上 下
20 / 89

笑19

しおりを挟む
 周囲に桜の木は一本も生えていない。
「イコリスっ。」
 ファウストの緊迫した声が届くとともに、次から次へと頭上から桜の花びらが落ちる。

「・・・しまった。」
 背後でキャルクレイの不手際を悔いる呟きがした。

「来るぞっ。イコリス、サイナス、演出効果に対抗準備しろっ。」
 トゥランが俺達に向かって叫ぶ。
 いつの間にやら、ジェネラスとチェリン、フラリスが肩を並べて近づいていた。
 3人はつま先を開き、足の長さを強調した姿勢で体を斜めにして立ち、キリッとした表情で頬を上気させてこちらを見つめた。空中からは花びらがとめどなく舞い降り、彼らの麗しい立ち姿を浮かび上がらせる。
 
 俺は恐る恐る、振り返った。
 俺とイコリスの後ろで、降ってきた花びらを宝石のように飾り付けたキャルクレイが屈んでいた。
 地につけた手には不織布のマスクが掴まれており、制服の上着は肩にかけられている。外れかけた仮面は辛うじて耳に引っかかっているが、ツンとした鼻とぽってりとした唇が露になっていた。
 だが問題はそこじゃない。

 大きくたわわな乳房がシャツを盛り上げていたのだ。
 イコリスのパット6枚足した胸よりも、ずっと大きい。フラーグ学院の強制力は関与していないので、真の巨乳である。
 天然の大物はシャツのボタンをちぎりそうな位、横に引っ張っていた。上から二つ、ボタンを外しているが、それでは間に合ってなかった。加えて厄介な事に、隆起した頂上が白いシャツから透けて色づいている。よく見ると、シャツの裾から包帯らしきものがはみ出ていた。
 余程、苦しかったのだろう。襟元のボタンだけでなく、巻いていたサラシも外したようだ。

「見てはダメーーっ。」
 イコリスが大股を開いて、キャルクレイの前に庇うよう立った。
 慌ててキャルクレイが拾った不織布のマスクを着けようとする。
(違う。そうじゃない。)
 俺はあたふたしながら持っていたハンカチを拡げて、彼女の胸に掛けた・・・が、大きさが全然足りず隠しきれない。

 
 プラントリー一族は総じて子供が少なく、フラーグ学院に在籍するプラントリーの男子が存在しない場合が往々にあった。
 十年前の収穫祭にイコリスへお小遣いをあげた事で東の果てに左遷された、叔父のアルティーバ・プラントリーが学院を卒業する18歳の時、プラントリー一族から16歳になる男子が現れなかった。
 故に、平民に身代わりを出さない為、叔父は卒業を取消し在学を延長して、23歳迄生徒会副会長を務めたのは一族では有名な話だ。ちなみに叔父が未だ独身なのは、卒業を延長されたこの5年間のせいだと本人が語っている。

 アルティーバ・プラントリーの件も有り、どうしても卒業したかった副会長を務めた或るプラントリーの男子が、入学する妹に事前登校で男装をさせてみた。その結果、思惑通り強制力に認められて、男装した妹が生徒会副会長に就任出来たのだ。
 それは性別自体が変質する事もなく、書き換え率が30%前後だった為、在学するプラントリーの男子は居ないが女子は居る場合、男装して副会長に就任する事となっている。

 例に洩れず、キャルクレイも男装をして副会長の責務を全うした。
 しかし、3年前に会った彼女は背も低く華奢で、短髪だと少年のようだったのだが・・・。
 副会長就任による身体への影響は、男性化ではなく、あくまで女性が中性的な体つきになる変質に止まったもので、書き換え率は入寮基準の40%には満たない。けれども、身体の形態に影響する強制力なので、男装した副会長は念の為、寮で暮らしていた。
 今回、それが裏目に出てしまい、キャルクレイは自分の巨乳化に気付けなかったのではないだろうか。

 胸にある俺のハンカチを見て、キャルクレイは顔を真っ赤にした。
 声にならない悲鳴をあげて、肩にかけていた上着を前で抱きしめ、胸を隠す。
 そうすると、舞い落ちる花びらの量が増え、花吹雪となった。

(今の仕草で誰の琴線に触れたんだ?・・・)
 俺はこちらを見つめるジェネラスとチェリン、そしてフラリスと、対峙する覚悟を決めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

忘却の思い込み追放勇者 ずっと放置され続けたので追放されたと思ったのだけど違うんですか!?

カズサノスケ
ファンタジー
「俺は追放されたのだ……」 その者はそう思い込んでしまった。魔王復活に備えて時の止まる異空間へ修行に出されたまま1000年間も放置されてしまったのだから……。 魔王が勇者に討たれた時、必ず復活して復讐を果たすと言い残した。後に王となった元勇者は自身の息子を復活した魔王との戦いの切り札として育成するべく時の止まった異空間へ修行に向かわせる。その者、初代バルディア国王の第1王子にして次期勇者候補クミン・バルディア16歳。 魔王戦に備えて鍛え続けるクミンだが、復活の兆しがなく100年後も200年後も呼び戻される事はなかった。平和過ぎる悠久の時が流れて500年……、世の人々はもちろんの事、王家の者まで先の時代に起きた魔王との戦いを忘れてしまっていた。それはクミンの存在も忘却の彼方へと追いやられ放置状態となった事を意味する。父親との確執があったクミンは思い込む、「実は俺に王位を継承させない為の追放だったのではないか?」 1000年経った頃。偶然にも発見され呼び戻される事となった。1000年も鍛え続けたお陰で破格の強さを身に着けたのだが、肝心の魔王が復活していないのでそれをぶつける相手もいない。追放されたと思い込んだ卑屈な勇者候補の捻じれた冒険が幕を開ける!

最強の職業は付与魔術師かもしれない

カタナヅキ
ファンタジー
現実世界から異世界に召喚された5人の勇者。彼等は同じ高校のクラスメイト同士であり、彼等を召喚したのはバルトロス帝国の3代目の国王だった。彼の話によると現在こちらの世界では魔王軍と呼ばれる組織が世界各地に出現し、数多くの人々に被害を与えている事を伝える。そんな魔王軍に対抗するために帝国に代々伝わる召喚魔法によって異世界から勇者になれる素質を持つ人間を呼びだしたらしいが、たった一人だけ巻き込まれて召喚された人間がいた。 召喚された勇者の中でも小柄であり、他の4人には存在するはずの「女神の加護」と呼ばれる恩恵が存在しなかった。他の勇者に巻き込まれて召喚された「一般人」と判断された彼は魔王軍に対抗できないと見下され、召喚を実行したはずの帝国の人間から追い出される。彼は普通の魔術師ではなく、攻撃魔法は覚えられない「付与魔術師」の職業だったため、この職業の人間は他者を支援するような魔法しか覚えられず、強力な魔法を扱えないため、最初から戦力外と判断されてしまった。 しかし、彼は付与魔術師の本当の力を見抜き、付与魔法を極めて独自の戦闘方法を見出す。後に「聖天魔導士」と名付けられる「霧崎レナ」の物語が始まる―― ※今月は毎日10時に投稿します。

悪役令嬢の独壇場

あくび。
ファンタジー
子爵令嬢のララリーは、学園の卒業パーティーの中心部を遠巻きに見ていた。 彼女は転生者で、この世界が乙女ゲームの舞台だということを知っている。 自分はモブ令嬢という位置づけではあるけれど、入学してからは、ゲームの記憶を掘り起こして各イベントだって散々覗き見してきた。 正直に言えば、登場人物の性格やイベントの内容がゲームと違う気がするけれど、大筋はゲームの通りに進んでいると思う。 ということは、今日はクライマックスの婚約破棄が行われるはずなのだ。 そう思って卒業パーティーの様子を傍から眺めていたのだけど。 あら?これは、何かがおかしいですね。

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方

ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。 注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。

姉と妹に血が繋がっていないことを知られてはいけない

マーラッシュ
恋愛
 俺は知ってしまった。 まさか今更こんな真実を知ってしまうとは。 その日は何故かリビングのテーブルの上に戸籍謄本が置いてあり、何気なく目を通して見ると⋯⋯。  養子縁組の文字が目に入った。  そして養子氏名の欄を見てみると【天城リウト】俺の名前がある。  う、嘘だろ。俺が養子⋯⋯だと⋯⋯。  そうなると姉の琴音ことコト姉と妹の柚葉ことユズとは血が繋がっていないことになる。  今までは俺と姉弟、兄妹の関係だったからベタベタしてきても一線を越えることはなかったが、もしこのことがコト姉とユズに知られてしまったら2人の俺に対する愛情が暴走するかもしれない。もしコト姉やユズみたいな美少女に迫られたら⋯⋯俺の理性が崩壊する。  親父から日頃姉妹に手を出したらわかっているよな? と殺意を持って言われていたがまさかこういうことだったのか!  この物語は主人公のリウトが姉妹に血が繋がっていないことがバレると身が持たないと悟り、何とか秘密にしようと奔走するラブコメ物語です。

お姉様に押し付けられて代わりに聖女の仕事をする事になりました

花見 有
恋愛
聖女である姉へレーナは毎日祈りを捧げる聖女の仕事に飽きて失踪してしまった。置き手紙には妹のアメリアが代わりに祈るように書いてある。アメリアは仕方なく聖女の仕事をする事になった。

俺の娘、チョロインじゃん!

ちゃんこ
ファンタジー
俺、そこそこイケてる男爵(32) 可愛い俺の娘はヒロイン……あれ? 乙女ゲーム? 悪役令嬢? ざまぁ? 何、この情報……? 男爵令嬢が王太子と婚約なんて、あり得なくね?  アホな俺の娘が高位貴族令息たちと仲良しこよしなんて、あり得なくね? ざまぁされること必至じゃね? でも、学園入学は来年だ。まだ間に合う。そうだ、隣国に移住しよう……問題ないな、うん! 「おのれぇぇ! 公爵令嬢たる我が娘を断罪するとは! 許さぬぞーっ!」 余裕ぶっこいてたら、おヒゲが素敵な公爵(41)が突進してきた! え? え? 公爵もゲーム情報キャッチしたの? ぎゃぁぁぁ! 【ヒロインの父親】vs.【悪役令嬢の父親】の戦いが始まる?

深窓の悪役令嬢~死にたくないので仮病を使って逃げ切ります~

白金ひよこ
恋愛
 熱で魘された私が夢で見たのは前世の記憶。そこで思い出した。私がトワール侯爵家の令嬢として生まれる前は平凡なOLだったことを。そして気づいた。この世界が乙女ゲームの世界で、私がそのゲームの悪役令嬢であることを!  しかもシンディ・トワールはどのルートであっても死ぬ運命! そんなのあんまりだ! もうこうなったらこのまま病弱になって学校も行けないような深窓の令嬢になるしかない!  物語の全てを放棄し逃げ切ることだけに全力を注いだ、悪役令嬢の全力逃走ストーリー! え? シナリオ? そんなの知ったこっちゃありませんけど?

処理中です...