53 / 65
番外編
リンドという男 5
しおりを挟む
勢いでシルビア公爵家を飛び出したマリアンヌであったが、行く当てはない。
そもそも公爵令嬢として大切に育てられてきた彼女は、一人で生きて行く術も身につけてはいなかった。
だがそれでも家を出たことに後悔は感じていない。
マリアンヌの足は自然とリンドを見かけた市場へと向いていた。
辺りはすっかり暗くなり、昼間とは違って人通りもほとんど無い。
「さすがにこの時間にはいらっしゃらないかしら……」
とりあえず一晩越せる場所を探さねばならない。
幸いマリアンヌは手元に僅かな金貨を持っており、家を出るときにそれを鞄に入れてきた。
安い宿屋で夜を過ごすことくらいはできそうだ。
マリアンヌが宿屋のある方へ向けて歩き出そうとしたその時。
「おいお嬢ちゃん、こんな時間に迷子か? 」
「よく見れば美人さんじゃねーか。家出か? なら俺たちと酒でも飲もうぜ」
明らかに酒に酔っている男達が近づいて来た。
マリアンヌは警戒してその場から立ち去ろうとするが、後から仲間の男がもう一人やって来たことで周りを囲まれてしまう。
「ちょ……そこをどいてくださいませ! 」
「どこかのお嬢様か? こりゃ滅多に無い上玉だな」
「なっ何するのですか! 離してください! 」
男の一人がマリアンヌの手首を強く掴む。
マリアンヌは抵抗するが、所詮女性の力では敵うわけがない。
男はそのまま手首を引っ張り、彼女をどこかへ連れて行こうとしているようだ。
この時間に女性を連れ去る男性の目的はただ一つ。
それは公爵令嬢であるマリアンヌでもわかった。
「い、いやぁぁぁ」
「うるせえっ大声を出すな! おい、お前ら黙らせろ」
すると男の一人がマリアンヌの顔を叩いた。
叩かれたところに鈍い痛みが走り、赤くなる。
「力づくで連れて行け」
もう何をしても敵わない。
父の言う通り、自分はただの世間知らずであったのかもしれない。
そうマリアンヌが諦めかけたその時である。
「おい、お前ら嫌がる女性に何をしているんだ」
マリアンヌの耳に懐かしい、待ち望んでいた声が聞こえてきた。
振り返ると、前回見かけた時と同様に無造作な髪を一つに縛りやつれた表情をしたリンドの姿が。
「何だお前、やるのか!? 」
男達はそう言いリンドに殴りかかるが、リンドはサラリと身を交わして男の溝落ちに拳を入れた。
男はぐっとうめき声を上げてその場でしゃがみ込み、立ち上がる事はない。
残りの二人はその様子を目にすると、慌てて去っていったのだった。
「大丈夫か? ……と、あなたは……マリアンヌ嬢? 」
ここへきてようやくリンドは助けた女性がマリアンヌであると気付いた様子。
マリアンヌは殴られた頬の痛みと襲われそうになった恐怖、ようやくリンドと会えた安堵感が混ざり合い言葉が出てこない。
「なぜあなたがここに……しかもこんな時間に、こんな服装で……シルビア公爵はご存知なのですか? 」
「……私……その……」
マリアンヌは震えたままで、会話は一方通行だ。
リンドはふう、とため息をつくとこう言った。
「……とりあえずここは女性一人では危ない。ローランド辺境伯邸が近くにある。一晩泊めてもらいましょう」
こうしてリンドはマリアンヌを連れてローランド辺境伯邸へと向かったのである。
そもそも公爵令嬢として大切に育てられてきた彼女は、一人で生きて行く術も身につけてはいなかった。
だがそれでも家を出たことに後悔は感じていない。
マリアンヌの足は自然とリンドを見かけた市場へと向いていた。
辺りはすっかり暗くなり、昼間とは違って人通りもほとんど無い。
「さすがにこの時間にはいらっしゃらないかしら……」
とりあえず一晩越せる場所を探さねばならない。
幸いマリアンヌは手元に僅かな金貨を持っており、家を出るときにそれを鞄に入れてきた。
安い宿屋で夜を過ごすことくらいはできそうだ。
マリアンヌが宿屋のある方へ向けて歩き出そうとしたその時。
「おいお嬢ちゃん、こんな時間に迷子か? 」
「よく見れば美人さんじゃねーか。家出か? なら俺たちと酒でも飲もうぜ」
明らかに酒に酔っている男達が近づいて来た。
マリアンヌは警戒してその場から立ち去ろうとするが、後から仲間の男がもう一人やって来たことで周りを囲まれてしまう。
「ちょ……そこをどいてくださいませ! 」
「どこかのお嬢様か? こりゃ滅多に無い上玉だな」
「なっ何するのですか! 離してください! 」
男の一人がマリアンヌの手首を強く掴む。
マリアンヌは抵抗するが、所詮女性の力では敵うわけがない。
男はそのまま手首を引っ張り、彼女をどこかへ連れて行こうとしているようだ。
この時間に女性を連れ去る男性の目的はただ一つ。
それは公爵令嬢であるマリアンヌでもわかった。
「い、いやぁぁぁ」
「うるせえっ大声を出すな! おい、お前ら黙らせろ」
すると男の一人がマリアンヌの顔を叩いた。
叩かれたところに鈍い痛みが走り、赤くなる。
「力づくで連れて行け」
もう何をしても敵わない。
父の言う通り、自分はただの世間知らずであったのかもしれない。
そうマリアンヌが諦めかけたその時である。
「おい、お前ら嫌がる女性に何をしているんだ」
マリアンヌの耳に懐かしい、待ち望んでいた声が聞こえてきた。
振り返ると、前回見かけた時と同様に無造作な髪を一つに縛りやつれた表情をしたリンドの姿が。
「何だお前、やるのか!? 」
男達はそう言いリンドに殴りかかるが、リンドはサラリと身を交わして男の溝落ちに拳を入れた。
男はぐっとうめき声を上げてその場でしゃがみ込み、立ち上がる事はない。
残りの二人はその様子を目にすると、慌てて去っていったのだった。
「大丈夫か? ……と、あなたは……マリアンヌ嬢? 」
ここへきてようやくリンドは助けた女性がマリアンヌであると気付いた様子。
マリアンヌは殴られた頬の痛みと襲われそうになった恐怖、ようやくリンドと会えた安堵感が混ざり合い言葉が出てこない。
「なぜあなたがここに……しかもこんな時間に、こんな服装で……シルビア公爵はご存知なのですか? 」
「……私……その……」
マリアンヌは震えたままで、会話は一方通行だ。
リンドはふう、とため息をつくとこう言った。
「……とりあえずここは女性一人では危ない。ローランド辺境伯邸が近くにある。一晩泊めてもらいましょう」
こうしてリンドはマリアンヌを連れてローランド辺境伯邸へと向かったのである。
2
お気に入りに追加
1,407
あなたにおすすめの小説
【完結】母になります。
たろ
恋愛
母親になった記憶はないのにわたしいつの間にか結婚して子供がいました。
この子、わたしの子供なの?
旦那様によく似ているし、もしかしたら、旦那様の隠し子なんじゃないのかしら?
ふふっ、でも、可愛いわよね?
わたしとお友達にならない?
事故で21歳から5年間の記憶を失くしたわたしは結婚したことも覚えていない。
ぶっきらぼうでムスッとした旦那様に愛情なんて湧かないわ!
だけど何故かこの3歳の男の子はとても可愛いの。
私は既にフラれましたので。
椎茸
恋愛
子爵令嬢ルフェルニア・シラーは、国一番の美貌を持つ幼馴染の公爵令息ユリウス・ミネルウァへの想いを断ち切るため、告白をする。ルフェルニアは、予想どおりフラれると、元来の深く悩まない性格ゆえか、気持ちを切り替えて、仕事と婚活に邁進しようとする。一方、仕事一筋で自身の感情にも恋愛事情にも疎かったユリウスは、ずっと一緒に居てくれたルフェルニアに距離を置かれたことで、感情の蓋が外れてルフェルニアの言動に一喜一憂するように…?
※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。
【完結】お姉様の婚約者
七瀬菜々
恋愛
姉が失踪した。それは結婚式当日の朝のことだった。
残された私は家族のため、ひいては祖国のため、姉の婚約者と結婚した。
サイズの合わない純白のドレスを身に纏い、すまないと啜り泣く父に手を引かれ、困惑と同情と侮蔑の視線が交差するバージンロードを歩き、彼の手を取る。
誰が見ても哀れで、惨めで、不幸な結婚。
けれど私の心は晴れやかだった。
だって、ずっと片思いを続けていた人の隣に立てるのだから。
ーーーーーそう、だから私は、誰がなんと言おうと、シアワセだ。
壊れた心はそのままで ~騙したのは貴方?それとも私?~
志波 連
恋愛
バージル王国の公爵令嬢として、優しい両親と兄に慈しまれ美しい淑女に育ったリリア・サザーランドは、貴族女子学園を卒業してすぐに、ジェラルド・パーシモン侯爵令息と結婚した。
政略結婚ではあったものの、二人はお互いを信頼し愛を深めていった。
社交界でも仲睦まじい夫婦として有名だった二人は、マーガレットという娘も授かり、順風満帆な生活を送っていた。
ある日、学生時代の友人と旅行に行った先でリリアは夫が自分でない女性と、夫にそっくりな男の子、そして娘のマーガレットと仲よく食事をしている場面に遭遇する。
ショックを受けて立ち去るリリアと、追いすがるジェラルド。
一緒にいた子供は確かにジェラルドの子供だったが、これには深い事情があるようで……。
リリアの心をなんとか取り戻そうと友人に相談していた時、リリアがバルコニーから転落したという知らせが飛び込んだ。
ジェラルドとマーガレットは、リリアの心を取り戻す決心をする。
そして関係者が頭を寄せ合って、ある破天荒な計画を遂行するのだった。
王家までも巻き込んだその作戦とは……。
他サイトでも掲載中です。
コメントありがとうございます。
タグのコメディに反対意見が多かったので修正しました。
必ず完結させますので、よろしくお願いします。
【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました
Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。
順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。
特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。
そんなアメリアに対し、オスカーは…
とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる