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番外編

リンドという男 5

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 勢いでシルビア公爵家を飛び出したマリアンヌであったが、行く当てはない。
 そもそも公爵令嬢として大切に育てられてきた彼女は、一人で生きて行く術も身につけてはいなかった。
 だがそれでも家を出たことに後悔は感じていない。

 マリアンヌの足は自然とリンドを見かけた市場へと向いていた。
 辺りはすっかり暗くなり、昼間とは違って人通りもほとんど無い。

 「さすがにこの時間にはいらっしゃらないかしら……」

 とりあえず一晩越せる場所を探さねばならない。
 幸いマリアンヌは手元に僅かな金貨を持っており、家を出るときにそれを鞄に入れてきた。
 安い宿屋で夜を過ごすことくらいはできそうだ。

 マリアンヌが宿屋のある方へ向けて歩き出そうとしたその時。

 「おいお嬢ちゃん、こんな時間に迷子か? 」
 「よく見れば美人さんじゃねーか。家出か? なら俺たちと酒でも飲もうぜ」

 明らかに酒に酔っている男達が近づいて来た。
 マリアンヌは警戒してその場から立ち去ろうとするが、後から仲間の男がもう一人やって来たことで周りを囲まれてしまう。

 「ちょ……そこをどいてくださいませ! 」

 「どこかのお嬢様か? こりゃ滅多に無い上玉だな」

 「なっ何するのですか! 離してください! 」

 男の一人がマリアンヌの手首を強く掴む。
 マリアンヌは抵抗するが、所詮女性の力では敵うわけがない。
 男はそのまま手首を引っ張り、彼女をどこかへ連れて行こうとしているようだ。
 この時間に女性を連れ去る男性の目的はただ一つ。
 それは公爵令嬢であるマリアンヌでもわかった。

 「い、いやぁぁぁ」

 「うるせえっ大声を出すな! おい、お前ら黙らせろ」

 すると男の一人がマリアンヌの顔を叩いた。
 叩かれたところに鈍い痛みが走り、赤くなる。

 「力づくで連れて行け」

 もう何をしても敵わない。
 父の言う通り、自分はただの世間知らずであったのかもしれない。
 そうマリアンヌが諦めかけたその時である。


 「おい、お前ら嫌がる女性に何をしているんだ」

 マリアンヌの耳に懐かしい、待ち望んでいた声が聞こえてきた。
 振り返ると、前回見かけた時と同様に無造作な髪を一つに縛りやつれた表情をしたリンドの姿が。

 「何だお前、やるのか!? 」

 男達はそう言いリンドに殴りかかるが、リンドはサラリと身を交わして男の溝落ちに拳を入れた。
 男はぐっとうめき声を上げてその場でしゃがみ込み、立ち上がる事はない。
 残りの二人はその様子を目にすると、慌てて去っていったのだった。


 「大丈夫か? ……と、あなたは……マリアンヌ嬢? 」

 ここへきてようやくリンドは助けた女性がマリアンヌであると気付いた様子。
 マリアンヌは殴られた頬の痛みと襲われそうになった恐怖、ようやくリンドと会えた安堵感が混ざり合い言葉が出てこない。

 「なぜあなたがここに……しかもこんな時間に、こんな服装で……シルビア公爵はご存知なのですか? 」

 「……私……その……」

 マリアンヌは震えたままで、会話は一方通行だ。
 リンドはふう、とため息をつくとこう言った。

 「……とりあえずここは女性一人では危ない。ローランド辺境伯邸が近くにある。一晩泊めてもらいましょう」

 こうしてリンドはマリアンヌを連れてローランド辺境伯邸へと向かったのである。



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