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番外編
リンドという男 1
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リンドがカリーナの元を訪れ失意のうちに城を去ったあの日から二年が経った。
その間にバルサミア国王アレックスと新王妃カリーナの結婚式が行われたこともあって、バルサミアはかつてないほどに盛り上がりを見せている。
国王夫妻の評判は上々で、特に王妃カリーナはその美しさと民への優しさ故に、妖精妃と呼ばれているほどだ。
「妖精妃……か」
街中に貼られた新国王夫妻の肖像画を目にしながら、リンドはそう呟いた。
短髪だった黒髪は伸ばし放題になっており、無造作に一つにまとめられていた。
以前よりいくらかやつれたように見えるが、目の下にある隈のせいだろうか。
しかしその容姿は変わらず整っている。
バルサミアでは王妃となったカリーナの話題でもちきりだ。
勿論リンドの耳にもその噂は毎日のように入ってくる。
誰もリンドが元シークベルト公爵で、カリーナと関係があったことなど知る由もないのだ。
あれ以来カリーナを直接目にしたことはないが、肖像画などでその姿を拝見することはあった。
あの時と変わらず、むしろそれ以上に女神のような輝かしい美しさを携えるようになったカリーナは、今もリンドの心の中に存在していた。
今でも共に過ごした日々を昨日のように思い出す。
当たり前のように同じ屋敷の下で暮らしていたと言うのに、今では二人の間には二度と狭まることのない溝ができてしまった。
本当の意味で失って初めて気づく喪失感というものにリンドは苦しんでいた。
もちろんカリーナと今更……など一切考えていない。
自分はあの日はっきりと拒絶されたのだ。
その意味がわからぬほど愚かな男ではない。
自分はアレックスに負けたのだ。
全てはタイミングを誤りカリーナを傷つけた自らの過ちのせいである。
だが未だに心の中で考える時があるのだ。
もしあの時選ばれたのが自分であったなら、と。
今頃貧しいながらも、二人で手を取り合い幸せに暮らしていたのかと。
……まただ。
ありもしないことを、考えても意味はないというのに。
リンドは頭の中に浮かんだ幻を振り払い、ローランド辺境伯の屋敷へと戻る。
「ただいま戻りました」
リンドは慣れた様子で屋敷を進むと、辺境伯の部屋のドアを開けてそう挨拶する。
机に向かっていた辺境伯は、リンドの訪室に気がつくと顔を上げた。
「街の様子はどうだったかね? やはり、未だ結婚式の余韻もあり浮かれている様子か? 」
「そうですね、未だに至る所にポスターは貼ってありますし、まだ結婚式の余韻は続きそうです」
リンドは胸の中に広がる苦味に気付かぬふりをして、そつなく答える。
「めでたいことがあった後は、街中が浮かれる分揉め事や犯罪も増える。気を引き締めていかねばならんな」
「はい、心得ております」
リンドはローランド辺境伯の元で騎士となり、領地の治安の維持のために奔走していた。
国王夫妻の結婚式はめでたいことではあるが、その反動で厄介者たちによる犯罪が増えるのも事実である。
そのためリンドは定期的に街の様子を視察していたのだ。
「……その様子だと、まだ吹っ切れてはおらん様子だな」
ローランド辺境伯が同情するような表情を見せる。
「街には至る所に彼女の肖像画が。行く人々も彼女の噂で持ちきりです。なんでも、妖精妃と呼ばれているとか。いつまで経っても彼女は私の元から消え去ってはくれませんね」
ですが、とリンドは続ける。
「今更彼女とやり直せるなど、身勝手な希望は持ち合わせておりませんのでご安心を。身の程は弁えております。もう終わった事なのです」
リンドは自嘲気味にそう言うと、一礼して部屋を出ていった。
「彼にも愛し愛される相手が見つかると良いのだがな……」
寂しげなリンドの後ろ姿を見送りながら、ローランド辺境伯はぽつりと呟いたのだった。
その間にバルサミア国王アレックスと新王妃カリーナの結婚式が行われたこともあって、バルサミアはかつてないほどに盛り上がりを見せている。
国王夫妻の評判は上々で、特に王妃カリーナはその美しさと民への優しさ故に、妖精妃と呼ばれているほどだ。
「妖精妃……か」
街中に貼られた新国王夫妻の肖像画を目にしながら、リンドはそう呟いた。
短髪だった黒髪は伸ばし放題になっており、無造作に一つにまとめられていた。
以前よりいくらかやつれたように見えるが、目の下にある隈のせいだろうか。
しかしその容姿は変わらず整っている。
バルサミアでは王妃となったカリーナの話題でもちきりだ。
勿論リンドの耳にもその噂は毎日のように入ってくる。
誰もリンドが元シークベルト公爵で、カリーナと関係があったことなど知る由もないのだ。
あれ以来カリーナを直接目にしたことはないが、肖像画などでその姿を拝見することはあった。
あの時と変わらず、むしろそれ以上に女神のような輝かしい美しさを携えるようになったカリーナは、今もリンドの心の中に存在していた。
今でも共に過ごした日々を昨日のように思い出す。
当たり前のように同じ屋敷の下で暮らしていたと言うのに、今では二人の間には二度と狭まることのない溝ができてしまった。
本当の意味で失って初めて気づく喪失感というものにリンドは苦しんでいた。
もちろんカリーナと今更……など一切考えていない。
自分はあの日はっきりと拒絶されたのだ。
その意味がわからぬほど愚かな男ではない。
自分はアレックスに負けたのだ。
全てはタイミングを誤りカリーナを傷つけた自らの過ちのせいである。
だが未だに心の中で考える時があるのだ。
もしあの時選ばれたのが自分であったなら、と。
今頃貧しいながらも、二人で手を取り合い幸せに暮らしていたのかと。
……まただ。
ありもしないことを、考えても意味はないというのに。
リンドは頭の中に浮かんだ幻を振り払い、ローランド辺境伯の屋敷へと戻る。
「ただいま戻りました」
リンドは慣れた様子で屋敷を進むと、辺境伯の部屋のドアを開けてそう挨拶する。
机に向かっていた辺境伯は、リンドの訪室に気がつくと顔を上げた。
「街の様子はどうだったかね? やはり、未だ結婚式の余韻もあり浮かれている様子か? 」
「そうですね、未だに至る所にポスターは貼ってありますし、まだ結婚式の余韻は続きそうです」
リンドは胸の中に広がる苦味に気付かぬふりをして、そつなく答える。
「めでたいことがあった後は、街中が浮かれる分揉め事や犯罪も増える。気を引き締めていかねばならんな」
「はい、心得ております」
リンドはローランド辺境伯の元で騎士となり、領地の治安の維持のために奔走していた。
国王夫妻の結婚式はめでたいことではあるが、その反動で厄介者たちによる犯罪が増えるのも事実である。
そのためリンドは定期的に街の様子を視察していたのだ。
「……その様子だと、まだ吹っ切れてはおらん様子だな」
ローランド辺境伯が同情するような表情を見せる。
「街には至る所に彼女の肖像画が。行く人々も彼女の噂で持ちきりです。なんでも、妖精妃と呼ばれているとか。いつまで経っても彼女は私の元から消え去ってはくれませんね」
ですが、とリンドは続ける。
「今更彼女とやり直せるなど、身勝手な希望は持ち合わせておりませんのでご安心を。身の程は弁えております。もう終わった事なのです」
リンドは自嘲気味にそう言うと、一礼して部屋を出ていった。
「彼にも愛し愛される相手が見つかると良いのだがな……」
寂しげなリンドの後ろ姿を見送りながら、ローランド辺境伯はぽつりと呟いたのだった。
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