑張り過ぎアル。ずっと勉強漬けで、疲れが溜まってるアルよ。」
「・・・そうかもしれないわ。」
「そんな時は甘いものが良いアル。お腹の調子に問題なければ、このみたらし団子を食べた方が良いアル。」
 席に戻ったアッシュは、そう言うとみたらし団子を美味しそうに食べる。
 すると対面のイコリスも、もそもそとみたらし団子を食べ始めた。
 ひとまず安心する俺を見たアッシュは、またニッコリと笑みを浮かべた。

「気分転換に僕の課外活動を見学したくなったら、いつでも来て良いアルよ。」
 みたらし団子を完食したアッシュが、お茶を飲みながら混凝土研究を売り込んだ。
「・・今日の放課後、見学しようかな。」
 みたらし団子一本分の気力を回復したイコリスが呟いた。
「えっ?今日アルか?・・・もちろん、大歓迎アル。」
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