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本編
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しおりを挟む「私はリンド様を忘れて、あなた様と結婚する覚悟を決めてお城へ参りました。その気持ちは始めから変わりません」
忘れたい記憶を振り払うように、カリーナは冷静を貫く。
少しでも気を抜けば涙が溢れてしまいそうになるからだ。
アレックスは俯きながら苦々しく告げた。
その拳は体の横で硬く握りしめられている。
「そなたとあいつの間に何があろうと、気にしないつもりでいた。今は私を選んでくれたのだから、過去は気にしなくて良い、今カリーナが私の隣にいてくれればいいと……。だがカリーナ、そなたの中に他の男の記憶が残っていることが許せないのだ。このような気持ちは初めてだ……。これまでは1人の女に執着などしなかった。嫉妬なんてもってのほかだ。そんなことに費やす時間が勿体無いとさえ思っていたのに……。自分がそんなに情けない男だとは思わなかった」
「アレックス様……」
初めて見る国王の表情に、カリーナの心が絆される。
「教えてくれ、カリーナ。どうすればそなたの中からあいつを追い出せる? どうすればっ……」
そう言うや否や、アレックスはカリーナをソファに押し倒し、首元に唇を寄せた。
そのまま首元に噛み付くように唇を当てると、チクリとしたような痛みがカリーナに走る。
「いたっ……アレックス様、何を……? 」
突然の痛みに何が起こったのかわからず、カリーナはただ混乱する。
「あいつの物ではなく、俺のカリーナだと知らしめるために印をつけさせてもらった」
いつものアレックスとは違い、余裕が無さそうに顔をしかめる。
「はぁ、カリーナ……私はこれほど王家に生まれた事を恨んだことはないよ。今ここにあなたがいるのに、その純潔を奪うことができないなんて……」
上からカリーナを見下ろすアレックスのエメラルドの瞳に、悔しさと情欲が滲む。
そう、バルサミア国では王妃となり得る女性の純潔が求められる。
婚儀を迎えたその日の夜の破瓜の血痕を見て、王妃誕生となるのだ。
いくらお互いに愛し合っていたとしても、その破瓜の証明に失敗すれば結婚することはできない。
これは婚前交渉の相手がたとえ国王であったとしても適用される。
聞けば前王妃アレクサンドラも同じことをさせられたとのこと。
あれほど恥ずかしい経験はなかったと、先程の食事会でそっと小声で教えてくれた。
もしあの時リンドと口付け以上の事をしていたなら、今頃どうなっていたのであろうか。
もちろんアレックスの元へ嫁ぐことは不可能となる。
果たしてその時リンドは責任を取って、カリーナの身を引き受けてくれたのだろうか。
この期に及んでまだそのようなことを考えるが、もはや今更関係のないことであるとカリーナは首を振る。
「リンドならば。あいつならばこのままカリーナの最後までを奪うことができると思うと、私は悔しい。そしてあいつが脅威だ」
公爵家に嫁ぐ場合ももちろん純潔が望ましいとはされているが、王家のような慣例はない。
初夜の後にその破瓜の証拠を確認されることもないのだ。
実際恋愛結婚で結ばれた貴族たちの中には、婚前交渉を行なっていた者たちも多いと聞く。
それなのにリンドがカリーナの純潔を守った理由はただ一つ。
純潔がカリーナの女性としての価値を高めるからである。
女性の初めてを奪うことに価値がある、と考える貴族男性は多い。
(やはり、あのお方にとって私は公爵家の駒に過ぎなかった。最後まで私を1人の女としては見て下さらなかった…)
カリーナの脳裏に再びリンドがよぎる。
「すまない、私からあいつの話など……。再びそなたにあいつを思い出させる機会を、自ら作ってしまった。そのような顔をさせたかったわけではないのに……」
アレックスは苦々しい表情を浮かべて俯きながら呟き、こう続けた。
「泣かないでくれカリーナ、リンドのことなど忘れろ。私が忘れさせてやる。だから、私だけを見てくれ……」
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