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番外編

リンドという男 8

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 「リンド様……? 」

 マリアンヌは屋敷の廊下で呆然と立ち尽くしていた。
 その視線の先にはリンドと一人の女性の姿が。

 突然屋敷に帰ってきたと思ったら、何と女性を連れてきたのである。
 リンド曰くアマリアというその女性は、珍しい褐色の肌をしていたがとても美しい人であった。

 リンドはローランド辺境伯に、しばらく彼女を匿ってほしいと頼んだ。
 一体ローランド辺境伯はなぜそこまでしてくれるのだろうかと思うが、もちろん彼は快く了承した。

 マリアンヌはショックを受ける。
 リンドが女性を連れてくるなど、これまで一度もなかった。
 物事に対して常に冷静で、何事にも興味を示すことのない様な彼が。

 そしてマリアンヌは気付いてしまったのだ。
 彼女の。アマリアの瞳に。

 (あの瞳はカリーナ様と同じ……)

 所詮自分はリンドに愛されるわけが無かったのだ。
 そんなこと最初からわかっていたはずなのに。
 偶然にも彼と再会し同じ屋敷で働くことができて、それだけでも幸せだったはずなのに。
 いつのまにか期待をしてしまった自分が恥ずかしい。

 マリアンヌは廊下の隅で俯き、涙を堪えながらリンドとアマリアが通り過ぎるのを待った。
 パタンと部屋のドアが閉まると同時に、マリアンヌの目から堰を切ったように涙が溢れる。



 「どうした? 」

 急に後ろから声をかけられ、マリアンヌがパッと振り向くと、そこにはサフランの姿が。

 「リンドに……あいつに泣かされたのか? 」

 いつも飄々としているサフランにしては珍しく、真剣な表情をしている。

 「あいつのことが、好きなんだろう? 」

 「っ……なぜそれを」

 「君の視線を見てればすぐにわかるよ。君はいつだってあいつのことばかり見てる」

 心なしかサフランの表情は苦しそうだ。

 「私など、あのお方に相手にすらされませんわ。いくら気持ちをお伝えしても、絶対に振り向いてはくださらないのです……」

 「俺ではダメか? 」

 「……え? 」

 マリアンヌは何のことかわからず、瞬きする。
 サフランは一体何を言っているのだろうか。

 「俺は君が好きだ。俺ならあいつと違って君だけを見てる。君を絶対に幸せにできる……」

 「サフラン、様……? 」

 サフランはそう言うと、マリアンヌをそっと抱きしめ涙を拭った。
 そして顔を近づけ触れるか触れないかの口付けを送ったのである。

 「返事はすぐでなくていい。待ってるから」

 サフランはそれだけ言い残すと、去っていってしまった。
 一人残されたマリアンヌは、何が起きたのか信じられずに呆然と立ち尽くす。

 「サフラン様が、私を……? 」

 口付けされたばかりの唇が熱く感じて、そっと指でなぞる。
 マリアンヌにとって初めての口付けは唐突であった。
 リンドで無ければ嫌だと思っていたはずなのに、サフランとの口付けで嫌な気持ちにはならなかった。

 先ほどまでリンドとアマリアの事で泣いていたはずなのに、すっかりそんなことを忘れていた自分に驚く。

 「私……どうすればいいのかしら」

 マリアンヌは寝れない夜を過ごしたのであった。


 同じ頃リンドとアマリアは応接間にいた。
 アマリアはまず侍女達の手により着替えさせられる。
 踊り子特有の露出の多いドレスから、シンプルだが上品なドレスへと身を包んだアマリアの姿に侍女達も感嘆の息を漏らした。
 リンドは着替え終えたアマリアを一目見た瞬間に、自分は間違っていなかったのだと感じた。
 彼女をただのジプシーのまま終わらせるのは惜しい。

 「いいか、これから社交界に出ても恥ずかしくない様な知識や教養を教えてやる。そうすればいずれ外の世界に出ても役に立つはずだ」

 話していながらどこかで聞いたことのあるセリフだとリンドは感じた。

 「なぜここまでしてくれるの? 」

 アマリアは疑念の目を向ける。
 これまでその美貌に近づいてきた数多の男達に騙され、命すら脅かされたこともあった。
 それを乗り越えここまで一人で生きてきたのだ。

 「昔、お前と同じ様な娘を引き取った事がある。お前を見ていると昔を見ている様で、放っておけなかった」

 リンドの言葉にアマリアは目を丸くする。

 「その人は今どうしているの? 」

 「……幸せに暮らしているよ。まあ、お前とは似ても似つかぬほど上品な女性になっているがな」

 リンドは一瞬言葉に詰まりながらも答えた。

 「失礼ね。私だってちゃんとやれるわ」

 「お前のやる気を見せてもらおう。期待しているぞ」


 こうしてリンドとアマリアの猛特訓が始まったのである。
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