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過去編 始まり①

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 私と健斗は家が近所であったことから、幼馴染としてその成長を共に見つめてきた。
 小さい頃は体も華奢でいつも私について回っていた健斗は、中学を卒業するころにはすっかり男らしくなり。
 元々整った顔も相まってたちまち女子生徒たちの人気者となった。

 年を重ねても互いの家を行き来して漫画の貸し借りをしたり、家族ぐるみで食事をしたりするなど、私たちは仲のいい幼馴染だったと思う。

 偶然同じ高校に進学することになった私たち。
 健斗へ秘めた恋心を抱えていたものの、健斗のあまりの人気ぶりに引け目を感じてしまい、その思いを伝えることはできなかった。
 
 そうしているうちに偶然同じクラスの高木優馬に告白され、その場で返事は返すことはなかったものの彼との付き合いを前向きに考えるようになった。
 その頃には健斗にも彼女がいるという噂であったし、そろそろ彼への叶わぬ恋心は封印しなければ、私も前に進むことができない。

『私、高木君と付き合う。だからもう前みたいに健斗の家には行かない』

 このことはすぐに健斗に伝えた。
 優馬に対して後ろめたいことはしたくなかったし、健斗への思いにも踏ん切りをつけたかったのだ。

「……は? 誰って言った?」
「私と同じクラスの高木優馬。知ってる……? サッカー部なんだけど」
「あいつかよ……。お前、あいつのこと好きなの?」
「好き……かはまだわからないけど、一緒にいて楽しいし、落ち着くの」

 笑って祝福してくれるかと思った健斗は、意外にも不機嫌そうだった。
 もしかしたら、彼も私のことを気にかけていてくれたのかもしれない。
 そんな淡い期待を抱くが、それはあっという間に打ち砕かれる。

「ふーん、まあよかったじゃん。これで俺も安心して彼女作れるわー」

 ズキン、と胸に鈍痛をもたらす彼の言葉。

「え、何……私に彼氏ができるのと、健斗が彼女作るの、関係ないよね……?」
「いや、まあさ。彼女からしてもいくら幼馴染とはいえ、仲良い女が彼氏の近くにいたら心配になるだろ」
「今まで私のせいで彼女作ってなかったってこと?」
「んー、まあそれだけじゃないけど」

 私が健斗の恋愛の邪魔になっていたのかもしれない。
 何の気なしに彼に告げられた言葉は、私に重くのしかかった。

 一方の健斗はベッドの上に腰掛けて伸びをしながら、大あくびをしている。

 (私は馬鹿だ。何を期待していたんだろう)

 あいつなんてやめて、俺にしておけ。
 とでも言われることを待っていたのだろうか?
 誠実に私に向き合ってくれている優馬をダシにして。
 そんな自分に嫌気が差す。

「そう……とりあえず、もう二人で会うのはやめるから。じゃあ、健斗も元気でね」
「……何かあったら」
「え?」
「何かあったらすぐ言えよ」

 ボソッと低い声で呟かれた健斗の言葉に対し、私は何も言い返さなかった。
 ここで健斗を頼るような真似は、優馬のことを思うとしたくなかったのだ。

 こうして私は淡い初恋に蓋をして、優馬と付き合い始める。

 優馬はいつも優しかった。
 元々仲のいい男友達だったこともあり、一緒にいる時間は楽しくて、どんどん彼に惹かれていく私。

 だがそんな私たちの関係は、互いが受験に追われるようになったことで終わりを迎える。

 早々に大学の合格が決まった私と、不合格が続いてなかなか進路が確定しなかった優馬の間に流れる空気は、次第に気まずいものとなった。

 彼の前では受験に関する話題を避けて気を使っていたが、その配慮が逆に優馬にとっては負担となってしまったらしい。

『ごめん、すごく自分勝手だと思う……でも別れたいんだ』

 ある日の帰り道、優馬はそっと別れを告げた。
 何となくこうなることはわかっていたし、覚悟はしていたつもりだった。
 だが初めての彼氏であった優馬に対していつのまにか特別な思いを抱き始めていたのも事実で。

 この失恋は、思った以上に私の心に傷をつけた。

 仮病を使って高校を休み、自分の部屋で布団にくるまって泣き続けた。
 母親は心配したが、なんとなくの事情は察していたらしい。
 そっとしておいてくれたので助かった。

『健斗くんにしてたら良かったんじゃないの? なんであなたたちが付き合わないのか、不思議だわ』

 ……ただ一つ、こんな残酷な言葉を告げたことを除けば。

 そんな中、布団の中で握りしめていたスマホが震える。
 思わず優馬からの連絡だと思い込んだ私は、勢いよくスマホを覗き込むが、そこに表示された名前は期待を裏切るもので。

「……健斗か……」

 彼にもしばらく会っていなかったが、今はとてもではないがそんな気分ではない。
 私はその知らせに気づかないふりをする。
 スマホは少し時間をおいて振動を繰り返すが、私はそっと手の届かない位置にそれを置いた。

 それからどのくらい経っただろうか。
 いつのまにか布団のなかで眠ってしまっていたらしい。
 少しずつ覚醒する意識の中で、徐々に周りの様子を映し始めた私の目は、あるものを捉えた。

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