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「はあっ……はぁっ……」
久しぶりに走ったせいか、息が切れて胸が苦しい。
「レティ様!? 」
気付けば、ステアがレティを追いかけて来たようだ。
胸に手を当てて苦しげにしているレティを見て、心配そうにこちらへ駆け寄ってくる。
「あなた、私に嘘をついたのね!? 」
ステアはレティの責めるような声色にその足を止め、目を丸くした。
だがそれも一瞬のことで、すぐにいつもの無愛想な表情に戻ってしまう。
「なぜ、嘘をついたの!? 」
「……レティ様の仰る嘘が何のことだか、私にはわからないのですが」
「誤魔化さないで。私の呪いを解いたのは、ノア様ではないわ! 」
ステアは俯き、何も言葉を発しない。
二人の間に重苦しい空気が流れた。
ノアと唇を重ねた途端、これまでレティが感じていた違和感が大きくなって押し寄せて来たのである。
体がざわめくような不快な感覚は、レティの本能なのであろうか。
ノアではないのなら、一体自分は誰と口付けを交わしたのか。
だが彼と心が通い合っていたわけではないことは確実だ。
「ここにいたのか、レティ! 」
「……ノア様……」
同じくノアが息を切らしながらレティを追って、中庭へとやってきた。
「……ステア・リュード。お前は下がっていろ」
ノアはチラとステアを目に入れると、吐き捨てるようにそう告げた。
彼はなぜか昔からステアのことが気に入らないらしい。
今も忌々しげにステアを睨みつけているが、ステアは大して気にしていない様子。
「私はレティ様の護衛騎士ですので。殿下とレティ様が正式にご結婚なさるまでは、レティ様のお側についております」
「王太子である僕が、下がれと言っているんだ! 」
「大切な主人に勝手に呪いをかけるようなお方とは、二人きりにすることなどできません」
その瞬間、三人を取り巻く空気が変わった。
「え、ステア……? 今、なんて……」
ステアは、レティに呪いをかけたのはノアであると言う。
「あなた様に呪いをかけたのは、他でもない王太子殿下です」
「っ貴様、無礼だぞ! そ、そのようなデタラメを申すな! 」
「殿下から依頼を受けたという呪術師を、先程公爵夫妻が見つけられたようだ。証言が得られれば、殿下の嘘が明るみに出ますね」
ノアは怒りのあまり拳を握りしめてわなわなと震えている。
「くそ! 一度レティに口付けたくらいで、彼女を手に入れたつもりか!? 」
「……え? 」
今ノアはなんと言っただろうか。
次から次に明らかになる事実に、レティの頭の中は真っ白になる。
「あの、ノア様……今なんと……? 」
するとノアはしまったとばかりに、みるみるうちに表情が無くなっていった。
先程まで真っ赤になっていたはずのその顔色は、今では真っ青になっている。
ノアは、ステアがレティに口付けたと言った。
だがレティにはそのような記憶はない。
ステアはこれまでずっとレティの護衛騎士のままであって、秘めた恋心はレティが一方的に抱いていたものである。
それでは一体なぜステアがレティに口付けを……?
レティはちらとステアの方を見るが、ステアの表情は変わっていない。
相変わらず、眉を寄せた無愛想な顔だ。
「ステア、どういうことなの? あなたは私に口付けたの? 」
「……それは……」
「正直に話しなさい。これは私からの命です」
レティがそう断言すると、これまで俯いていたステアはため息をつき、真っ直ぐレティの顔を見据えた。
「ええ。その通りですレティ様」
「では、私の呪いを解いたのはあなたなの? 」
「違う! 君の呪いを解いたのはそいつではない! 僕だ! 」
何やら後ろの方でノアが騒いでいるが、彼がその相手ではないことはもはや確実なのだ。
最後の悪あがきとでもいうべきか。
「私はあなたに聞いているの、ステア」
レティがステアの目を捉えてじっと見つめると、ステアは再び観念したかのようにこう告げた。
「ええ、そうですレティ様。あなたに口付け、あなたにかけられた呪いを解いたのは、この私です」
「やっぱり、そうなのね」
レティはステアの元へ駆け寄り、抱き締めようとした。
だがその体はステアによって制止される。
「いけません、レティ様。私はあなたの護衛騎士。あなたは私の主人です」
「私はあなたが好きなの、ステア」
「っ……」
レティの告白に、ステアは息を呑む。
いつもの無愛想な顔に、困惑の色が浮かんだ。
「ずっと、ずっと、好きだったわ」
「レティ様……」
「私のこの気持ちは、迷惑かしら? 」
少し涙に濡れた瞳で泣き笑いを浮かべたレティを、ステアはたまらず抱き締めた。
「あなたという人はっ……私がこれまでどれほど耐えてきたか……」
「ステア……あなたも同じ気持ちなの? 」
ステアは返事の代わりに、口付けた。
その瞬間、レティの中を熱い何かが駆け巡り、全身の血が騒ぎ立てるような感覚に陥った。
「ステア、私……」
失われたと思っていたレティの記憶が、蘇ったのだ。
久しぶりに走ったせいか、息が切れて胸が苦しい。
「レティ様!? 」
気付けば、ステアがレティを追いかけて来たようだ。
胸に手を当てて苦しげにしているレティを見て、心配そうにこちらへ駆け寄ってくる。
「あなた、私に嘘をついたのね!? 」
ステアはレティの責めるような声色にその足を止め、目を丸くした。
だがそれも一瞬のことで、すぐにいつもの無愛想な表情に戻ってしまう。
「なぜ、嘘をついたの!? 」
「……レティ様の仰る嘘が何のことだか、私にはわからないのですが」
「誤魔化さないで。私の呪いを解いたのは、ノア様ではないわ! 」
ステアは俯き、何も言葉を発しない。
二人の間に重苦しい空気が流れた。
ノアと唇を重ねた途端、これまでレティが感じていた違和感が大きくなって押し寄せて来たのである。
体がざわめくような不快な感覚は、レティの本能なのであろうか。
ノアではないのなら、一体自分は誰と口付けを交わしたのか。
だが彼と心が通い合っていたわけではないことは確実だ。
「ここにいたのか、レティ! 」
「……ノア様……」
同じくノアが息を切らしながらレティを追って、中庭へとやってきた。
「……ステア・リュード。お前は下がっていろ」
ノアはチラとステアを目に入れると、吐き捨てるようにそう告げた。
彼はなぜか昔からステアのことが気に入らないらしい。
今も忌々しげにステアを睨みつけているが、ステアは大して気にしていない様子。
「私はレティ様の護衛騎士ですので。殿下とレティ様が正式にご結婚なさるまでは、レティ様のお側についております」
「王太子である僕が、下がれと言っているんだ! 」
「大切な主人に勝手に呪いをかけるようなお方とは、二人きりにすることなどできません」
その瞬間、三人を取り巻く空気が変わった。
「え、ステア……? 今、なんて……」
ステアは、レティに呪いをかけたのはノアであると言う。
「あなた様に呪いをかけたのは、他でもない王太子殿下です」
「っ貴様、無礼だぞ! そ、そのようなデタラメを申すな! 」
「殿下から依頼を受けたという呪術師を、先程公爵夫妻が見つけられたようだ。証言が得られれば、殿下の嘘が明るみに出ますね」
ノアは怒りのあまり拳を握りしめてわなわなと震えている。
「くそ! 一度レティに口付けたくらいで、彼女を手に入れたつもりか!? 」
「……え? 」
今ノアはなんと言っただろうか。
次から次に明らかになる事実に、レティの頭の中は真っ白になる。
「あの、ノア様……今なんと……? 」
するとノアはしまったとばかりに、みるみるうちに表情が無くなっていった。
先程まで真っ赤になっていたはずのその顔色は、今では真っ青になっている。
ノアは、ステアがレティに口付けたと言った。
だがレティにはそのような記憶はない。
ステアはこれまでずっとレティの護衛騎士のままであって、秘めた恋心はレティが一方的に抱いていたものである。
それでは一体なぜステアがレティに口付けを……?
レティはちらとステアの方を見るが、ステアの表情は変わっていない。
相変わらず、眉を寄せた無愛想な顔だ。
「ステア、どういうことなの? あなたは私に口付けたの? 」
「……それは……」
「正直に話しなさい。これは私からの命です」
レティがそう断言すると、これまで俯いていたステアはため息をつき、真っ直ぐレティの顔を見据えた。
「ええ。その通りですレティ様」
「では、私の呪いを解いたのはあなたなの? 」
「違う! 君の呪いを解いたのはそいつではない! 僕だ! 」
何やら後ろの方でノアが騒いでいるが、彼がその相手ではないことはもはや確実なのだ。
最後の悪あがきとでもいうべきか。
「私はあなたに聞いているの、ステア」
レティがステアの目を捉えてじっと見つめると、ステアは再び観念したかのようにこう告げた。
「ええ、そうですレティ様。あなたに口付け、あなたにかけられた呪いを解いたのは、この私です」
「やっぱり、そうなのね」
レティはステアの元へ駆け寄り、抱き締めようとした。
だがその体はステアによって制止される。
「いけません、レティ様。私はあなたの護衛騎士。あなたは私の主人です」
「私はあなたが好きなの、ステア」
「っ……」
レティの告白に、ステアは息を呑む。
いつもの無愛想な顔に、困惑の色が浮かんだ。
「ずっと、ずっと、好きだったわ」
「レティ様……」
「私のこの気持ちは、迷惑かしら? 」
少し涙に濡れた瞳で泣き笑いを浮かべたレティを、ステアはたまらず抱き締めた。
「あなたという人はっ……私がこれまでどれほど耐えてきたか……」
「ステア……あなたも同じ気持ちなの? 」
ステアは返事の代わりに、口付けた。
その瞬間、レティの中を熱い何かが駆け巡り、全身の血が騒ぎ立てるような感覚に陥った。
「ステア、私……」
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