笑ってはいけない悪役令嬢

三川コタ

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王侯貴族 事前登校 編

笑19

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 周囲に桜の木は一本も生えていない。
「イコリスっ。」
 ファウストの緊迫した声が届くとともに、次から次へと頭上から桜の花びらが落ちる。

「・・・しまった。」
 背後でキャルクレイの不手際を悔いる呟きがした。

「来るぞっ。イコリス、サイナス、演出効果に対抗準備しろっ。」
 トゥランが俺達に向かって叫ぶ。
 いつの間にやら、ジェネラスとチェリン、フラリスが肩を並べて近づいていた。
 3人はつま先を開き、足の長さを強調した姿勢で体を斜めにして立ち、キリッとした表情で頬を上気させてこちらを見つめた。空中からは花びらがとめどなく舞い降り、彼らの麗しい立ち姿を浮かび上がらせる。
 
 俺は恐る恐る、振り返った。
 俺とイコリスの後ろで、降ってきた花びらを宝石のように飾り付けたキャルクレイが屈んでいた。
 地につけた手には不織布のマスクが掴まれており、制服の上着は肩にかけられている。外れかけた仮面は辛うじて耳に引っかかっているが、ツンとした鼻とぽってりとした唇が露になっていた。
 だが問題はそこじゃない。

 大きくたわわな乳房がシャツを盛り上げていたのだ。
 イコリスのパット6枚足した胸よりも、ずっと大きい。フラーグ学院の強制力は関与していないので、真の巨乳である。
 天然の大物はシャツのボタンをちぎりそうな位、横に引っ張っていた。上から二つ、ボタンを外しているが、それでは間に合ってなかった。加えて厄介な事に、隆起した頂上が白いシャツから透けて色づいている。よく見ると、シャツの裾から包帯らしきものがはみ出ていた。
 余程、苦しかったのだろう。襟元のボタンだけでなく、巻いていたサラシも外したようだ。

「見てはダメーーっ。」
 イコリスが大股を開いて、キャルクレイの前に庇うよう立った。
 慌ててキャルクレイが拾った不織布のマスクを着けようとする。
(違う。そうじゃない。)
 俺はあたふたしながら持っていたハンカチを拡げて、彼女の胸に掛けた・・・が、大きさが全然足りず隠しきれない。

 
 プラントリー一族は総じて子供が少なく、フラーグ学院に在籍するプラントリーの男子が存在しない場合が往々にあった。
 十年前の収穫祭にイコリスへお小遣いをあげた事で東の果てに左遷された、叔父のアルティーバ・プラントリーが学院を卒業する18歳の時、プラントリー一族から16歳になる男子が現れなかった。
 故に、平民に身代わりを出さない為、叔父は卒業を取消し在学を延長して、23歳迄生徒会副会長を務めたのは一族では有名な話だ。ちなみに叔父が未だ独身なのは、卒業を延長されたこの5年間のせいだと本人が語っている。

 アルティーバ・プラントリーの件も有り、どうしても卒業したかった副会長を務めた或るプラントリーの男子が、入学する妹に事前登校で男装をさせてみた。その結果、思惑通り強制力に認められて、男装した妹が生徒会副会長に就任出来たのだ。
 それは性別自体が変質する事もなく、書き換え率が30%前後だった為、在学するプラントリーの男子は居ないが女子は居る場合、男装して副会長に就任する事となっている。

 例に洩れず、キャルクレイも男装をして副会長の責務を全うした。
 しかし、3年前に会った彼女は背も低く華奢で、短髪だと少年のようだったのだが・・・。
 副会長就任による身体への影響は、男性化ではなく、あくまで女性が中性的な体つきになる変質に止まったもので、書き換え率は入寮基準の40%には満たない。けれども、身体の形態に影響する強制力なので、男装した副会長は念の為、寮で暮らしていた。
 今回、それが裏目に出てしまい、キャルクレイは自分の巨乳化に気付けなかったのではないだろうか。

 胸にある俺のハンカチを見て、キャルクレイは顔を真っ赤にした。
 声にならない悲鳴をあげて、肩にかけていた上着を前で抱きしめ、胸を隠す。
 そうすると、舞い落ちる花びらの量が増え、花吹雪となった。

(今の仕草で誰の琴線に触れたんだ?・・・)
 俺はこちらを見つめるジェネラスとチェリン、そしてフラリスと、対峙する覚悟を決めた。
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