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哀切 悪役令嬢 編
哀12
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「イコリス、プリンを食べ終えといて。外してもらったトゥランを呼んでくるよ。」
「了解。30秒で食べるわ。」
俺はファウストの刺すような視線から逃れるために席を立った。
イコリスはプリンを飲んでいる。イコリスがプリンを好物とする理由は、飲めるからだ。厨房で隠れてつまみ食いするには、うってつけのおやつなのだ。
俺達がお菓子を制限された理由のひとつが、イコリスのプリン飲みだった。
生徒会室の扉に俺が手を掛ける頃には、二つ目のプリンをイコリスは飲み始めた。
(・・・令嬢らしくする、とは・・・)
あえて苦言を呈さず、俺は見なかったことにした・・。
生徒会室を出ると、扉の先の廊下でトゥランが壁にもたれかかって立っていた。
「トゥラン、待たせたな。」
「イコリスは落ち着いたのか?」
「少しの間、へらついていたが今はプリンを飲ん・・食べているよ。『仮面亭』の見学を提案したら、いくらか平静を取り戻したんだ。・・ファウストに学生は無理だと言われてしまったが。」
「・・仮面亭はほぼ酒場じゃないか?あそこは無理だろうな。社会見学より、もうすぐある試験の対策を立てた方がいい。」
「確かに。王から難癖をつけられない位の成績にしておかないとね。」
糖分を摂取して気持ちを立て直しつつあったイコリスは、生徒会室に戻った俺とトゥランに試験勉強の必要性を説かれ、目に光がなくなった。
「そうそう、私も勉強しないといけないって思ってたのよねー。」
イコリスが心にもない返事をしているのは明らかだったけれど、何もせず暗い思考に捉われるより、予定を入れて気を紛らわせた方が良いと俺は思っていた。
暑い季節を控え日が長くなり、下校時間だがまだ空は青々としている。
生徒会室の長椅子に横たわった俺は、大きな窓の向こうで流れる白い雲をぼんやりと見ていた。
先週末、俺達の屋敷へトゥランとフラリスが訪れ、みっちりイコリスの試験勉強に付き合って疲労が溜まっているのだ。
途中からレンジー・ブリストンが加わって、過去問題の試験を受け各々の弱点を総ざらいし、イコリスだけでなく全員が復習すべき項目を分析して終了した。
授業よりも過密な時間配分だったので、週明けの放課後だが生徒会業務をする気が起きず、俺は長椅子でぐったりしていた。
「サイナス、一人か。イコリスだけで帰宅したのか?」
入室してきたファウストが俺に訊ねる。
「トゥランとフラリスと一緒に、図書室で試験勉強してるよ。今朝、アイが遠くから、悲しげにイコリスへ挨拶してきただろ。・・寂しくなる暇を、与えないようにしてる。」
イコリスの座席は窓際の列の最後部にあり、アイはファウスト達に囲まれた前方の席なのだが、対角線上に離れて座るイコリスへ、アイが自席から挨拶してきたのだ。
悲しそうな表情のアイに向けて、イコリスは親指を立ててから手を振って元気づけた。
その後、たくさんの同級生達に挨拶されるアイとは対照的に、イコリスは一人で窓の外を眺めていた。
「昼休みにエルードが、サイナス達の食事をする個室へ、入っていったようだが・・・。」
(見られていたのか?・・・怖っ)
「・・・市街地で食べた氷菓子の味を、イコリスへ報告してもらったんだよ。彼は見た目と違って、誠実だよね。」
俺達の食事が終わる時間に、俺がエルードを個室へ招いてイコリスに氷菓子の話をさせたのだ。
「報告を聞いたら、一緒に食べたくなるんじゃないか?」
「・・イコリスはちゃんと伝えていたよ。放課後、一緒に氷菓子を食べるのは難しいって。」
イコリスにそう言われたエルードは、黒い袋を外せる個室があるお好み焼き屋や蕎麦屋を提案していたが、イコリスは期待を持たせない言い方で返事を濁していた。
俺も街の飲食店へ行けるとは現時点では思えず、口を挾まなかった。・・エルードとの交流にファウストへ同行を頼むのは、強い抵抗があった。
「そうか・・。来月行われる私の誕生祝賀会なんだが、サイナス達が見たいと言っていた北西部の舞踊団体に出演を依頼しようと思うんだ。宰相へは私から話しておくから、今年はイコリスと出席してくれないか。」
俺は波打つ白銀髪に指を入れて前髪をかき上げ、僅かに濃くなった薄緑の瞳でファウストを見据えた。
「イコリスに話す前に、俺へ訊いてくれて良かったよ。」
「了解。30秒で食べるわ。」
俺はファウストの刺すような視線から逃れるために席を立った。
イコリスはプリンを飲んでいる。イコリスがプリンを好物とする理由は、飲めるからだ。厨房で隠れてつまみ食いするには、うってつけのおやつなのだ。
俺達がお菓子を制限された理由のひとつが、イコリスのプリン飲みだった。
生徒会室の扉に俺が手を掛ける頃には、二つ目のプリンをイコリスは飲み始めた。
(・・・令嬢らしくする、とは・・・)
あえて苦言を呈さず、俺は見なかったことにした・・。
生徒会室を出ると、扉の先の廊下でトゥランが壁にもたれかかって立っていた。
「トゥラン、待たせたな。」
「イコリスは落ち着いたのか?」
「少しの間、へらついていたが今はプリンを飲ん・・食べているよ。『仮面亭』の見学を提案したら、いくらか平静を取り戻したんだ。・・ファウストに学生は無理だと言われてしまったが。」
「・・仮面亭はほぼ酒場じゃないか?あそこは無理だろうな。社会見学より、もうすぐある試験の対策を立てた方がいい。」
「確かに。王から難癖をつけられない位の成績にしておかないとね。」
糖分を摂取して気持ちを立て直しつつあったイコリスは、生徒会室に戻った俺とトゥランに試験勉強の必要性を説かれ、目に光がなくなった。
「そうそう、私も勉強しないといけないって思ってたのよねー。」
イコリスが心にもない返事をしているのは明らかだったけれど、何もせず暗い思考に捉われるより、予定を入れて気を紛らわせた方が良いと俺は思っていた。
暑い季節を控え日が長くなり、下校時間だがまだ空は青々としている。
生徒会室の長椅子に横たわった俺は、大きな窓の向こうで流れる白い雲をぼんやりと見ていた。
先週末、俺達の屋敷へトゥランとフラリスが訪れ、みっちりイコリスの試験勉強に付き合って疲労が溜まっているのだ。
途中からレンジー・ブリストンが加わって、過去問題の試験を受け各々の弱点を総ざらいし、イコリスだけでなく全員が復習すべき項目を分析して終了した。
授業よりも過密な時間配分だったので、週明けの放課後だが生徒会業務をする気が起きず、俺は長椅子でぐったりしていた。
「サイナス、一人か。イコリスだけで帰宅したのか?」
入室してきたファウストが俺に訊ねる。
「トゥランとフラリスと一緒に、図書室で試験勉強してるよ。今朝、アイが遠くから、悲しげにイコリスへ挨拶してきただろ。・・寂しくなる暇を、与えないようにしてる。」
イコリスの座席は窓際の列の最後部にあり、アイはファウスト達に囲まれた前方の席なのだが、対角線上に離れて座るイコリスへ、アイが自席から挨拶してきたのだ。
悲しそうな表情のアイに向けて、イコリスは親指を立ててから手を振って元気づけた。
その後、たくさんの同級生達に挨拶されるアイとは対照的に、イコリスは一人で窓の外を眺めていた。
「昼休みにエルードが、サイナス達の食事をする個室へ、入っていったようだが・・・。」
(見られていたのか?・・・怖っ)
「・・・市街地で食べた氷菓子の味を、イコリスへ報告してもらったんだよ。彼は見た目と違って、誠実だよね。」
俺達の食事が終わる時間に、俺がエルードを個室へ招いてイコリスに氷菓子の話をさせたのだ。
「報告を聞いたら、一緒に食べたくなるんじゃないか?」
「・・イコリスはちゃんと伝えていたよ。放課後、一緒に氷菓子を食べるのは難しいって。」
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「そうか・・。来月行われる私の誕生祝賀会なんだが、サイナス達が見たいと言っていた北西部の舞踊団体に出演を依頼しようと思うんだ。宰相へは私から話しておくから、今年はイコリスと出席してくれないか。」
俺は波打つ白銀髪に指を入れて前髪をかき上げ、僅かに濃くなった薄緑の瞳でファウストを見据えた。
「イコリスに話す前に、俺へ訊いてくれて良かったよ。」
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