笑ってはいけない悪役令嬢

三川コタ

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哀切 悪役令嬢 編

哀7

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「え?花束?」
「はい、私がイコリス様を連想する花を選んで、飾り付けて花束にするんです。いつもお客様の依頼で、個々に応じた花束を考えて作っているので・・・是非、私が想うイコリス様に似合う花束を贈らせてください。」
「アイさんが私を想って花を?とっても嬉しいっ。私、お花屋さんに行きますっ。」

「アイの花屋の見学は、小売業の社会的役割や、流通の末端としての存在意義を学ぶ事が出来るな。エルード達との飲食より、よっぽど有意義だよ。」
 ファウストはさりげなく、イコリスとエルード達との交流を断とうとしていた。氷菓子店は飲食品小売業ではないのだろうか。

「ファウスト、今言った事そのまま交流計画書に書いてっ。親衛隊にアイさんのお花屋さんへ行く申請をするわっ。」
「顔がにやつきそうだぞ。イコリス、気をつけろ。」
 注意を促すトゥランが顔をほころばせている。
 ジェネラスとチェリンも浮かれるイコリスを微笑ましそうに眺めていた。

「イコリス様が私の店に来るなら、とても光栄で喜ばしいですぅ。楽しみにしてますぅ。」
 アイは、当初とは打って変わった明るい調子で気持ちを述べた。
「私もっ、凄く楽しみですっ。」

「イコリス、顔、顔。緩みまくってるよ。」
「うぐうっ。」
 俺の指摘を受け、イコリスは丸い扇子を顔面全体に押し当て、喜びを嚙み締めた。
 そんなイコリスの姿に、生徒会室は笑い声で溢れた。
 ラビネはやれやれと笑みを浮かべて溜息をつき、俺はマスクの下で口角を上げた。ジェネラスとチェリンは暖かい笑顔を湛え、トゥランは眼鏡の奥の目を潤ませ笑っていた。
 ファウストの笑い声は、かなり久しぶりだ。

「フフフ。勇気を出して、ファウスト様にこの場を設けてもらって良かったぁ。イコリス様とこんな風に話せるなんて、感激ですぅ。」
 アイは入学式に初めて会った時の雰囲気を取り戻していた。相変わらず胡散臭いが、アイの言葉に嘘は無いだろうと俺は思えたのだった。

 ファウスト達に感謝の意を伝え、イコリスと俺へ丁寧に帰りの挨拶を済ませたアイは、今日の送迎当番のチェリンと生徒会室を後にした。
(ラビネが当番じゃないのか・・・。)
 俺は、資料室にアイと籠もっていたラビネを改めて見て気付いた。
 密室で二人に何かあれば、リヴェール一族に課された鈴の耳飾りが鳴るはずだったことに。

 俺の視線に気付いたラビネは、人差し指を唇に当てて片目を閉じた。女子を惑わせそうな仕草だ。
「資料室に人型の土嚢袋が置いてある理由は、アイには言ってないよ。」
「ふぁ?・・・お、俺は使った事が無いし、理由ぐらい言っても良かったけど?」

 副会長を務める笑えないプラントリーの為に、溜まった苛立ちをぶつけられる人型土嚢が資料室に設置されていた。殊のほか真新しいそれは、破損すると生徒会予算で購入できるらしく、キャルクレイか先々代の在任時に買い換えたようだ。

「入学して間もない頃に、資料室からサイナスの荒ぶる声と打撃音がしたよ。」
「げっ、ラビネ居たのか。・・人が悪いな、声かけろよ。」
「・・・あの時たまたま、サイナスに対する女生徒の陰口が私にも聞こえたんだ。思い詰めた顔で生徒会室へ向かうサイナスが気になって、後を追ったんだが・・私と話すより土嚢を殴る方が良いんだろうと思い直して、声をかけるのは遠慮したんだ。」



 強制力が書かれた一覧表では把握しきれない新しい変質を課された者が、アッシュ・エイマールやキース・ストライトの他にもいた。『ユーリ・ウディバ』、枇杷茶色の長い髪が編まれて結い上げられてしまった女子生徒だ。
 ユーリのキリッとした猫目の美しい顔は、強制力で変わらなかった。
 しかし、編まれた髪は三つ編みではなく二つの毛束を捻って交差させた縄編みになっており、後れ毛無くまとめあげられた頭部を、長い縄編みでぐるりと一周して巻いていた。その縄編みは、眉の上で額を横断しており後頭部で結ばれ、なぜか二本ある縄編みの先端が結び目からツノのように立っていた。


 俺はユーリ・ウディバの髪型が面白いとは思わないが、視界に入る度、目を眇めてしまっていた。
 そんな俺を、舐め回すように凝視してきて不快だと、放課後、御手洗い前の廊下で同じ官僚クラスの女子に、ユーリが愚痴っていたのだ。
 下校前、御手洗いに居て彼女の陰口を聞いてしまった俺は教室に待たせていたイコリスを帰らせ、一人で生徒会室へ赴いた。
 その日、生徒会室には誰も来ない事を知っていたので、資料室の人型土嚢を殴って思いの丈をぶつける事にしたのだ。
 
「見るだけでも駄目なのか・・。」
 俺は呟きながら、人型土嚢の胸部へ狙いを定めた。
「太鼓を叩くのか?」バスンッ「女神輿を担ぐのか?」バスンッ「毎日がお祭りなのか?」バスンッ
 ユーリ・ウディバのねじりハチマキ頭を罵りながら、両手の正拳を交互に人型土嚢へ叩き込む。
「カインと並ぶんじゃねえっっ。」バッスンバッスンバッスンッ

 ユーリは眉が繋がったカイン・サドゥキの隣の席だった。彼女単体だと問題無いが、カインと並ぶと俺は何とも言えない気持ちになってしまうのだった。
 しばらく正拳を撃ち続けていると、人型土嚢の胸部が撓んできたので俺は手を止め、フィーウィ・マールの言葉を反芻することにした。
 御手洗い前の廊下にはフィーウィも居た。
『フラリス様の眼帯も良いけど、サイナス様の仮面も格好良く見えると思わない?』
 そう言ったフィーウィの意見を否定する会話から、俺への陰口に繋がるのだが・・・。そこは排除し、『格好良く見える』という部分だけに焦点を当て、翌日からの心の支えに採用したのであった。

 ・・・一度だけ、人型土嚢を使用した発散の現場にラビネがいて、しかも俺の気持ちを慮り遠慮させていたとは。

 
 
「そうか、ラビネを煩わせたな。」
「いや、サイナスも年頃らしい処があって安心したよ・・クスッ。いつも、達観した大人みたいだから。」
(大人の階段を昇りまくっているのはラビネだろうがっ)
 トゥラン以外の前では猥談をせず寛容なふりをしていた俺は、心中で毒づきながらいたたまれなくなっていた。
「サイナス、赤くならないでよ。可愛いんだけど、クスクス。」
「う、うるさいっ可愛い言うなっ。」
 顔が熱くなった俺は周りの目を意識したが、親衛隊へ提出する申請書の作成をするイコリスに、ファウストとジェネラス、トゥランは掛かりきりだったのでほっとした。

 完成した交流計画申請書をファウストへ託したイコリスは、皆を生徒会室に残して先に俺と下校したのだが・・。退室してからジェイサムが待つ学院前の駐馬車区域迄、イコリスはスキップだった・・・。
 なので俺は5m程後ろを、他人を装ってゆっくり歩いていった。
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