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お幸せに

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「お義兄様……結婚の話は本当なのですか?」

 するとアンソニーの蒼い目がこぼれ落ちるほどに大きく見開かれた。
 その様子は結婚の話が事実であるということを物語るには十分だろう。

「……どこでそれを?」
「お父様の執務室の前を通りかかった時に、偶然聞こえましたの」
「……」
「立ち聞きするような真似をして、申し訳ありません」

 しかしそれからアンソニーは何も答えようとはしない。
 肯定も否定もしない彼の態度に痺れを切らした私は、彼に一つだけ頼みごとをする。

「結婚の前に、私からお義兄様へお願いがあるのです」
「お願い……?」

 アンソニーは私の発言にピクっと反応すると、戸惑いの表情を浮かべる。
 その憂げな瞳に映し出される人が羨ましい。
 私だけを映して欲しいと何度願ったことか。

 私はアンソニーの元へ静かに歩み寄ると、彼のシャツの胸元を両手で掴み、背伸びをして口付けた。
 初めての口付けは、まるでそこに彼の思いなどないとでもいうような、ひんやりと冷たいものであった。

「な!? アリア!?」

 アンソニーは突然の私からの口付けに驚く様子は見せるものの、拒絶するような雰囲気は見られない。
 所詮彼も欲にはあがらうことのできない、一人の男であったということなのか。

「私の十六歳の誕生日を覚えておりますか? あの日から今日までずっとお慕いしておりました。ですがそれももう今日で終わりにいたします」
「……アリア、それはどういう意味だ」
「私は近々結婚いたします。この家を出て行きますわ。お義兄様ともこれでお別れです」
「は……なんだって?」
「先ほどの口付けで、長年の想いにけじめをつけることができそうです。お義兄様も、幸せになってください」

 そう言ってアンソニーに向かって頭を下げるが、彼からは何の返答も得られない。

 表向きは気丈に振る舞っていたものの、実際のところ想いを断ち切ることなどできてはいないのだ。
 これ以上彼と二人でここにいては、余計に別れが辛くなるばかり。

「ご心配をおかけしてごめんなさい。私はこの通り元気ですから。お気になさらずにお義兄様もご自分のことをなさってください」
「……」

 暗に部屋から出ていくよう告げているのだが、それでもアンソニーは一歩も動こうとはしない。
 ひたすらに俯いているためその表情もわからなかった。

「……では失礼します」

 彼が出て行かないのなら、私が出ていくまで。
 そっと礼をしてアンソニーの横を通り過ぎようとした、そのときだった。

「誰だ」
「っ!? ……お義兄様、痛いですわ」
「誰なんだ相手は!? 義父上はそれをお認めになったのか!? どうして!?」

 突然勢いよく掴まれた手首。
 ひたすらに優しい彼も男であったのだと思い知らされるほどの強い力を込められたそこが、ズキズキと痛む。
 初めて目にする恐ろしいほど冷ややかなその視線に、思わず身震いしそうになった。
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