5 / 152
王侯貴族 事前登校 編
笑4
しおりを挟むイコリスが鼻を出してから十分も経たないうちに、馬車はフラーグ学院へ着いた。
ジェイサム以外の御者だと、倍の時間はかかるだろう。彼の運転技術がとても高いからこそ早く着いたのだが、イコリスは充実したひと時が終わって残念そうだ。
フラーグ学院は約2メートルの高い壁で敷地全体を囲っている。現在は春休みなので、いつもなら正面の大型引戸の門扉は閉じられているが、王侯貴族の事前登校日である今日は解放されていた。
「袋、預かりますよ。」
馬車を降りたイコリスに、ジェイサムが声をかける。
「え?でも・・。」
「大丈夫。イコリス様はたくさん努力なさってきた。信じています。」
「っ!。」
イコリスはこくりと頷いた後に、丸い扇子を顔の前に持ち、空いている方の手でゆっくりと被っている黒い袋を脱いだ。扇子で鼻と口をしっかり隠し、青紫の瞳でジェイサムを見つめながら袋を渡す彼女は、魅了の制御訓練通りに無表情だった。
俺は袋を被ったまま持ってきたマスクを着け、それから袋を脱ぎジェイサムに預けた。
「いってきますっ。」
門扉へと歩くイコリスは、振り返らずジェイサムに勇ましく言った。
「いってらっしゃいっ。」
ぶんぶんと手を振って見送るジェイサムへ、決して後ろは見ないイコリスの代わりに俺が小さく手を振った。
敷地内へ入り少し歩くと、立派な両開きの大きな門が見えてきた。
学院を囲む塀に設けられた引戸の門扉は、校門ではない。四本の門柱に曲線を描いた屋根を乗せ、扉や欄間、屋根に龍・鳳凰など架空の霊獣が装飾された高さ8メートルのこの両開き門が、強制力を執行するフラーグ学院の校門である。
近づいていくと校門と連なる生垣の前に、金髪碧眼の王太子、ファウスト・オウラ7世が立っていた。
「やあ、イコリス。サイナス。」
優雅に佇むファウストは、王族の金色と黒の二重線を詰襟と袖口に配した制服を着ていた。
手には金色の刺繍が施された白い手袋をしている。短髪なのに髪留めを使って斜めに流した前髪を固定する髪型は、あの収穫祭の事件以後、継続されていることだ。
「ごきげんよう。ファウスト殿下。」
王族に魅了は効かないが、丸い扇子を下げないままイコリスが挨拶する。
「畏まらなくていいよ。呼び捨てで・・・。たぬ・・ほ?その文字、どう読むの?」
扇子を指さし訊ねるファウストの反応が、目論見通りだとイコリスは俺に親指を立て目配せしてきた。
「文字に意味は無いらしいですよ。関心を顔から逸らす効果を狙ってるそうです。」
イコリスが今にもほくそ笑みそうなので、俺が説明する。
「なるほど。・・・サイナス、敬語にしなくて良いから。普通に話してよ。その扇子だが常時文字を見せるより、いざという時に見せた方が効果的じゃないか?関心が向くのは初見だけだろう。窮地に陥ったら、文字を見せれば良い。裏面にも文字は書いてあるかい?」
「裏は無地だけど・・・。扇子を裏返すの?裏返す時に顔が見えるじゃない。」
「素早く返すと表情は見えないよ。やってみて。」
怪訝そうにしながらイコリス扇子を裏返す。
「もっと早く。」
バッ
扇子から風を切る音が出る。
「もっともっと早く。」
バッ
平たく丸い形状の扇面は、長い柄のおかげで予想以上に素早くひっくり返すことが出来た。
「もっと早く出来るはずだっ。」
バッバッバッバッ
「最後のは良かった。ちゃんと隠れてた。回転が早くて顔の下半分、見えなかったよ。」
「本当?サイナス、帰ったら特訓よ。必ず習得するわ。」
ファウストの提案を受け入れたイコリスは、文字の書いていない扇子の裏を表側にして、顔の前に持って言った。
顔が見えないよう、いかに早く丸い扇子を裏返すか挑戦するイコリスの姿は、大事な所を隠した丸いお盆を回転させる演芸を、どうしても想起してしまう。
俺は目尻を潤ませて複雑な思いで言った。
「・・・強制力に、それが扇子と認められたらね・・・。」
0
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
妾の子だからといって、公爵家の令嬢を侮辱してただで済むと思っていたんですか?
木山楽斗
恋愛
公爵家の妾の子であるクラリアは、とある舞踏会にて二人の令嬢に詰められていた。
彼女達は、公爵家の汚点ともいえるクラリアのことを蔑み馬鹿にしていたのである。
公爵家の一員を侮辱するなど、本来であれば許されることではない。
しかし彼女達は、妾の子のことでムキになることはないと高を括っていた。
だが公爵家は彼女達に対して厳正なる抗議をしてきた。
二人が公爵家を侮辱したとして、糾弾したのである。
彼女達は何もわかっていなかったのだ。例え妾の子であろうとも、公爵家の一員であるクラリアを侮辱してただで済む訳がないということを。
※HOTランキング1位、小説、恋愛24hポイントランキング1位(2024/10/04) 皆さまの応援のおかげです。誠にありがとうございます。
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
私、お母様の言うとおりにお見合いをしただけですわ。
いさき遊雨
恋愛
お母様にお見合いの定石?を教わり、初めてのお見合いに臨んだ私にその方は言いました。
「僕には想い合う相手いる!」
初めてのお見合いのお相手には、真実に愛する人がいるそうです。
小説家になろうさまにも登録しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる