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本編
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しおりを挟む「では、私はどこかの貴族に売られると言うことでしょうか? 」
黒髪にエメラルドの瞳が特徴的の見目麗しい娘が、厳しい表情で正面に立つ男を見つめていた。
涙を堪えているのであろうが、その姿さえも麗しい。
「……売られると言う言い方はあまり好きではないが、まあ意味としては間違っていないだろう。愛妾か、はたまた後妻か、どちらにせよ今のまま公爵家の侍女として仕えるよりはお前も幸せになれるはずだ。きっとお前ならば大事にしてもらえるだろう」
「それは売られると言う意味ですわ」
「お前がそのように受け取るなら否定はしない。だが、全てはお前とこのシークベルト公爵家のためだ」
「ですが、私は死ぬまでこの公爵家にお仕えすると誓いました」
淡々と事実を述べる容姿の整った男の名は、バルサミア国随一の貴族、バルサミア公爵のリンド・シークベルトだ。
銀色の短髪を撫で付けるようにセットし、射るような鋭いエメラルドの瞳を持つ美丈夫である。
そしてその男を涙混じりの目で睨む美しい娘の名は、カリーナ・アルシェ。
過去にバルサミアとの戦争で敗れたアルハンブラ共和国の侯爵令嬢である。
二人の間には冷たい空気が流れていた。
温かかったはずの紅茶もすっかり冷え切ってしまっているが、口をつける気にはならない。
「戦争で負けたお前の国の民たちは、多くがその命を落とした。お前の両親アルシェ侯爵夫妻もそうだろう。貴族で生き残った者は数少ない。大体が身ぐるみ剥がされて飢え死にするか、売られてしまうからな。お前は無事に生き残った貴重な一人だ。せいぜい助かった命を、大事にしろ」
「アルハンブラの民を殺したのは、他ではないバルサミアではありませんか! 」
「それが戦争というものだカリーナ。やらねばやられる。過ぎた事は忘れるんだな」
リンドは表情を変えぬままそう告げると、すぐに踵を返して部屋を出て行ってしまう。
広い部屋に一人残されたカリーナは公爵の後ろ姿をジッと見つめたまま、しばらくそこから動けなかった。
カリーナの祖国アルハンブラ共和国が戦争に敗北したのは今から5年前、カリーナ13歳の歳であった。
大国バルサミアの攻撃に、アルハンブラはひとたまりもなかったそうだ。
カリーナは侯爵夫妻であった父母を戦争で亡くし、彷徨っていたところを捕らえられ公爵家に保護された後、そのまま公爵家で侍女として仕えることとなる。
三度の食事にありつけ、暖かい屋根の下で眠る事のできる公爵家での暮らしは悪く無く、むしろカリーナにとっては恵まれた環境だと言ってよかった。
「カリーナ、公爵様に呼ばれていたみたいだけど……」
自室へ戻ったカリーナを心配そうに見つめるのは、侍女仲間で同室のジルだ。
彼女もまた戦争の被害者で、戦争により財を失った両親に売られてここへ来た。
想いを寄せていた幼馴染の婚約者もいたようだが、結局婚約破棄となり、今ではその相手はもう別の裕福な商人の娘と結婚してしまったらしい。
「ジル……私、このお屋敷を出なければいけないみたい」
「えっ? それは一体どういうことなの? もう私とは一緒に暮らせなくなってしまうの? 」
ジルの目に涙が浮かぶ。
それはカリーナとて同じだ。
公爵家に身一つでやってきて心細い中、歳の近いジルと出会って同室となれたことは、何より心強かった。
辛い事があっても二人で支え合って乗り越えてきたのだ。
ようやくできた親友と離れ離れになるのは耐え難い。
「……どこかのお貴族様へもらわれるんですって。 お相手はまだ決まっていないみたいだけど、近々公爵様が決めるそうよ……」
ジルは目を大きく見開き、口元に手をあてる。
「そんな……それは元々決まっていた事なの? 」
「いいえ、初耳だわ。13歳の時にこのシークベルト公爵家に保護されてから、私はここに骨を埋めるつもりだったから」
初めて公爵家へ連れてこられた時、死ぬまで公爵家に仕えると誓った。
その誓いがこんなにも早く破れる事になるとは思いもしなかった。
「でも、これでよかったのかもしれないと言う思いもあるの……」
「どういうこと? 」
「いえ、何でもないわ。実はねジル……私は今後お部屋が変わるみたいなの。急いで支度をしなければ」
カリーナの発言にジルは一瞬不思議そうな顔をしたが、すぐに元に戻ってこう言った。
「そう、そんなに急なのね……私も手伝うわ、カリーナ。寂しいけれど、あなたがそれで幸せになれるのなら私も嬉しいわ。……もちろんまた会えるわよね? 」
「当たり前じゃない! あなたは私の親友よ。同じお屋敷にいるんだから、いつでも会いにきてちょうだい。私も行くから」
カリーナとジルは手を握り合って別れを惜しんだ。
実はカリーナはジルに一つだけ隠していることがある。
それは、決して明かす事のできない秘密。
公爵であるリンドへの秘めた想いであった。
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