笑ってはいけない悪役令嬢

三川コタ

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王侯貴族 事前登校 編

笑22

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「サイナス、これをっ。」
 トゥランが懐から取り出した白い打撃具を投げてよこした。
 俺はそれを握ると、振りかぶって勢いよくイコリスの尻へ打ち付けた。
 バチーーーーン
 大きな破裂音が鳴り響き、イコリスは溜めていた涙をポロポロと零す。
 凄い形相でファウストが俺を睨みつけた。

「何てことをするんだっ。」
「イコリス、大丈夫?」
 ラビネとチェリンが駆け寄って来る。

 ジェネラスはトゥランを詰めている。フラリスは青ざめ、すっかり桜の花びらは消えていた。
「トゥラン、武器を持ち込んだのか?」
「あれは武器ではない。紙で出来ている、イコリスと開発した打撃具だ。」

 俺のように危機回避の為に殴って貰うという手段は、令嬢であるイコリスには到底不可能だ。
 馬用の鞭を使用する案がイコリスからあったけれど、罪人への刑罰にしか見えず、殴られるよりまずい。打つ方も罪に問われるだろう。
 そこで考案されたのが、強度と耐久性のある厚い画用紙を蛇腹状に細長く折り畳み、端を麻紐で巻き持ち手にした、この打撃具である。
 わざと目立つように画用紙の色は白を選び、打撃の音が派手に鳴る作りとしたのは、『イコリスがここまでして耐える努力をしている』という宣伝効果をトゥランが狙ったからだ。
 この打撃具は、叩くと発生する激しい破裂音のわりに痛くない・・・事もなく結構痛い。何度も同じ箇所を打つと、赤く腫れ上がる程の威力だ。
 しかし紙製なので、馬用の鞭よりもずっと悲愴感が無く、流血せず安全だ。単純な構造なので、強引だが子供のおもちゃと言い張れる事も出来て、理にかなっている。

「・・・それに何より、イコリスから頼まれて使ったのだ。国王やファウストにも、この打撃具の話は前もって通してある。」
「そうなのか?」
 トゥランからの説明を聞いても釈然としなかったジェネラスは、ファウストに確かめる。
「・・・ああ、そうだ。」
「・・っ。けど、どうして今・・・。本当に叩く必要、あったのか?」
 その問いに答える為、トゥランはフラリスの肩を掴み体の向きをジェネラスのいる方へ変えた。そして後ろから左の前髪をかき上げて、眼帯の全容をジェネラスに見せつける。
 言うまでもなく、俺とイコリスには見えない角度だ。
 ファウストと旧生徒会の何名かは、フラリスの可愛いパン・・・眼帯に被弾していた。
 不自然な咳払いが複数する中、ファウストは目頭を押さえた。
 太い眉を再度下げたジェネラスは、俯いてしまった。

「え?何?何?」
「もう、良いだろう。フラリスは、箱入りなんだよ。」
 既に眼帯を外していたブリストン一族の旧生徒会役員が、戸惑うフラリスを庇ってトゥランから引きはがし、校門の外へ連れて行ってしまった。

「話は聞いていたが、あの打撃具は最終手段だったはずだ。・・・それにしても力いっぱい叩いていたな。」
 俺を睨みながら話すファウストを無視して、上着を脱ぐ。俺が反論すると、浅ましい言い訳と捉えられかねない。
「ある程度痛くないと、抑止力にならない。サイナスは上手くやったよ。おかげで皆、イコリスに同情的だ。」
「当たり前だっ。あんな風にぶつなんて・・・武術の稽古でもしないぞっ。」
 トゥランの返答にジェネラスは食ってかかる。
 
「ジェネラス、私は平気だから。ラビネ、チェリンも心配してくれてありがとう。」
 スカートのプリーツを撫でながら礼を述べるイコリスは真顔だった。
 本来であれば笑顔で、安心させたいところだろう。
 俺は脱いだ制服の上着をキャルクレイの肩へ掛け終えると、
「手に取って見定めると良いよ。」
紙の打撃具をジェネラスに投げて渡した。
 ジェネラスはケーナイン一族の旧生徒会役員と、受け取った打撃具を調べ始めた。

 一方、イコリスは駆け寄って来たラビネとチェリンをジリジリと押して、キャルクレイから遠ざけようとしていた。そんな扱いに傷つくチェリンとは対照的に、ラビネは押し返そうとするイコリスを微笑ましく眺めている。
 先刻、ラビネはキャルクレイの透け乳に桜を散らさなかった。・・・この余裕は、サウザンドとキュリテグロースの年上女性と親密にしているとの噂が事実だからだ。
 なんと不愉快極まりないことだろう。
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