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しおりを挟む「奥方様は……桔梗様は、殿がご側室をお迎えになると言う話をお聞きになられてから体調を崩されるようになりました」
千は批判を覚悟でそう告げた。
「俺のせいなのか……」
義村は唖然としながら掠れた声でそう言った。
「桔梗様はあなた様の事を心から愛しておられるのです……義村様にご側室ができるなら、死んでしまった方がいいくらいだと……」
その時、桔梗が寝返りを打つような仕草をして目を開けた。
そして義村の姿を捉えて驚く。
大きく見開いた目は、痩せてしまったこともあって今にもこぼれ落ちそうなほどである。
「義村様……」
「桔梗、なぜだ……なぜこのような」
義村は耐え切れず泣き出すと、桔梗の上半身を抱き起こし、そのまま抱きしめた。
「なぜこちらに? ご帰城まではまだ一月ほどありますのに……」
「そなたの命が危ういと、連絡を受けた」
途端に桔梗は目線を落として黙り込んでしまった。
「なぜ俺に報告するなと命じたのだ。俺たちは夫婦だろう。 俺はそなたがいないと生きていけないと知っているであろうに……」
「私の代わりに、宮代のご側室を妻としてくださいませ」
「っ何を言う……」
「私がいなければ、宮代のご側室も肩身の狭い思いをしなくてすみます。やがてそのお方が正室になれば、宮代家との繋がりも深くなり、全ては丸く収まるかと……」
桔梗はここまで告げると、激しく咳き込み始めた。
今にも折れそうな細い体が、激しい咳で折れてしまうのではないかと義村は心配になる。
「もう喋らなくていい、無理をするな。それに、俺は宮代から側室は娶らない」
「え……」
「俺が妻にしたいと思うのは桔梗、そなただけだ。頼むから俺のそばから離れないでくれ」
義村はそう言うと桔梗のか細い体を再度そっと抱きしめ、愛おしそうに乱れた髪を整える。
桔梗は何も喋ろうとしない。
ふとその顔を覗き込むと、桔梗は静かに涙を流していた。
「桔梗……」
「それではいけないのに……私がいない方が、中川の家にとっても良い方向に進むはずなのに……」
「中川の皆はそなたの事を慕っている。誰もそなたの死を望んではいない」
「私は武士の妻として失格なのです。これではいけないと思いながらも、あなたの隣に私以外の女性がいるのは耐えられません……」
桔梗は両手で顔を覆って啜り泣く。
「桔梗、俺は生涯側室は持たん。中川家の跡取りには幸村がいる。お菊に婿を取らせる事だってできるんだ」
「宮代様はどうなさるのですか……主の命に背いては中川家が取り潰されます」
「宮代様にも先日側室の件はお断りを入れてきたのだ。先方はすんなりと引き下がった。そなたが気に病むような事は何もない」
嬉しさと、申し訳なさと、言葉では説明できない気持ちが桔梗の中でぐちゃぐちゃと入り交じる。
「今はとにかく養生して、早く元気な姿を見せてくれ。俺のためにも、子どもたちのためにもな」
「義村様……」
「そうだ、そなたにこれをやろうと思ってな」
そう言うと義村は何やら着物の懐から布を取り出した。
見覚えのある刺繍のついた布は、義村が戦に出陣する際に桔梗が刺繍し持たせたものである。
義村がゆっくりと折り畳まれた布を開いていくと、中に紫色の花が入っていた。
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