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本編

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 その後アレックスとカリーナは想いが重なった余韻に浸る間も無く、差し迫った式の支度に追われていた。

 バルサミア国王とその妃となる女性の結婚式である。
 国を挙げての行事となることは想像に難く無い。

 「カリーナ、少しいいかい? 」

 カリーナがメアリーと式に使用するアクセサリーを選んでいた時のこと。
 ドアをノックしてアレックスがやってきた。

 「アレックス様。どうなさったのですか? 」

 カリーナはメアリーに目配せする。
 メアリーは一礼すると、そっと退室した。

 「別にメアリーがいても構わないのに」

 「多分メアリーの方が気を遣ってしまうかと思いまして」

 「そうか。それなら本題に移らせてもらうが……カリーナ。そなたに式でこれを身に付けて欲しいと思い、持ってきたのだ」

 そう言ってアレックスが取り出したのは細長い宝箱のようなもの。
 パカっと開くと中にはエメラルドの首飾りと、お揃いのデザインの耳飾りが入っていた。

 首飾りはエメラルドの周りを細かいダイアモンドが取り囲むようなデザインになっており、耳飾りの方はエメラルドの中にダイアモンドが埋め込まれたデザインとなっていた。

 両者共に贅を凝らした作品であり、どれだけの価値があるか計り知れないほどである。

 「まあ……このような素晴らしいものを、私が身に付けてよろしいのですか? 」

 「当たり前だろう。これはカリーナを城に呼び寄せた後すぐに作らせた物なのだ。そなたが身に付けることは無いかもしれないと覚悟した時期もあったが……こうして無事に結婚できることが信じられない」

 アレックスは未だに自らがカリーナの心を勝ち取ったという事実を信じられなくなる時があった。
 初めて心から愛した愛しい女性が、自分の瞳の色を身に付けてくれるということが、アレックスにとってどれほど嬉しく幸せなことか、カリーナには想像もつかないだろう。

 「これとは別に、式では互いの瞳の色であるエメラルドを使った指輪を交換しようと思っている」

 「ふふ、私は全身エメラルドになるわけですね」

 ここにもアレックスのカリーナへの想いの強さが表れているのだろう。

 「すまない、器の小さい男だと思うだろうか」

 「いいえ、貴方がようやく自分の気持ちを出して下さることが嬉しいですわ」

 二人は見つめ合い、口付ける。
 そんな二人の仲睦まじい様子を、そっと扉の外からメアリーが見守っていることなど知る由もないのであるが。


 「そういえば」

 二人が唇を離した時、唐突にアレックスが告げた。

 「カリーナの手前この事を正直に話すべきか迷ったのだが……そなたに隠し事はしたくはない」

 「何のお話でしょうか? 」

 「……リンドの。シークベルト公爵家についての話だ」

 「リンド様の? 」

 アレックスは訴えかけるような表情で、カリーナに問いかける。

 「そなたは本当にリンドの事はもう忘れたのだな? 今からリンドの話をして、あいつのことが恋しくなったりでもしたら……」

 アレックスは未だに、リンドにカリーナを奪われるのでは無いかということが心配なようだ。

 「何度でもお伝えしますわ。私が今愛しているのはあなただけです、アレックス様」 

 カリーナが微笑みをたずさえながらそう答えると、心なしかホッとしたような表情を浮かべてこう告げた。

 「リンドはシークベルト公爵家を去った。あいつはもうシークベルト公爵ではない。ただのリンドだ」

 カリーナは驚き目を見開いた。

 「どういうことですか? なぜあのお方が公爵家を去るのです? 」

 「……私が命じたわけでは無い。あいつの意思だったのだ」

 国王であるアレックスが、王妃となるカリーナをたぶらかした罪でリンドを追放したのかと一瞬思ってしまったが、すぐにその考えは否定された。

 「あいつは元から公爵家を捨て、カリーナと共に一からやり直すつもりだったらしい。何か聞いていないか? 」

 「最後にお会いした際に、ただの男になるとお話していましたが、こういうことだったのですね……」

 「カリーナは結局こうして私の元へ留まってくれた。それだけで私は幸せであるし満足なのだ。故にリンドにあえて罪を被せる気はなかったのだが……あいつの意思は固く、説得できなかった」

 シークベルト公爵家を盛り上げることだけを目標に生きてきたリンドから、公爵家を取り上げてしまったら、一体彼は何のために生きていくのだろうか。
 カリーナという生きる術も永遠に失われてしまった今、リンドの生きる希望はないに等しい。

 「アレックス様、まさか……リンド様は……」

 カリーナの脳裏に嫌な結末がよぎる。
 アレックスはカリーナの想像を察したのか、安心させるように目を見て首を振る。

 「あいつに限ってそのようなこと……断じてない。きっと一からやり直すつもりなのだよ。人として、男として」

 「だといいのですが……」

 共に生きる相手としてリンドを選びはしなかったが、人間としての彼自身を嫌いになったわけではない。
 時間はかかるであろうが、リンドにも幸せになって欲しいというのがカリーナの心からの願いであった。

 

 
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