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他の誰かが羨ましい

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「……結婚……ええ、もちろんです。精一杯彼女のことを幸せにいたします。力を合わせて、アルメリア侯爵家をより一層盛り立てて行く所存です」

 それから二年の月日が経ち。
 私は偶然父の執務室の前を通りかかった際に、わずかに開いた扉の隙間からこんなやりとりを耳にした。

 ——アンソニーお義兄様が、結婚……。

 出会ったときは九つだった彼も、もう二十二である。
 貴族の跡取りとして、妻を迎えるべき年頃になったのだ。
 予想できていたはずの事実を受け止めることができず、私はふらつくような足取りで自室へと戻った。

 デビュタントを終えた私の元へもたくさんの縁談が持ち込まれていたが、私はその全てを断っていた。

 理由はたった一つ。
 私の中でアンソニーを超える男性がいなかったから。
 彼の想いは私に向いてはおらず叶わぬ恋だとわかっているはずなのに、いつまでたっても私の中からアンソニーが消えてくれないのだ。

 父はそんな私の想いを察してか無理を強いることはなかったが、このままではダメだということは私にもわかっていた。

 ——お義兄様と結婚する方が羨ましい。

 彼の唇を奪い、体を奪い、その心までも奪い去ることのできる相手は一体どこの誰なのだろうか。
 誰よりも長く彼に対して恋心を抱き続けてきたというのに、その想いが報われることは永遠にない。
 その事実がただただ辛くて、私は自室に引きこもるようになった。

「アリア? 最近部屋から出てこないようだけど、体調でも悪いのかい?」

 突然部屋から出てこなくなった私を、アンソニーは心配した。
 毎日のように私の部屋のドアを叩いては様子を確認する。
 だが私はその問いかけに応えるつもりはなかった。
 彼の声を聞いてドアを開けてしまったら、また自分が辛い思いをするだけなのだから。
 
 そして私は一つの決断を下したのである。
 もう彼のことを諦めて、他の誰かの元へ嫁ごうと。



「アリアがなかなか部屋から出てこないから、悪いが無理やりドアを開けさせてもらったよ」

 私はアンソニーの結婚がまとまる前に、この家を出て行く決心をした。
 その決意を伝えるとお父様は戸惑われていたけれど、たくさん来ていた縁組の中から私に合った方を早急に選ぶと約束してくれた。

 あとは可能な限りアンソニーと顔を合わせる機会を避けるだけ……。
 直接顔を見てその声を聞いてしまったら、せっかくの決意が揺らいでしまうから。
 そう思っていたというのに。

 今なぜか私の部屋にいるアンソニーを目にして言葉を失う。

「どうやって……部屋には鍵をかけていたはずです」
「義父上に合鍵をもらったんだ。今日からしばらく地方の視察に行くらしく、屋敷の留守を預かっている」
「ああ、そういうことですの……」

 侯爵である父の部屋には、この屋敷中の合鍵が保管されており、その鍵を厳重に管理しておくのも父の役目であった。

 その合鍵をアンソニーに手渡すということは、彼がもうすぐ次期侯爵として台頭していくという表れなのかもしれない。
 つまり結婚も近いのだろう。
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