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本編
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「おい、カリーナ。このようなところで寝ていると体に障るぞ」
いつのまにかカリーナは、机に伏せて眠り込んでいたらしい。
先程まで夕刻であったのに、外の空は漆黒に染まっている。
カリーナが顔を上げると、リンドが覗き込むような形で立っていた。
「あら、私……眠ってしまっていたのですね」
「今日は執務が滞っていて、時間がかかってしまった。すっかり真夜中だ。帰ってきてみれば、カリーナの部屋から灯りが漏れているのが見えてな」
「リンド様の帰りを待っていたのです。いつのまにか眠ってしまい、申し訳ありません」
「俺の帰りを? 」
リンドが怪訝そうに片眉を上げる。
「はい。お話ししたいことがありまして……」
「それは、アレックスとのことか」
リンドは眉間に皺を寄せてカリーナの目を見つめる。
「おわかりだったのですね……」
「お前の様子を見ていればわかる。アレックスに求婚されたのであろう? 」
リンドは内心どう思っているのかわからないが、冷静だ。
「はい。それで私は、アレックス様のお申し出をお受けしようと思います」
リンドのカリーナの間に沈黙が走る。
「それは……本当にカリーナの希望か? もしも王命という言葉を気にしているのならば、そのようなことは気にする必要はない。私とアレックスは従兄弟同士。あいつもシークベルト公爵家をどうこうしようとは思っていないはずだ」
違う。
そんな事はカリーナは気にしてはいない。
「はい。私の希望です。私はアレックス様の妻となり、王妃となれるよう努力したいのです」
「カリーナ、よく考え直せ。敗戦国の侯爵家出身のそなたと、バルサミア国王であるアレックスとは身分が違いすぎる。アレックスには高位貴族の令嬢がふさわしい。カリーナにはもっとふさわしい相手を必ず俺が見つけて見せる。」
アレックスの求婚を受け入れるのは、カリーナ自らの意思だということを伝えた途端、リンドの表情に焦りと戸惑いが生まれた。
「もっとふさわしいお相手とは? アレックス様は、何があってもシークベルト公爵家に悪いようにはしないとおっしゃっていました。あのお方には、それだけの力があります」
アレックスの名前を出した途端、今度はリンドの眉がつり上がり目の色が変わるのがわかった。
「俺では到底力不足というわけか。所詮国王には敵わないってか? ハッ……俺も随分見下されたものだな。これならばもっと早くに適当な貴族に引き渡すべきだった! 」
リンドは余裕が無い様子で、自嘲まじりの表情が苦しげだ。
「それは違います! 」
カリーナは咄嗟にそう叫ぶと、リンドの元へ駆け寄りその体を抱きしめた。
「……カリーナ?! 」
初めて見るカリーナの様子と、抱き締められた体にリンドは戸惑うが、恐る恐る自らの腕をそっと彼女の腰に回す。
「それは違うのです。ご自分のことを卑下なさらないでください……」
いつのまにか、カリーナの目からは涙が溢れていた。
「カリーナ、泣くでない……私はそなたの涙には弱いのだ」
「私がアレックス様の元へ嫁ぐ決心をしたのは、あなた様を忘れるためです、リンド様」
カリーナは、遂にリンドに気持ちを伝えたのだった。
「何を言っているのだ……それはどういう……」
「ずっと前から、あなた様のことをお慕いしておりました。アレックス様の元に行くのは、あなたを忘れるためです」
「私を、忘れる……だと? 」
「このままあなたのそばにいて、あなたが決めたお相手の元に引き渡されたなら、お相手の家はシークベルト家との繋がりを強めることになります。それに、お相手がどんなお方でも、私はきっとあなたと比べてしまうでしょう。それではあなたのことを忘れることができません。あなたが他の誰かと結婚するのを、見届ける強さも私にはありません。アレックス様の元に嫁げば、あなた様の恩を受けながら生きることはありません。アレックス様は太陽の様なお方です。あの方の元なら、あなたの事を忘れられるかもしれない」
カリーナが、自分のことを思っていただと?
リンドは予想外の出来事に開いた口が塞がらない。
「カリーナ……なんというか……」
「私を憐れむような目で見ないでください。私は自分で決めたのです。ですが最後のお別れに、あなたとの思い出をくださいませ……」
そう言うとカリーナは、リンドの背に回していた手を後頭部へと回し、背伸びをしてリンドに口付けた。
「っカリーナ……」
リンドはカリーナの腰に回した手に力を入れて、彼女を力強く抱き締めたのであった。
いつのまにかカリーナは、机に伏せて眠り込んでいたらしい。
先程まで夕刻であったのに、外の空は漆黒に染まっている。
カリーナが顔を上げると、リンドが覗き込むような形で立っていた。
「あら、私……眠ってしまっていたのですね」
「今日は執務が滞っていて、時間がかかってしまった。すっかり真夜中だ。帰ってきてみれば、カリーナの部屋から灯りが漏れているのが見えてな」
「リンド様の帰りを待っていたのです。いつのまにか眠ってしまい、申し訳ありません」
「俺の帰りを? 」
リンドが怪訝そうに片眉を上げる。
「はい。お話ししたいことがありまして……」
「それは、アレックスとのことか」
リンドは眉間に皺を寄せてカリーナの目を見つめる。
「おわかりだったのですね……」
「お前の様子を見ていればわかる。アレックスに求婚されたのであろう? 」
リンドは内心どう思っているのかわからないが、冷静だ。
「はい。それで私は、アレックス様のお申し出をお受けしようと思います」
リンドのカリーナの間に沈黙が走る。
「それは……本当にカリーナの希望か? もしも王命という言葉を気にしているのならば、そのようなことは気にする必要はない。私とアレックスは従兄弟同士。あいつもシークベルト公爵家をどうこうしようとは思っていないはずだ」
違う。
そんな事はカリーナは気にしてはいない。
「はい。私の希望です。私はアレックス様の妻となり、王妃となれるよう努力したいのです」
「カリーナ、よく考え直せ。敗戦国の侯爵家出身のそなたと、バルサミア国王であるアレックスとは身分が違いすぎる。アレックスには高位貴族の令嬢がふさわしい。カリーナにはもっとふさわしい相手を必ず俺が見つけて見せる。」
アレックスの求婚を受け入れるのは、カリーナ自らの意思だということを伝えた途端、リンドの表情に焦りと戸惑いが生まれた。
「もっとふさわしいお相手とは? アレックス様は、何があってもシークベルト公爵家に悪いようにはしないとおっしゃっていました。あのお方には、それだけの力があります」
アレックスの名前を出した途端、今度はリンドの眉がつり上がり目の色が変わるのがわかった。
「俺では到底力不足というわけか。所詮国王には敵わないってか? ハッ……俺も随分見下されたものだな。これならばもっと早くに適当な貴族に引き渡すべきだった! 」
リンドは余裕が無い様子で、自嘲まじりの表情が苦しげだ。
「それは違います! 」
カリーナは咄嗟にそう叫ぶと、リンドの元へ駆け寄りその体を抱きしめた。
「……カリーナ?! 」
初めて見るカリーナの様子と、抱き締められた体にリンドは戸惑うが、恐る恐る自らの腕をそっと彼女の腰に回す。
「それは違うのです。ご自分のことを卑下なさらないでください……」
いつのまにか、カリーナの目からは涙が溢れていた。
「カリーナ、泣くでない……私はそなたの涙には弱いのだ」
「私がアレックス様の元へ嫁ぐ決心をしたのは、あなた様を忘れるためです、リンド様」
カリーナは、遂にリンドに気持ちを伝えたのだった。
「何を言っているのだ……それはどういう……」
「ずっと前から、あなた様のことをお慕いしておりました。アレックス様の元に行くのは、あなたを忘れるためです」
「私を、忘れる……だと? 」
「このままあなたのそばにいて、あなたが決めたお相手の元に引き渡されたなら、お相手の家はシークベルト家との繋がりを強めることになります。それに、お相手がどんなお方でも、私はきっとあなたと比べてしまうでしょう。それではあなたのことを忘れることができません。あなたが他の誰かと結婚するのを、見届ける強さも私にはありません。アレックス様の元に嫁げば、あなた様の恩を受けながら生きることはありません。アレックス様は太陽の様なお方です。あの方の元なら、あなたの事を忘れられるかもしれない」
カリーナが、自分のことを思っていただと?
リンドは予想外の出来事に開いた口が塞がらない。
「カリーナ……なんというか……」
「私を憐れむような目で見ないでください。私は自分で決めたのです。ですが最後のお別れに、あなたとの思い出をくださいませ……」
そう言うとカリーナは、リンドの背に回していた手を後頭部へと回し、背伸びをしてリンドに口付けた。
「っカリーナ……」
リンドはカリーナの腰に回した手に力を入れて、彼女を力強く抱き締めたのであった。
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