桔梗の花の咲く場所〜幼妻は歳上夫に溺愛される〜

桜百合

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 二人はこれ以上この事に関して口を開こうとしなかった。
 代わりにただ寄り添い沈黙の時を過ごしたのである。

 その日、義村は壊れ物を扱うかのように優しく桔梗を抱いた。
 体調が悪いなら……と当初義村は遠慮気味であったが、桔梗が引き止めた。
 透き通る白い肌は恐ろしいほどに滑らかで、義村の肌に吸い付き離れようとしない。
 痩せてしまってもなおその全てが義村にとっては愛おしく、まるで天女が踊るかのように見えた。


 数日後、義村が再び戦の後始末へと向かうのを桔梗は見送った。
 そしてそのまま気落ちするかのように床につき、以前にも増して起き上がることができなくなったのである。
 次の義村の帰還は恐らく一月後。
 その際には例の側室を伴っての帰還となるだろう。
 果たして自分はその時に笑って二人を迎え入れることができるのだろうか。
 横になっているときは常にそのことばかり考える。

 「桔梗様……このままではお命にも障ります。どうかお食事を……」

 悲痛そうな表情を浮かべて千が重湯を持ってきたが、口に入れると喉が重苦しく飲み込むことができない。
 体が生きることを拒否しているのだろうか。
 近頃は、このまま天に召されても良いような気もしてきた。
 義村が他の女性と閨を共にするのを目にするくらいなら、死んだ方がましなのかもしれない。
 自分がいなくなり宮代の側室が正室に上がれば、中川家と宮代家の関係もより強くなり、全てが丸く収まるのではないか。
 自分が邪魔者なのではないか、と言う気さえしてきた。
 ただ心残りなのは二人の幼児のこと。
 幸村とお菊は共に可愛い盛り。
 あの二人を残してこの世をさることは憚られた。
 だが心と体がついてきてはくれないのだ。


 その頃、義村は再び宮代家の屋敷を訪れていた。

 「おお、来たのか。どうだ、お雛を側室にする件だが奥方の了承は得られたかな? 」
 「その件なのですが……」

 義村は、お雛を側室にすることを断った。
 主はさぞ激怒するかと思ったが、意外にもあっさりと引き下がり拍子抜けする。

 「そこまで器の狭い男ではないのでな。それほどまでに仲睦まじい夫婦の元に送られるお雛も不憫じゃ」
 「は、はあ……」
 「それにしても、そなたの奥方は幸せ者だ」

 主が立ち去った後、義村は庭を眺めながら桔梗のことを思い出していた。
 桔梗は側室を持つ事を最後まで反対はしなかった。
 だが思い返せば、無理をしていたのだとわかる。
 中川家のこと、義村のことを考えて自分の思いには蓋をしたのだろう。
 まだ齢二十二の桔梗にそれほど辛い思いをさせたことが申し訳なかった。
 義村には桔梗しか愛せない。
 この時代に生きる男としては情けないのかもしれないが、それでも構わなかった。

 

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