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訪問者②
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「……今日も来てるの?」
あの日以来、健斗は毎日のように私の実家を訪れるようになった。
とはいえ私は会うことはできないと母が告げると、大人しく帰って行くようで、何か危険な様子がみられるわけではなさそうだ。
「毎日毎日、どうしちゃったのかしらね。別れようって言ったのは健斗くんの方なんでしょ?」
「……都合いい相手が欲しくなったんだよ」
良く言えば一緒にいて気を使わない、悪く言えばぞんざいな扱いをしても許される女。
それが健斗にとっての私なのだ。
「それにしても、これからも毎日家に来るようなら、あなたも少し考えなきゃね。さすがにずっとこれじゃあ、お母さんも困るわ」
「……わかってる……」
「早苗さんに言おうか?」
早苗さんとは、健斗の母親で私の母とは友人同士の関係にある。
以前はよく健斗の実家にも遊びに行っていたので、その度に親切にしてもらった。
だがここで彼の母親に出てきてもらうのは、間違っている気がする。
「ううん、自分でなんとかする……」
「健斗くんのことだから、危ない目に遭うことはないと思うけど……もし話し合いをするようなら、お父さんとお母さんの目の届く範囲でやりなさいね」
たかが恋愛でこれほどまでに親に迷惑をかけてしまっている自分が、情けなくて恥ずかしい。
「わかってる。次に健斗が来たら教えて……。私、ちゃんと話すから」
正直に言って全く会いたくない。
あれほど必死に辛かった日々を忘れようとしているのに、その思い出の張本人と再び顔を合わせるなど、どんな拷問なのだろうか。
そしてその日はすぐにやってきた。
翌日、再び健斗が私の実家のチャイムを押したのだ。
ちょうどリビングにいた私は思わずその動きを止める。
インターホンの画像で彼の姿を確認した母親が目線を送り、私はその目線に答えるかのように頷いた。
「気をつけて、ね……」
「うん、わかってる」
すっかり危険人物扱いされてしまった健斗の現状に、思わず呆れ笑いが出てしまう。
重すぎる足取りで玄関へと向かい、ドアを開けるとそこにはいつものようにスウェットにダウンを羽織っただけの健斗の姿があった。
彼は私の姿を認めると、明らかにホッとしたような表情を浮かべる。
「連絡つかなかったからさ、どうしてんのかと思って……沙良、携帯の番号変えた? 家行っても全然出てこねーしさ……」
この人は一体何を考えているのだろうか。
あれほどそばにいたはずなのに、今では健斗の考えていることがさっぱりわからない。
「いや、私たち別れたし……。もう前みたいに連絡取ったりする必要ないよね」
「でも俺ら幼馴染だろ?」
「私はそんな都合よく切り替えられないから……。幼馴染っていう関係ももう終わりにしたい」
言えた。
ようやく、はっきりと言えた。
私には健斗のような考え方はできない。
これまで身を焦がすほどに好きだった相手と、すぐに友人に戻ることができるほど単純ではないのだ。
「……は? てか、部屋入れてくんないの?」
玄関の前で立ちっぱなしで話をする私たち。
健斗は少し寒そうに身震いしてそう言った。
「入れないよ。もうそういうことはしない。会うのも今日これっきりにしてほしい。健斗の方が別れたがったんだから、それくらい今度は私の言うことも聞いて」
「何、お前どうしたんだよ……」
健斗の表情には、苛つきなのか戸惑いなのかわからない複雑な色が浮かぶ。
「なぁ、新しい番号教えて。連絡取れないと不便なんだけど」
全く話の通じない健斗は、宇宙人みたいだ。
これほど私の顔に嫌悪感が浮かんでいるというのに、そのことにすら気がつかない。
「だから、もう連絡取らないって言ってんじゃん! 実家にも来ないで、みんな迷惑してるから。私二度と健斗の顔見たくない」
「は……」
勢いに任せてとんでもなくきつい言葉を発してしまったかもしれない。
また怒られる……。
そう思って俯くが、返ってきたのは予想外の反応であった。
「なん、で……? 沙良俺のこと嫌いになったわけ?」
あの日以来、健斗は毎日のように私の実家を訪れるようになった。
とはいえ私は会うことはできないと母が告げると、大人しく帰って行くようで、何か危険な様子がみられるわけではなさそうだ。
「毎日毎日、どうしちゃったのかしらね。別れようって言ったのは健斗くんの方なんでしょ?」
「……都合いい相手が欲しくなったんだよ」
良く言えば一緒にいて気を使わない、悪く言えばぞんざいな扱いをしても許される女。
それが健斗にとっての私なのだ。
「それにしても、これからも毎日家に来るようなら、あなたも少し考えなきゃね。さすがにずっとこれじゃあ、お母さんも困るわ」
「……わかってる……」
「早苗さんに言おうか?」
早苗さんとは、健斗の母親で私の母とは友人同士の関係にある。
以前はよく健斗の実家にも遊びに行っていたので、その度に親切にしてもらった。
だがここで彼の母親に出てきてもらうのは、間違っている気がする。
「ううん、自分でなんとかする……」
「健斗くんのことだから、危ない目に遭うことはないと思うけど……もし話し合いをするようなら、お父さんとお母さんの目の届く範囲でやりなさいね」
たかが恋愛でこれほどまでに親に迷惑をかけてしまっている自分が、情けなくて恥ずかしい。
「わかってる。次に健斗が来たら教えて……。私、ちゃんと話すから」
正直に言って全く会いたくない。
あれほど必死に辛かった日々を忘れようとしているのに、その思い出の張本人と再び顔を合わせるなど、どんな拷問なのだろうか。
そしてその日はすぐにやってきた。
翌日、再び健斗が私の実家のチャイムを押したのだ。
ちょうどリビングにいた私は思わずその動きを止める。
インターホンの画像で彼の姿を確認した母親が目線を送り、私はその目線に答えるかのように頷いた。
「気をつけて、ね……」
「うん、わかってる」
すっかり危険人物扱いされてしまった健斗の現状に、思わず呆れ笑いが出てしまう。
重すぎる足取りで玄関へと向かい、ドアを開けるとそこにはいつものようにスウェットにダウンを羽織っただけの健斗の姿があった。
彼は私の姿を認めると、明らかにホッとしたような表情を浮かべる。
「連絡つかなかったからさ、どうしてんのかと思って……沙良、携帯の番号変えた? 家行っても全然出てこねーしさ……」
この人は一体何を考えているのだろうか。
あれほどそばにいたはずなのに、今では健斗の考えていることがさっぱりわからない。
「いや、私たち別れたし……。もう前みたいに連絡取ったりする必要ないよね」
「でも俺ら幼馴染だろ?」
「私はそんな都合よく切り替えられないから……。幼馴染っていう関係ももう終わりにしたい」
言えた。
ようやく、はっきりと言えた。
私には健斗のような考え方はできない。
これまで身を焦がすほどに好きだった相手と、すぐに友人に戻ることができるほど単純ではないのだ。
「……は? てか、部屋入れてくんないの?」
玄関の前で立ちっぱなしで話をする私たち。
健斗は少し寒そうに身震いしてそう言った。
「入れないよ。もうそういうことはしない。会うのも今日これっきりにしてほしい。健斗の方が別れたがったんだから、それくらい今度は私の言うことも聞いて」
「何、お前どうしたんだよ……」
健斗の表情には、苛つきなのか戸惑いなのかわからない複雑な色が浮かぶ。
「なぁ、新しい番号教えて。連絡取れないと不便なんだけど」
全く話の通じない健斗は、宇宙人みたいだ。
これほど私の顔に嫌悪感が浮かんでいるというのに、そのことにすら気がつかない。
「だから、もう連絡取らないって言ってんじゃん! 実家にも来ないで、みんな迷惑してるから。私二度と健斗の顔見たくない」
「は……」
勢いに任せてとんでもなくきつい言葉を発してしまったかもしれない。
また怒られる……。
そう思って俯くが、返ってきたのは予想外の反応であった。
「なん、で……? 沙良俺のこと嫌いになったわけ?」
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