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後悔と蘇る思い

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「俺どこまで話したっけ……ああ、沙良がいなくなったところからか……」
「……」
「沙良のことなんてどうでも良くなるはずだった。でも何も考えないで楽しいことだけしてたはずなのに、心が満たされなかった……。心に穴が開いたみたいだった」
「……」
「ごめん、こんなこと話して。でも隠し事はもうしたくないから……。まっさらになった今の俺を見てほしい」

 私は返事をしていないが、健斗はそのまま話し続ける。
 途中でドリンクが運ばれてきたが、それでも彼は話すことをやめようとはしない。

「親にも高校の奴らにも、きつく言われたよ。俺本当に自分勝手で馬鹿だったんだなって、ようやく気付いた」
「……」
「就職して生活変わってさ、色んなことがあった。でもそういうのを話したい相手は沙良以外いなかった。それでまた気づいたんだ。俺は沙良がいたから今までやってこれたんだって」
「そう……」
「でももう沙良はどこにいるかわからないし、俺のところには戻ってこないのがわかって、気が狂いそうになった。考えてみたら、俺お前と付き合ってた最後の方、彼氏らしいことなんて何もしてなかったなって思ってさ……」

 あの頃はデートの約束をしていても、健斗がすぐに他の友達を優先していなくなっていたため、そんなことは当たり前だ。

「前にも言ったけど、内定決まった時も一番に伝えたいと思ったのは沙良だった。俺、お前が隣にいるのが当たり前だと思ってた。正直大学のこととか色々言われるのか面倒で、他の奴らと一緒にいる方が気楽だったから……。恋人より幼馴染でいた方が楽だと思って……。沙良のこと、適当に扱ってたよな……本当ごめん」

 付き合っていた時の忘れたかった苦い思い出が蘇り、目の奥がツンとしそうになる。
 
「やめて、もう思い出したくない……」
「ずっと沙良のことが好きで、付き合えた時本当に幸せだったんだ。なのに俺はそんな気持ちすっかり忘れて、面倒ごとから逃げてた。沙良が目の前からいなくなって、初めてわかった。日常の何気ないことでも、沙良と一緒に共有していきたい。俺はお前が隣にいないとダメだ……」
「……」

 うまい言葉が見つからなくて、彼の方を見るのが怖い。
 
「お前のこと探して探して探しまくったのに全然見つからないから、この二年の間に新しい彼氏ができてたらどうしようってすごい怖くなった」
「そう」
「俺もう前みたいに女と連んでない。仕事一筋だから」
「……だから、何? また幼馴染に戻ってくれって?」

 その後に続く言葉はもう予想できていたが、私はあえてその続きを促す。
 
「違う。幼馴染じゃだめだ」

 健斗は居住まいを直すと、真剣な面持ちでこう告げた。

「また俺とやり直してくれないか? その……幼馴染としてではなく、恋人として」

 彼が告げた言葉は、私の予想通りであった。
 ようやく二年かけて癒えた心の傷を、健斗はまたほじくり返そうとしている。
 ここまでくるために私がどれほどの強い決意をしてきたか、彼には到底想像もつかないのだろう。

 もちろん、告白の答えは『お断り』だ。

「沙良、俺とまた付き合ってくれる?」

 縋るように絡みつく健斗の視線を振り払うかのように、私はゆっくりと首を振る。

「私はもう健斗と付き合うつもりはないし、幼馴染に戻るつもりもない。ごめんね」

 感情的になってしまった三年前のあの時よりも、落ち着いた口調でしっかりと伝えることができた。

「なんでだよ……」

 まさか断られるとは思っていなかったのだろうか、絞り出す様な声でそう尋ねる健斗の顔色は青白く見える。

「なあ、沙良……俺お前がいないと無理なんだよ。俺あの時と違うよ? 会社だって真面目に行ってるし、あの時のやつらとは縁も切った。今女友達なんて一人もいない。だから……」
「女友達という名のセフレでしょ」
「っ……それは本当にごめん! だけど俺は今……」
「今、何?」
「……いや、なんでもない」

 健斗は私の問いに言おうか言わまいか迷っていたが、なぜかその続きは口にしなかった。
 だが今の私にはそんなこと、どうでもいい。

 目の前の彼はぐしゃりとその端正な顔を歪めて、今にも泣きそうになっている。
 健斗が泣く姿を、これまでに私は見たことがあるだろうか。

「お願いだよ、沙良……次こそは絶対に別れない。二度と離すつもりはないし、結婚しよう」
「……何度言われてももう私は無理。健斗のことそういう対象には見れないし、付き合えないよ。あんな事があった後に、幼馴染にも戻れない」
「なんでっ……」

 バンッとテーブルに手をつき勢いよく立ち上がる健斗の表情には、焦りと動揺の色が見てとれた。
 いくら騒がしいファミレスの店内とはいえ、その様子は格好の注目の的となってしまっているらしく、チラチラとこちらを見る視線を感じる。

「ねえやめてよ……人に見られてる。迷惑だよ」
「あっ……ごめん……」

 私の言葉で我に返ったらしく、先ほどまでの勢いを失ってふらつく様にソファ席にもたれかかる。
 そして両手でその顔を覆った。

「沙良……まさか今彼氏がいたりするのか……?」

 両手で覆われた顔の隙間から漏れるくぐもった声は、絞り出す様にしてそんなことを尋ねた。

「私に彼氏がいようといまいと、健斗には関係ない」
「頼むから教えてくれっ……。俺社会人になってから、沙良とより戻すことだけを生きがいにしてきたから。お前に彼氏がいるなら死んだ方がマシだ」

 そう伝えてくる健斗の表情は、先ほどの泣きそうな様子からは打って変わり殺気立っていて、思わずぞくりとしたものが背筋を走る。

 (別に深い意味はない。ただ事実を伝えるだけ……)

「い……いない」
 
 健斗のあまりの殺伐とした雰囲気に圧倒されてしまい、私は思わず口を開いてしまった。
 すると私のその返答に満足したらしく、ほっと肩の力を抜く健斗。

「じゃあ俺とより戻してくれる? 今度こそ、絶対大事にするから」
「……でもそれは嫌。もう健斗のこと好きじゃないし、それは絶対ありえない」

 私たちの間に重く苦しい沈黙が流れる。
 健斗はまるでこの世の終わりのような顔をして俯き、テーブルと睨み合いを続けていた。

「俺は絶対に諦められない。ようやく沙良のこと見つけて、こうやって会えたのにそのまま帰るなんて無理」
「でも健斗の気持ちには応えられないし、もう二度と会いに来ないで。また会いに来るなら引っ越すから」
「何度引っ越しても絶対に探し出してみせるから」

 ギラ……とその視線に鋭いものを感じたのは、気のせいだろうか。

 とりあえず、今ここで延々と話し合いを続けていても何の埒もあかないだろう。
 明日も朝から仕事だ。
 今日はもう家に帰りたい。

「もう遅いし、私帰るね」
「明日会社?」
「なんでそんなこと教えなきゃなんないの」
「俺この近くで働いてるんだ」
 
 健斗から離れることができたと思っていたのに、なぜまたその距離が近くなってしまったのか。
 これまでの私の努力が全て水の泡になってしまったような気がする。
 
「……内定決まったって話した後、もう何社か受かったんだ。無意識のうちに沙良の職場の駅の近くのところに就職決め直してた」

 私の就職先を覚えていたのか。
 確かに内定をもらった時に、彼には報告していた。
 だがその頃私たちの中は冷め始めていたので、てっきりそのようなことは覚えていないだろうと思っていたのだ。

「また会いたい。会いに来ていい?」
「無理。じゃあね。これ、お代」

 私はドリンク一杯にしては多すぎるお札を一枚テーブルの上に置くと、健斗の方を見ることなくファミレスを後にした。
 後ろから彼がついてきたらどうしようという不安に駆られて途中で振り返るが、彼は追いかけては来なかったらしい。
 その事実にホッとするとともに、家の中へと入った途端一気に緊張がほぐれた。
 部屋に置かれたベッドに倒れこむ。

 もう二度と会うことはないと思っていた、幼馴染でもあり元彼でもある健斗。
 この二年の間にすっかり彼のいない生活となっていた私の人生へ、突然彼が舞い戻ってきてしまったことにショックが隠せない。

 きっとあの様子ではまた私のことを待ち伏せているだろう。
 次はどうやって彼のことを拒絶すればいいのか、私にはわからなかった。
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