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帰らないで
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「へ……」
冷静さを失っていた健斗が、落ち着きを取り戻していく。
その表情は唖然としていて、思わず笑ってしまいそうになった。
私はゆっくりと唇を離すと、そのまま彼の目を見据えて口を開く。
「私の話全然聞いてくれてない。いつも自分で勝手に決めて、思い込んで……」
「っごめん……」
「私の幸せとか、誰と付き合うとか、決めるのは健斗じゃない」
「……ごめん」
冷静になった健斗は、ひたすらごめんを言い続ける。
「あの日……健斗が出て行った日、本当は私から別れようって言うつもりだった。一ヶ月の約束も、初めからそのつもりでOKした」
「……知ってる。沙良にその気がなくて、俺のわがままに付き合ってくれたことぐらい、わかってる」
私は再び彼の頬を両手で包むようにして手を添える。
手の冷たさのせいか、健斗はピクリと反応した。
「でも言えなかった。これっきりになるのが怖くて……二度と会えなくなるのが怖くて」
「え……」
涙に濡れた彼の瞳が、僅かに見開かれる。
その瞳には私の姿が映っていた。
「ひどいよ、健斗は。せっかく頑張って忘れようとしたのに、突然現れたかと思ったらズカズカ入り込んできて……それでまた勝手にいなくなって」
「……それは……」
「また、すぐに私の前からいなくなるの?」
ひゅうっと彼の喉が鳴ったような気がした。
そして、ゆっくりと首を振る。
「健斗のこと、忘れようとした。忘れられたと思ってた。でも違ったみたい」
「沙良、それは……」
「正直前に付き合ってた時のことは今もまだトラウマだし、健斗のこと全部は信じられない。嫌な思いたくさんぶつけちゃうかもしれない。そしたらまた……健斗は私に嫌気がさして、他の人のところに行っちゃうかな……?」
気付けばポロッと涙がこぼれ落ちた。
もう二度と、別れたくない。
大好きな人が他の女性を選ぶという辛い体験はしたくない。
不安で不安で、仕方がなかった。
「そんなことは、二度としない」
「でもわかんないじゃん。前だって、ずっと一緒にいるって言ってた。それなのに……」
「あれから死ぬほど後悔した。もう前の俺とは違う。沙良がいないと生きていけない……」
今度はいつのまにか、健斗が私の頬に手を添えている。
そして額を合わせた。
はぁ……と俯きがちに彼が吐いた熱を帯びた息が、真っ白に変わる。
「辛いの、自分でもよくわからないの。でも健斗がいなくなるのは嫌なの……」
グスグスと、子どものように泣いた。
そしてここが玄関先であるということに気づき、ようやく焦りを感じる。
「やば……まだ中入ってなかった。中で話そう? ここじゃ迷惑になっちゃう……」
涙でぐしゃぐしゃの顔のまま、先ほど取り出そうとしてそのままになっていた鍵をカバンから再び取り出して、鍵穴に差し込む。
そしてガチャリと回してドアを開けた。
健斗よりも先に玄関の中に足を踏み入れた、その時。
バタン! と後ろでドアが閉まると同時に、私は背後から彼にキツく抱きしめられる。
耳元にかかる吐息が狂おしいほどに熱い。
「愛してる」
「健斗……ここまだ玄関……」
「もう外からは見えない」
ぎゅうっと痛いほどに力の込められる腕は、まるで二度と離さないとでも言っているように見える。
「苦しい……」
「離したら、あっという間にすり抜けていきそうだから……」
「私まだ健斗のこと許してない」
「いい、それでもいい。一生許さなくてもいいから、そばにいさせて……」
するとそこで健斗は何かに気づいたかのように、腕の力を弱めた。
突然圧迫から解放された私の体は、どこか寂しさを感じてしまう。
「あのさ、俺……うまくやれないかもだけど……それでもいい?」
「何を?」
「……その、セックス……」
ああ、すっかり忘れていた。
そういえば以前、彼は勃たないのだと話していた。
だが今の私にはそんなことどうでも良かった。
「気にしてないから、いい。……他の人のところに行く方がよっぽど嫌だ。あと……」
「あと?」
「怒る時、大きい声で怒らないで。あの時の健斗、すごく怖かった」
「……ごめん……」
弱まっていた腕の力は、その声色と共にさらに弱くなり、やがて私の体から完全に離れた。
私はゆっくりと後ろを向いて、彼と向き合う。
狭い玄関に大の大人が二人も立ちすくんでおり、ぎゅうぎゅうだ。
「本当に、俺とヨリ戻してくれるの……? 俺でいいの……?」
「わかんない」
「ええっ……?」
私の返答に明らかな戸惑いとショックを隠せない様子の彼。
「でも隣にいてほしい。私も健斗のこと、また好きになっちゃったみたい……」
「沙良……」
私は初めて自分から健斗を抱きしめた。
もう、以前のように彼と触れ合うことに対しての嫌悪感はなかった。
触れ合った体から伝わる彼の鼓動が、速いスピードでリズムを刻む。
一瞬驚いた様子を見せた彼も、やがてそれを受け止め、抱きしめ返してくれる。
どれくらいの間、そうしていただろうか。
「……もういい加減中入ろうか」
「あ、ああ……そうだな」
途端に恥ずかしくなり、ぎこちなく体を離すとリビングへと向かった。
「コーヒーか何か、あったかいの淹れるから上着脱いで座ってて」
「いや……待って」
「え? っちょ、……健斗……」
キッチンの方へと向かおうとした私は手首を掴まれると、そのまま再び彼の胸の中へ。
「これじゃ何もできないよ」
「離れたくない。やっと沙良に触れられた……」
健斗はそう言うと私の首筋から上へと、指でなぞるようにして触れていく。
やがてその手は私の頬へ。
「ん、冷たい……」
「悪い……外、寒かったから」
「だからあったかいの飲もうって言ってるのに……」
「沙良……もう一度、キスしたい」
ドクン、と心臓がはち切れそうになった。
健斗とのキスなんて、四年の付き合いの間で数えきれないほど繰り返してきたのに。
何よりさっき自分から唇を重ねたばかりだというのに。
改まってそう言われると、恥ずかしさで居た堪れなくなる。
なんと返事をすればいいのかわからず俯くと、再びこう尋ねられた。
「沙良……いい?」
俯きがちに軽く頷くと、健斗が屈むようにして私の顔を覗き込み、唇を重ねる。
長時間外にいたためすっかり冷え切った唇が、温もりを求めるように触れ合った。
「ん……」
思わず私は彼のスーツを掴み、目を閉じる。
すぐに離れていくかと思われた唇は、いつまで経っても重なり合ったまま。
「沙良……沙良っ……」
健斗は私の両頬に手を添えると、何度も啄むようにキスをした。
ちゅ、ちゅ、と優しいキスが冷え切った体までも解してくれるように感じる。
「ん、んんっ……」
久しぶりのキスにうまく対応できない私。
よく見れば健斗もまるで付き合いたてのようなキスの仕方だ。
「っふふ……」
思わず笑ってしまった。
そんな私の様子に、少しムッとした表情でこちらを見る健斗が面白い。
「何だよ、今笑うところじゃねーだろ」
「だって、健斗のキスの仕方、付き合いたての時みたい」
「えっ……いや、それは……久しぶりだから……」
「いいの、手慣れてるより全然いい」
「……たくさんキスしたい」
それからしばらくの間、啄むだけのキスを繰り返した私たち。
重なり続けた唇はすっかり熱を帯びている。
すると突然、熱くぬるりとしたものが唇の隙間から入り込んでくる。
「ひゃ……」
その感覚もあまりに久しぶりだったので、思わず気の抜けたような、変な声が出てしまった。
「可愛い……沙良……」
恐る恐る入ってきた彼の舌は、探るように私の舌にゆっくりと絡みつく。
初めて彼と深いキスをした時も、こうして二人で探り合うようにして舌を絡め合った。
「ん……ふぅ……」
「っ……沙良……」
抱きしめ触れ合う体が熱い。
ぷつり……とどちらからともなく唇を離すと、長すぎるキスのせいで唇がヒリヒリとした。
だが今の私にはそれすらも心地いいと感じてしまう。
熱の篭った切なげな目を私に向けた健斗は、そのまま私の首筋に顔を埋める。
「あっ……」
「いい匂いがする。昔のも好きだったけど、あの時とは違う、甘い香り」
「……ん……香水、かな……?」
「かな? この匂い大好きだよ」
すぅーっと首元で大きく息を吸われ、思わずゾクゾクとした何かが全身を駆け巡った。
そして健斗は首筋に顔を埋めたまま、再び私の体をぎゅっと抱きしめる。
「やばい、離れられない。どうしよう」
「どうしようって言われても……」
「すげー落ち着く」
「まだ着替えてもないし、ご飯も食べてないよ」
「沙良がいれば何もいらない」
健斗はそんな馬鹿なことを言っていたが、無理矢理その体を引き剥がすと私は着替えを済ませる。
そして夕飯は簡単に、残り物の野菜を入れて雑炊にした。
彼はそれをとても美味しそうに噛み締めるようにして頬張る。
「……大袈裟だよ、雑炊ごときに」
「だって沙良の飯だよ。もう二度と食べれないかと思ってたからさ……」
「また健斗も作ってね?」
すると健斗はもぐもぐと動かしていた口を止めて、私を見つめた。
「……何?」
「いや……またって言い方が嬉しくて」
「何それ」
「これで終わりじゃ無いんだなって……」
やがて夕食を終えた私たちは、ようやくコーヒーを淹れて飲み、二人並んでソファに座る。
これまではどこかぎこちなくて、距離があって、なかなか二人並んで座ることはなかった。
「とりあえず俺、今日はもう少ししたら帰るから……」
「え……」
てっきりこのまま泊まっていくのかと思っていた私は、まさかの健斗の言葉に拍子抜けしてしまう。
「いや、着替えとかなにも無いし……さすがにヨリ戻してすぐ泊まるってのも、軽い気がして……」
「だって……できないんでしょ?」
「いや、それはそうだけどっ……あんま繰り返して言うなよそれ」
「ごめん……」
やはり男性として、そこのあたりは気にするところなのかもしれない。
「ねえ……泊まってほしい。足りないのは、コンビニで買ってくるから……」
「だけど沙良っ……」
「寂しいの。不安になるの。一人にしないで」
隣にある温もりがいなくなってしまうことが怖い。
このまま、再び彼がいなくなってしまったらどうしよう。
「……いなくなったりなんかしねーよ」
健斗はそう呟くと、隣に座る私を力強く引き寄せたのであった。
冷静さを失っていた健斗が、落ち着きを取り戻していく。
その表情は唖然としていて、思わず笑ってしまいそうになった。
私はゆっくりと唇を離すと、そのまま彼の目を見据えて口を開く。
「私の話全然聞いてくれてない。いつも自分で勝手に決めて、思い込んで……」
「っごめん……」
「私の幸せとか、誰と付き合うとか、決めるのは健斗じゃない」
「……ごめん」
冷静になった健斗は、ひたすらごめんを言い続ける。
「あの日……健斗が出て行った日、本当は私から別れようって言うつもりだった。一ヶ月の約束も、初めからそのつもりでOKした」
「……知ってる。沙良にその気がなくて、俺のわがままに付き合ってくれたことぐらい、わかってる」
私は再び彼の頬を両手で包むようにして手を添える。
手の冷たさのせいか、健斗はピクリと反応した。
「でも言えなかった。これっきりになるのが怖くて……二度と会えなくなるのが怖くて」
「え……」
涙に濡れた彼の瞳が、僅かに見開かれる。
その瞳には私の姿が映っていた。
「ひどいよ、健斗は。せっかく頑張って忘れようとしたのに、突然現れたかと思ったらズカズカ入り込んできて……それでまた勝手にいなくなって」
「……それは……」
「また、すぐに私の前からいなくなるの?」
ひゅうっと彼の喉が鳴ったような気がした。
そして、ゆっくりと首を振る。
「健斗のこと、忘れようとした。忘れられたと思ってた。でも違ったみたい」
「沙良、それは……」
「正直前に付き合ってた時のことは今もまだトラウマだし、健斗のこと全部は信じられない。嫌な思いたくさんぶつけちゃうかもしれない。そしたらまた……健斗は私に嫌気がさして、他の人のところに行っちゃうかな……?」
気付けばポロッと涙がこぼれ落ちた。
もう二度と、別れたくない。
大好きな人が他の女性を選ぶという辛い体験はしたくない。
不安で不安で、仕方がなかった。
「そんなことは、二度としない」
「でもわかんないじゃん。前だって、ずっと一緒にいるって言ってた。それなのに……」
「あれから死ぬほど後悔した。もう前の俺とは違う。沙良がいないと生きていけない……」
今度はいつのまにか、健斗が私の頬に手を添えている。
そして額を合わせた。
はぁ……と俯きがちに彼が吐いた熱を帯びた息が、真っ白に変わる。
「辛いの、自分でもよくわからないの。でも健斗がいなくなるのは嫌なの……」
グスグスと、子どものように泣いた。
そしてここが玄関先であるということに気づき、ようやく焦りを感じる。
「やば……まだ中入ってなかった。中で話そう? ここじゃ迷惑になっちゃう……」
涙でぐしゃぐしゃの顔のまま、先ほど取り出そうとしてそのままになっていた鍵をカバンから再び取り出して、鍵穴に差し込む。
そしてガチャリと回してドアを開けた。
健斗よりも先に玄関の中に足を踏み入れた、その時。
バタン! と後ろでドアが閉まると同時に、私は背後から彼にキツく抱きしめられる。
耳元にかかる吐息が狂おしいほどに熱い。
「愛してる」
「健斗……ここまだ玄関……」
「もう外からは見えない」
ぎゅうっと痛いほどに力の込められる腕は、まるで二度と離さないとでも言っているように見える。
「苦しい……」
「離したら、あっという間にすり抜けていきそうだから……」
「私まだ健斗のこと許してない」
「いい、それでもいい。一生許さなくてもいいから、そばにいさせて……」
するとそこで健斗は何かに気づいたかのように、腕の力を弱めた。
突然圧迫から解放された私の体は、どこか寂しさを感じてしまう。
「あのさ、俺……うまくやれないかもだけど……それでもいい?」
「何を?」
「……その、セックス……」
ああ、すっかり忘れていた。
そういえば以前、彼は勃たないのだと話していた。
だが今の私にはそんなことどうでも良かった。
「気にしてないから、いい。……他の人のところに行く方がよっぽど嫌だ。あと……」
「あと?」
「怒る時、大きい声で怒らないで。あの時の健斗、すごく怖かった」
「……ごめん……」
弱まっていた腕の力は、その声色と共にさらに弱くなり、やがて私の体から完全に離れた。
私はゆっくりと後ろを向いて、彼と向き合う。
狭い玄関に大の大人が二人も立ちすくんでおり、ぎゅうぎゅうだ。
「本当に、俺とヨリ戻してくれるの……? 俺でいいの……?」
「わかんない」
「ええっ……?」
私の返答に明らかな戸惑いとショックを隠せない様子の彼。
「でも隣にいてほしい。私も健斗のこと、また好きになっちゃったみたい……」
「沙良……」
私は初めて自分から健斗を抱きしめた。
もう、以前のように彼と触れ合うことに対しての嫌悪感はなかった。
触れ合った体から伝わる彼の鼓動が、速いスピードでリズムを刻む。
一瞬驚いた様子を見せた彼も、やがてそれを受け止め、抱きしめ返してくれる。
どれくらいの間、そうしていただろうか。
「……もういい加減中入ろうか」
「あ、ああ……そうだな」
途端に恥ずかしくなり、ぎこちなく体を離すとリビングへと向かった。
「コーヒーか何か、あったかいの淹れるから上着脱いで座ってて」
「いや……待って」
「え? っちょ、……健斗……」
キッチンの方へと向かおうとした私は手首を掴まれると、そのまま再び彼の胸の中へ。
「これじゃ何もできないよ」
「離れたくない。やっと沙良に触れられた……」
健斗はそう言うと私の首筋から上へと、指でなぞるようにして触れていく。
やがてその手は私の頬へ。
「ん、冷たい……」
「悪い……外、寒かったから」
「だからあったかいの飲もうって言ってるのに……」
「沙良……もう一度、キスしたい」
ドクン、と心臓がはち切れそうになった。
健斗とのキスなんて、四年の付き合いの間で数えきれないほど繰り返してきたのに。
何よりさっき自分から唇を重ねたばかりだというのに。
改まってそう言われると、恥ずかしさで居た堪れなくなる。
なんと返事をすればいいのかわからず俯くと、再びこう尋ねられた。
「沙良……いい?」
俯きがちに軽く頷くと、健斗が屈むようにして私の顔を覗き込み、唇を重ねる。
長時間外にいたためすっかり冷え切った唇が、温もりを求めるように触れ合った。
「ん……」
思わず私は彼のスーツを掴み、目を閉じる。
すぐに離れていくかと思われた唇は、いつまで経っても重なり合ったまま。
「沙良……沙良っ……」
健斗は私の両頬に手を添えると、何度も啄むようにキスをした。
ちゅ、ちゅ、と優しいキスが冷え切った体までも解してくれるように感じる。
「ん、んんっ……」
久しぶりのキスにうまく対応できない私。
よく見れば健斗もまるで付き合いたてのようなキスの仕方だ。
「っふふ……」
思わず笑ってしまった。
そんな私の様子に、少しムッとした表情でこちらを見る健斗が面白い。
「何だよ、今笑うところじゃねーだろ」
「だって、健斗のキスの仕方、付き合いたての時みたい」
「えっ……いや、それは……久しぶりだから……」
「いいの、手慣れてるより全然いい」
「……たくさんキスしたい」
それからしばらくの間、啄むだけのキスを繰り返した私たち。
重なり続けた唇はすっかり熱を帯びている。
すると突然、熱くぬるりとしたものが唇の隙間から入り込んでくる。
「ひゃ……」
その感覚もあまりに久しぶりだったので、思わず気の抜けたような、変な声が出てしまった。
「可愛い……沙良……」
恐る恐る入ってきた彼の舌は、探るように私の舌にゆっくりと絡みつく。
初めて彼と深いキスをした時も、こうして二人で探り合うようにして舌を絡め合った。
「ん……ふぅ……」
「っ……沙良……」
抱きしめ触れ合う体が熱い。
ぷつり……とどちらからともなく唇を離すと、長すぎるキスのせいで唇がヒリヒリとした。
だが今の私にはそれすらも心地いいと感じてしまう。
熱の篭った切なげな目を私に向けた健斗は、そのまま私の首筋に顔を埋める。
「あっ……」
「いい匂いがする。昔のも好きだったけど、あの時とは違う、甘い香り」
「……ん……香水、かな……?」
「かな? この匂い大好きだよ」
すぅーっと首元で大きく息を吸われ、思わずゾクゾクとした何かが全身を駆け巡った。
そして健斗は首筋に顔を埋めたまま、再び私の体をぎゅっと抱きしめる。
「やばい、離れられない。どうしよう」
「どうしようって言われても……」
「すげー落ち着く」
「まだ着替えてもないし、ご飯も食べてないよ」
「沙良がいれば何もいらない」
健斗はそんな馬鹿なことを言っていたが、無理矢理その体を引き剥がすと私は着替えを済ませる。
そして夕飯は簡単に、残り物の野菜を入れて雑炊にした。
彼はそれをとても美味しそうに噛み締めるようにして頬張る。
「……大袈裟だよ、雑炊ごときに」
「だって沙良の飯だよ。もう二度と食べれないかと思ってたからさ……」
「また健斗も作ってね?」
すると健斗はもぐもぐと動かしていた口を止めて、私を見つめた。
「……何?」
「いや……またって言い方が嬉しくて」
「何それ」
「これで終わりじゃ無いんだなって……」
やがて夕食を終えた私たちは、ようやくコーヒーを淹れて飲み、二人並んでソファに座る。
これまではどこかぎこちなくて、距離があって、なかなか二人並んで座ることはなかった。
「とりあえず俺、今日はもう少ししたら帰るから……」
「え……」
てっきりこのまま泊まっていくのかと思っていた私は、まさかの健斗の言葉に拍子抜けしてしまう。
「いや、着替えとかなにも無いし……さすがにヨリ戻してすぐ泊まるってのも、軽い気がして……」
「だって……できないんでしょ?」
「いや、それはそうだけどっ……あんま繰り返して言うなよそれ」
「ごめん……」
やはり男性として、そこのあたりは気にするところなのかもしれない。
「ねえ……泊まってほしい。足りないのは、コンビニで買ってくるから……」
「だけど沙良っ……」
「寂しいの。不安になるの。一人にしないで」
隣にある温もりがいなくなってしまうことが怖い。
このまま、再び彼がいなくなってしまったらどうしよう。
「……いなくなったりなんかしねーよ」
健斗はそう呟くと、隣に座る私を力強く引き寄せたのであった。
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