上 下
9 / 65
本編

9

しおりを挟む
 「ローランド辺境伯様、お久しぶりです。お元気でしたか?」

 リンドの表情はにこやかで、凛とした声がよく通る。
 さきほどの侯爵の時の態度とは偉い違い様だ。

 「リンド君か。久しぶりだが君は変わらんな。こちらは妻を亡くしてからと言うもの、領地に引き篭もりがちの生活だ」

 一昨年に最愛の妻を亡くしたという辺境伯は、それからというものの滅多に社交界に顔を出さなくなった。
 だが此度の舞踏会には国王も出席するとのことで参加したのだという。

 「アレックス様のおかげでバルサミアも安泰だ。国王陛下が参加するのならば、一言挨拶せねばと思ってな」

 そう言うと、辺境伯は静かにグラスを傾ける。
 辺境伯という公爵よりも下の立場ながら、その血筋とこれまでの功績から、ローランドはバルサミアで絶大な力と富を持っている。
 かつては公爵にという声もあったが、辞退して今の立場を選んだという。

 「ところで、そちらの女性は? 」

 ここまで話したところで、ようやく隣にいるカリーナに気づいた様子だ。

 「カリーナと申す娘です。カリーナ、挨拶なさい」

 「カリーナ・アルシェと申します」

  先ほどと同じ様にカリーナは深々と頭を下げ、リンドもカリーナを引き取るまでの経緯を説明する。

 「ほお……アルハンブラの……。君は、さぞかし苦労をしたのではないかい? 」

 「えっ……」

 まさかの言葉に意表を突かれたカリーナは、思わず顔を上げてまじまじと辺境伯の顔を見つめる。
 リンドも目を僅かに見開いている様だ。

 「例の戦争は非常に過酷であった。私は戦地に赴くことはなかったが、大勢の家臣を失った。アルハンブラの被害はそれ以上であったと聞く。よく生き延びた。言葉で表せぬ苦労も多かったであろう」

 バルサミアに来てから初めてかけられた労いの言葉であった。
 カリーナの心が温かく満たされていく。
 そして気づくと涙がこぼれていた。

 「辺境伯様……」

 リンドの表情はわからないが、何も言葉を発さない。

 「安心しなさい。心配せずとも、君を後妻にするために買ったりはしないさ。私の妻は生涯なくなったアンヌだけだ。それに、こんな老いぼれに君は勿体ない。君は愛し愛された男性と立派な家庭を築きなさい。それが戦争で亡くなった人々への弔いだと私は思うよ」

 ポンポンとカリーナの肩を叩き、辺境伯は微笑んだ。

 「ローランド様……一体なぜ……」

 カリーナの隣にいるリンドは唖然としてその後の言葉が続かない。

 「君がこのお嬢さんを私の後添えに勧めるつもりだというのは、すぐにわかったよ。これでも六十年生きているからね、君よりは人生の先輩だ。リンド君、君がシークベルト家のためを思って行動していることは非常に立派だ。だが、公爵家を思うが故に、人として大事な物を見失ってはならないよ」

 「それは一体どういう……」

 「答えは君次第だよ、リンド君。今後どんな選択をしても、それが君にとっての答えだ。もちろん、このお嬢さんの後ろ盾になってやることは一向に構わない。良い縁組ができるように力添えをしよう。ただ、君は本当にそれでいいのかい? 」

 ローランド辺境伯はそう言い残すと、その場を離れた。

 「あれが、ローランド辺境伯様なのですね」

 カリーナは見た目で判断してしまった自分が恥ずかしい。
 大らかで器が広くて、博識に富んだ素晴らしい男性だった。

 「まるでお父様のようだったわ……」

 彼の様な男性が後ろ盾についてくれたならば、カリーナも安心してバルサミアでの立場を確立することができるだろう。
 なぜ彼がバルサミアで堅固な権力を握る事ができたのか、その理由を垣間見る事ができた気がした。

 「辺境伯様は、本当に素晴らしいお人ですのね。見た目で判断してしまった私はまだまだですわ」

 リンドからの返答は無い。

 「……リンド様? 」

 カリーナがリンドの顔を覗き込むと、青白い顔色で見たこともない様な表情をしていた。

 「お身体の加減がよろしくないのですか? 」

 「……いや、すまない。俺は皇帝に挨拶をしてくる。そなたも適当に過ごしていてくれ」

 そう言うが否や、リンドは足早にカリーナの元を立ち去ったのだった。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

【完結】記憶を失くした貴方には、わたし達家族は要らないようです

たろ
恋愛
騎士であった夫が突然川に落ちて死んだと聞かされたラフェ。 お腹には赤ちゃんがいることが分かったばかりなのに。 これからどうやって暮らしていけばいいのか…… 子供と二人で何とか頑張って暮らし始めたのに…… そして………

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。

とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」 成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。 「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」 ********************************************        ATTENTION ******************************************** *世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。 *いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。 *R-15は保険です。

私のことを愛していなかった貴方へ

矢野りと
恋愛
婚約者の心には愛する女性がいた。 でも貴族の婚姻とは家と家を繋ぐのが目的だからそれも仕方がないことだと承知して婚姻を結んだ。私だって彼を愛して婚姻を結んだ訳ではないのだから。 でも穏やかな結婚生活が私と彼の間に愛を芽生えさせ、いつしか永遠の愛を誓うようになる。 だがそんな幸せな生活は突然終わりを告げてしまう。 夫のかつての想い人が現れてから私は彼の本心を知ってしまい…。 *設定はゆるいです。

【完】前世で種を疑われて処刑されたので、今世では全力で回避します。

112
恋愛
エリザベスは皇太子殿下の子を身籠った。産まれてくる我が子を待ち望んだ。だがある時、殿下に他の男と密通したと疑われ、弁解も虚しく即日処刑された。二十歳の春の事だった。 目覚めると、時を遡っていた。時を遡った以上、自分はやり直しの機会を与えられたのだと思った。皇太子殿下の妃に選ばれ、結ばれ、子を宿したのが運の尽きだった。  死にたくない。あんな最期になりたくない。  そんな未来に決してならないように、生きようと心に決めた。

【完結】お姉様の婚約者

七瀬菜々
恋愛
 姉が失踪した。それは結婚式当日の朝のことだった。  残された私は家族のため、ひいては祖国のため、姉の婚約者と結婚した。    サイズの合わない純白のドレスを身に纏い、すまないと啜り泣く父に手を引かれ、困惑と同情と侮蔑の視線が交差するバージンロードを歩き、彼の手を取る。  誰が見ても哀れで、惨めで、不幸な結婚。  けれど私の心は晴れやかだった。  だって、ずっと片思いを続けていた人の隣に立てるのだから。  ーーーーーそう、だから私は、誰がなんと言おうと、シアワセだ。

【完結】政略結婚だからと諦めていましたが、離縁を決めさせていただきました

あおくん
恋愛
父が決めた結婚。 顔を会わせたこともない相手との結婚を言い渡された私は、反論することもせず政略結婚を受け入れた。 これから私の家となるディオダ侯爵で働く使用人たちとの関係も良好で、旦那様となる義両親ともいい関係を築けた私は今後上手くいくことを悟った。 だが婚姻後、初めての初夜で旦那様から言い渡されたのは「白い結婚」だった。 政略結婚だから最悪愛を求めることは考えてはいなかったけれど、旦那様がそのつもりなら私にも考えがあります。 どうか最後まで、その強気な態度を変えることがないことを、祈っておりますわ。 ※いつものゆるふわ設定です。拙い文章がちりばめられています。 最後はハッピーエンドで終えます。

処理中です...