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本編

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 挙式が行われる大聖堂では、アレックスを始めとする大勢の人々が今か今かとカリーナの入場を待ち構えていた。

 「カリーナ様……いよいよでございますね。私はこれにて下がらせていただきます」

 大聖堂の入口に到着すると、メアリーはお辞儀をして退出した。
 バージンロードは通常親族の男性と歩くのだが、戦争で家族を失ったカリーナには共に歩く男性親族はいない。
 そのため今日のバージンロードも一人で歩く予定であった。

 「準備はできました。ドアを開けてもらって構いません」

 カリーナが入口に立っている騎士にそう告げると、騎士がドアを開けようとする。
 ……その時だった。

 「この老いぼれと、共に歩くのはお嫌ですかな? 」

 後ろから懐かしい声が響く。
 あの日まるで父のようだと感じたこの声の持ち主は……

 「ローランド辺境伯様! 」

 「お久しぶりですカリーナ嬢。いや、王太子妃殿下」

 辺境伯はニッコリと微笑んだ。

 「カリーナのままでよろしいのに。まだ王太子妃にはなっておりませんし」

 「はははは。確かにそうでしたな」

 最後に会った時とほぼ変わらぬその見た目と話し方に、カリーナは安堵する。

 「リンド様がそちらでお世話になっていらっしゃるとお聞きしました」

 「ああ、リンド君か。彼は働き者ですよ。うちへ来たばかりの頃は命すら危ぶまれるような儚さでしたが、今ではもう大丈夫でしょう」

 やはり、あの日カリーナに拒絶され城を出た時のリンドの精神状態は厳しいものであったのだろう。
 リンドが早まった決断をしなかったことに心から安堵する。

 「私がこんな事を言うのもおかしな話ですが、リンド様を助けていただいた事、お礼申し上げます」

 カリーナは頭を下げる。

 「頭を上げてくだされ。全てはあの者が決めた事。あなたが頭を下げる事はありません」

 それに、とローランド辺境伯は続ける。

 「あなたは今も、彼の事は自分のせいだと思っているのではないですか? だがそれは違う。あなたも彼に真剣に向き合ったし、彼もあなたに向き合った。ただそのタイミングが噛み合わなかっただけの事。そしてあなたはアレックス様と言う伴侶を見つけられた。人生の歯車とはそういうものなのですよ。一つタイミングがずれてしまえば、結末も変わります」

 辺境伯の言葉がカリーナの心に刺さって行く。
 彼の言う通り、カリーナは本気でリンドの事を愛した。
 またリンドも同じようにカリーナを本気で愛してくれていたのだろう。
 二人の思いに間違いは無かった。
 だが思いの重なるタイミングが合わなかったのだ。
 掛け違えたボタンは戻る事はない。

 「ローランド辺境伯様……」

 「今のあなたを見るに、本当に愛する人と巡り会えたようで安心しました。アレックス様はあなたを幸せにしてくださるでしょう」


 ーー愛し、愛された男性と幸せな家庭を築きなさい。


 かつてローランド辺境伯にかけられた言葉がカリーナの中で蘇る。
 カリーナにとって、愛し愛された男性はアレックスだったのだ。

 「私は、かつてあなた様に教えて頂いた通りに、アレックス様と幸せな家庭を築いていきますわ」

 カリーナは涙ぐみながら辺境伯を見上げてそう誓った。
 辺境伯はその様子を見て満足気に頷く。

 「さあ、泣くのはおやめくだされ。せっかくの化粧が取れてしまうのでな。では、参りましょう」

 辺境伯はそう言うと、カリーナに腕を差し出した。
 カリーナはその腕をそっと取り、目で騎士に合図する。
 その合図で騎士は大聖堂の入口のドアをゆっくりと開けた。



 ドアが開くと共に一斉に広がる大聖堂の景色。
 大勢の人々が参列している様子が見て取れた。
 入口にカリーナが現れた事を確認すると、パイプオルガンが優雅なメロディーを奏で始める。

 「さあ、アレックス様の元へ参りましょう」

 辺境伯はそう小声で囁くと、一歩ずつ足を前に進める。
 カリーナも、今日という日の幸せを噛み締めながら、一歩一歩アレックスの元へ足を進めていく。

 参列者たちの間を歩いていくと、そこなは懐かしい面々が。

 「ジル、ミランダさん、トーマス様も……」

 そこにはかつてシークベルト公爵家でお世話になった人々がいた。

 ジルは薄紫色のワンピースに身を包み、微笑みをたたえてこちらを見ている。
 ついこの間彼女から受け取った手紙によれば、ジルは婚約したらしい。
 なんでも相手はかつて婚約破棄となった幼馴染の男性なんだとか。
 ジルの実家の商店が傾くとすぐに裕福な商人の娘と結婚していたが、親の意向に逆らえず、渋々の結婚であったらしい。
 もちろん夫婦仲は悪くなる一方で、子供にも恵まれず数年で離縁となったそうだ。
 彼はずっとジルを思い続けていたらしく、ジルの居場所がわかるとすぐに連絡してきたらしい。

 『正直まだ彼の事を完全に許せたわけではないの。でもそれでも彼の事を好きな自分がいるのも事実なのよ』

 手紙にはそう書いてあったが、今の彼女の表情を見るに恐らく幸せに過ごしているのだろうと、カリーナは安堵した。

 ミランダはメアリー同様にハンカチを握りしめてボロボロと涙をこぼして泣いており、それをトーマスが宥めている様子が微笑ましい。


 さらに歩みを進めると、青いドレスに身を包んだマリアンヌの姿があった。
 こちらを見つめて満面の笑みで頷いている。
 マリアンヌはあれからすぐに、シルビア公爵により一回り年上の侯爵家の嫡男との婚約が結ばれそうになったものの、彼女の気持ちを案じたアレックスによってその話は立ち消えとなった。

 「シルビア公爵、マリアンヌ嬢の気持ちを考えたことがあるのか? 一度でも彼女の立場に立って考えたことがあるならば、このような無謀な話は持って来ぬはずなのだがな」

 今後もこのような対応を続けるならば、国王として然るべき対処をすると半ば脅しのように告げたところ、今のところは大人しくしているようである。

 「結局父は、貴族との結婚が女性の幸せだと信じ込んでいる頭の固い人間なのです」

 マリアンヌには、婚約を阻止した事を大層感謝された。
 恐らくマリアンヌの中には、未だにリンドへの想いが燻ったままなのだろう。
 彼女自身がその想いにどう始末をつけるのか、カリーナとアレックスは見守っていこうと決めている。


 「私はここまでです。カリーナ嬢、どうか国王陛下とお幸せに」

 ふと気がつくと、祭壇のすぐそばまで歩みを進めていたことに気づく。
 ローランド辺境伯がそっと組んでいた腕を解くと、代わりにアレックスが歩み寄りカリーナの手を取った。
 カリーナは辺境伯に一礼すると、アレックスの方を向く。

 そこには王家の正装に王冠を身に付けた、愛しい男性の姿があった。
 
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