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過去〜現在へ 変わり始めた関係②

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『そんなに辛い思いをしているのなら、いっそのこと別れなさい。そこまで辛い思いをして一緒にいる必要はないわ』

 これは健斗とのことを相談したときに、母から言われた言葉である。
 子ども同士の恋愛に親が口を出すのはおかしいから、といった理由で母が健斗や彼の母に何か伝えることはなかったが、彼の態度の変化には母も不信感を抱いていた。

 いつでも実家に戻ってきなさいという温かい言葉もかけてもらっていたが、どうしても健斗との思い出がたくさん詰まったこの家を引き払う勇気は出なかった。
 この家を手放してしまったら、彼との思い出も全てなくなってしまう気がしたから。

 けれどもそんな私の思いとは裏腹に彼の態度は日に日に冷たくなっていき、もはや恋人という雰囲気のかけらもない。

 そのうちに私の携帯へ、見知らぬ女性から電話がかかってくるようになる。
 毎回異なる女性からではあったが、内容はどれも自分が健斗と付き合うから、早く別れてほしいというものであった。
 
 そんな電話が来るたびに健斗にさりげなくそのことを尋ねるが、適当に流されてあしらわれ、それでも引き下がらずにいると別れをチラつかせられる。

 こんな茶番劇のようなことを何度も繰り返しながら、私たちは大学四年生を迎えた。
 そして冒頭の出来事が起こったのである。


 スマホのデータや部屋の荷物を整理して気持ちが冷静になった今思い返すと、私はなぜあれほどまでに苦しめられていたのだろうか。
 なぜもっと早く別れようの一言を、私の口から伝えることができなかったのだろうか。

 健斗に振られることが何より怖くて、それを避けるためなら何でもするつもりだった。
 精神的に彼に依存していた。
 かつて親密な関係だったあの頃の彼の姿が忘れられず、いつかまた元通りの健斗が帰ってくるのではないかと淡い期待を抱いていたのかもしれない。

 (私は馬鹿だ。いつまでも過去の幸せばかり引きずって……)

 健斗の中にもう私はいない。
 むしろ鬱陶しい存在と成り果ててしまったのだ。
 これ以上醜態を晒してまで彼に縋るつもりは、毛頭なくなっていた。

 あれから携帯の番号を変えた私は、その足で不動産屋へ向かい、新しい家を無事に見つけることができた。
 急ではあったが、それなりに条件のいい物件があったのだ。
 春に就職する予定の職場からも程近く、実家までの交通の便も良いところが決め手であった。
 手続きの関係で引っ越し作業は来週になるが、それまでは実家にお世話になるつもりだ。
 元々家具にこだわりもなかったので、大した荷物もない。

 自宅へと戻った私は、力を失ったかのように仰向けでベッドに横たわる。
 この部屋で過ごすのも今日が最後。
 真っ白な天井を見上げるその心は、恐ろしいほどに空虚であった。
 先ほどまであれほど涙が出ていたというのに、不思議ともう何も感じない。

「さようなら、健斗」

 大好きな幼馴染で、たった一人の大切な人。
 いや、大切だった人という表現の方が正しいのかもしれない。
 私の中で急速に彼への思いが萎んでいく。
 その事実が切なくて、息を吸うことさえ難しくなりそうになる。

 人の気持ちほど移り気なものはない。
 あれほど永遠に続くと信じていた彼との関係も、壊れるのはほんの一瞬で。

 私は新しい生活を迎える覚悟を決めると共に、残された僅かな健斗への思いもこのアパートに葬り去ったのである。
 
 
 
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