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哀切 悪役令嬢 編
哀1
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「また明日、サイナス様。お先に失礼します。」
今日の授業を終えて帰り支度をしていると、前の席に座っているフィーウィ・マールが振り返って俺に挨拶してきた。
フラーグ学院の新一年生の授業が始まってから、約3ヶ月が経過している。
「ああ、またね。帰り道、気を付けて。」
貴族なので上司が部下へする挨拶みたいになってしまうが、フィーウィは華やかな笑顔で応えてくれた。学院の強制力が彼女に課した丸く赤い頬っぺたが、俺に安らぎを与える。
しかしそれは一瞬で終わった。フィーウィは帰りを急ぐ級友達と、さっさと教室を出ていくからだ。俺が表情の緩みを気にする暇がない位、素早い。
強制力で変質した今年の一年生達は、授業が終わるとすぐ下校する。放課後、校内で課外活動をする一年生は、殆どが校外へ出られない寮生だ。
校門の外へ出ると強制力が消失し、本来の自分を取り戻せるので、同級生達は校外で親睦を深めているようだ。
「イコリス様、クラスの何人かで氷菓子店に寄るんですが、良ければご一緒しませんか?」
鞄に課題を入れ終えたイコリスに、側頭部に交差した線が刈り込まれた坊主のエルード・イータが、声を掛けてきた。後方には、語尾が『でござる』になった変な短髪の、ガルディ・モロークが立っている。
イコリスの席は窓際の一番後ろで、俺はその前に座っている。成り行きを見守っていた俺に気付いたエルードが、俺にも声をかけてきた。
「あの、サイナス様も街で、氷菓子を一緒に食べませんか?」
そうすると、後ろのガルディが嫌そうな顔をした。俺の推察通り校内で極力喋りたくないガルディが、エルードを使ってイコリスを誘っていたようだ。
ところが予定外に俺を誘った為に、エルードが余計な事をしたとガルディは思ったのだろう。
「ごめんなさい。今日は生徒会室に来るよう、呼ばれているの。・・・私、校外では黒い袋を被っているのに、誘ってくれてありがとう。」
イコリスの丸い扇子で隠れていない目は、寂しそうにエルードに向けられた。
「黒い袋は気になりませんよ。・・・もしかして、ご迷惑でしたか?」
「いいえ、声を掛けてくれて嬉しかったわ。明日、氷菓子がどんな味だったか、教えてもらってもいいかしら。」
「はい、もちろん。」
微笑む事もできないイコリスに、エルードは朗らかに返事をした。
語尾が『でござる』なので喋らないガルディは、エルードとイコリスの距離を縮めることに協力してしまい悔しそうだ。
「俺も今日は生徒会室に行くから。・・手間をかけるけど、これからイコリスを誘う時は俺かトゥランにも声かけてくれ。」
「わかりました。」
俺はガルディに忠告したつもりだが、ちゃんと俺にも声を掛けたエルードが爽やかに答えた。
外見は不良系お洒落坊主だが、中身は感じの良い好青年だ。
「せっかく初めて、放課後のお出かけに誘ってくれたのに・・・サイナスやトゥランが一緒だと、直ぐには行けないじゃない。」
生徒会室へ向かう道中、イコリスが膨れて俺に言った。
王侯貴族の男子学生は『不実の世代』の狼藉のせいで、校外で平民の学生と交流したり平民の市街地へ赴くには、事前に学院の許可が必要だった。
「いや、イコリスも校外での交流や市街地へ出かけるには、王の親衛隊に前以って申請しておかなきゃいけないよ。キャルクレイも寮生じゃなければ、出かける前は親衛隊に申請していたさ。」
王侯貴族の女子は男子と違って、平民との校外交流等に申請は必要ない。
一方、魅了を持つプラントリーの女子は、対魅了専門特殊部隊である王の親衛隊へ届け出が必要なのだが・・・厳しい審査は無く、形式的なものになっているらしかった。
それから俺は、魅了を持つプラントリーの男子だけれども五大貴族と同じ扱いになっており、交流申請は親衛隊ではなく学院へ提出する。・・・義父はイコリスへ詳細を伝えていないが、厳しく容赦ない制限を設けられるのは、いつもイコリスだけだった。
「え?そうなの?たまに帰り道、市街地近くで買い食いしてたけど・・・。」
(俺が生徒会の業務で一緒に帰れない時か。)
「それって、ジェイサムが買ってきたのを、馬車から出ないで、一人食べていたんじゃ・・。」
「そ、そうよ。黙ってて悪かったわ。」
「いいよ。俺も一人で乗ってる時、ジェイサムから、食べ物でも買ってきましょうかって声かけられてたから。それと馬車が帰り道、遠回りした位なら、届出は必要ないんだと思うよ。そこら辺、ジェイサムはちゃんと分かってるから。」
「・・・私だけが特別扱いじゃなかったか・・・ジェイサムにはあの頃と同じように、私達が痛ましく見えるのね。」
今日の授業を終えて帰り支度をしていると、前の席に座っているフィーウィ・マールが振り返って俺に挨拶してきた。
フラーグ学院の新一年生の授業が始まってから、約3ヶ月が経過している。
「ああ、またね。帰り道、気を付けて。」
貴族なので上司が部下へする挨拶みたいになってしまうが、フィーウィは華やかな笑顔で応えてくれた。学院の強制力が彼女に課した丸く赤い頬っぺたが、俺に安らぎを与える。
しかしそれは一瞬で終わった。フィーウィは帰りを急ぐ級友達と、さっさと教室を出ていくからだ。俺が表情の緩みを気にする暇がない位、素早い。
強制力で変質した今年の一年生達は、授業が終わるとすぐ下校する。放課後、校内で課外活動をする一年生は、殆どが校外へ出られない寮生だ。
校門の外へ出ると強制力が消失し、本来の自分を取り戻せるので、同級生達は校外で親睦を深めているようだ。
「イコリス様、クラスの何人かで氷菓子店に寄るんですが、良ければご一緒しませんか?」
鞄に課題を入れ終えたイコリスに、側頭部に交差した線が刈り込まれた坊主のエルード・イータが、声を掛けてきた。後方には、語尾が『でござる』になった変な短髪の、ガルディ・モロークが立っている。
イコリスの席は窓際の一番後ろで、俺はその前に座っている。成り行きを見守っていた俺に気付いたエルードが、俺にも声をかけてきた。
「あの、サイナス様も街で、氷菓子を一緒に食べませんか?」
そうすると、後ろのガルディが嫌そうな顔をした。俺の推察通り校内で極力喋りたくないガルディが、エルードを使ってイコリスを誘っていたようだ。
ところが予定外に俺を誘った為に、エルードが余計な事をしたとガルディは思ったのだろう。
「ごめんなさい。今日は生徒会室に来るよう、呼ばれているの。・・・私、校外では黒い袋を被っているのに、誘ってくれてありがとう。」
イコリスの丸い扇子で隠れていない目は、寂しそうにエルードに向けられた。
「黒い袋は気になりませんよ。・・・もしかして、ご迷惑でしたか?」
「いいえ、声を掛けてくれて嬉しかったわ。明日、氷菓子がどんな味だったか、教えてもらってもいいかしら。」
「はい、もちろん。」
微笑む事もできないイコリスに、エルードは朗らかに返事をした。
語尾が『でござる』なので喋らないガルディは、エルードとイコリスの距離を縮めることに協力してしまい悔しそうだ。
「俺も今日は生徒会室に行くから。・・手間をかけるけど、これからイコリスを誘う時は俺かトゥランにも声かけてくれ。」
「わかりました。」
俺はガルディに忠告したつもりだが、ちゃんと俺にも声を掛けたエルードが爽やかに答えた。
外見は不良系お洒落坊主だが、中身は感じの良い好青年だ。
「せっかく初めて、放課後のお出かけに誘ってくれたのに・・・サイナスやトゥランが一緒だと、直ぐには行けないじゃない。」
生徒会室へ向かう道中、イコリスが膨れて俺に言った。
王侯貴族の男子学生は『不実の世代』の狼藉のせいで、校外で平民の学生と交流したり平民の市街地へ赴くには、事前に学院の許可が必要だった。
「いや、イコリスも校外での交流や市街地へ出かけるには、王の親衛隊に前以って申請しておかなきゃいけないよ。キャルクレイも寮生じゃなければ、出かける前は親衛隊に申請していたさ。」
王侯貴族の女子は男子と違って、平民との校外交流等に申請は必要ない。
一方、魅了を持つプラントリーの女子は、対魅了専門特殊部隊である王の親衛隊へ届け出が必要なのだが・・・厳しい審査は無く、形式的なものになっているらしかった。
それから俺は、魅了を持つプラントリーの男子だけれども五大貴族と同じ扱いになっており、交流申請は親衛隊ではなく学院へ提出する。・・・義父はイコリスへ詳細を伝えていないが、厳しく容赦ない制限を設けられるのは、いつもイコリスだけだった。
「え?そうなの?たまに帰り道、市街地近くで買い食いしてたけど・・・。」
(俺が生徒会の業務で一緒に帰れない時か。)
「それって、ジェイサムが買ってきたのを、馬車から出ないで、一人食べていたんじゃ・・。」
「そ、そうよ。黙ってて悪かったわ。」
「いいよ。俺も一人で乗ってる時、ジェイサムから、食べ物でも買ってきましょうかって声かけられてたから。それと馬車が帰り道、遠回りした位なら、届出は必要ないんだと思うよ。そこら辺、ジェイサムはちゃんと分かってるから。」
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