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 「桔梗様……もうすぐ義村様が到着されるとの連絡がありましたが……いかが致しますか? 」

 千は困惑の表情を浮かべながら女主人を見つめる。
 その視線の先にいる桔梗は、この一月ですっかり痩せ細ってしまったように見えるが、それが返って人間離れした美しさを増しているのだから皮肉だ。

 ここ数日はほとんど床の上で過ごしており、起き上がることもままならぬほど弱りきってしまう日もあった。
 義村の帰城を果たして出迎えることができるのであろうかと家臣達は心配していたのだ。
 果たしてこれが病によるものなのか、精神的苦痛によるものなのか、医者に見せてもはっきりとわからなかった。

 「大丈夫よ。義村様の妻として正室として、立派に役目は果たしてみせるわ」
 「桔梗様……」
 「約束よ? 絶対に、義村様に私の体のことは言わないでちょうだい」
 「ですが桔梗様……」
 「お願いよ、お千。これは私からの命です」

 義村にいらぬ心配をかけたくない桔梗、自らの体調についての報告を一切義村にするなと家臣達に命じていた。
 当初は戸惑いを感じていた家臣達も、健気なほどの桔梗の思いを受け入れてくれた。
 恐らく今日義村と顔を合わせた際に側室の件について釈明されるだろう。
 隠し事はできない夫のことだ。
 正直に桔梗に伝え、謝罪するのだとわかる。
 その義村の行動に他意はないと解りつつ、今ではその誠意が辛い。


 「桔梗……そなたは……随分と痩せてしまったのではないか? 」
 「産後の肥立ちがなかなか良くならないうちに夏の暑さが体に堪えたのかもしれません」

 約3ヶ月ぶりに顔を合わせた義村は、案の定桔梗の変わり具合に驚き心配の表情を浮かべる。
 
 「何か病に罹っているのではあるまいな? 医者には見せたのか? 」
 「はい。夏の暑さで疲れが出たのだと言われております。もう秋になりますので、そろそろこの暑さともお別れですわね」

 当初は心配の表情を浮かべていた義村は、涼しそうな顔でそう答える桔梗の様子を見て、少し安堵する。

 「そなたがそういうのならば、大丈夫であるか……。くれぐれも体には気をつけてくれ。そなた無しでは俺は生きていけない」

 そう言うと義村は桔梗を抱き締めた。
 久しぶりの彼女は折れそうなほどにか細く、元々白い肌は今にも透き通りそうなほどである。
 だがそれが返って天女のような美しさを放つようになっており、義村は改めて惚れ惚れとしながら妻の姿を眺めた。

 
 「実はな……桔梗。そなたに話しておきたいことがある」

 その瞬間桔梗の表情が固くなり、二人を取り巻く空気が一変する。

 「ご側室の話でしょうか」
 「そなた、知っておったのか? 」
 「はい。宮代様からの使いの者が参りました」

 まさかすでに桔梗がその事実を知っているとは思っても見なかった。
 義村は戸惑いその瞳が揺れる。

 「そなたが嫌だと申すなら、俺は断るつもりだ」
 「そのようなこと、できますでしょうか……? 主の命に背けばこの中川家は滅ぼされます」
 「俺にはそなたが何より大切なのだ」

 義村はすがるような目で桔梗を見つめ、その肩を抱く。
 桔梗は全てを悟ったかのような表情でこう告げた。

 「武士の家に嫁いだのです。側室を持つことは当たり前のこと。私もあなた様の妻として、覚悟致します」
 「だが、桔梗……」
 「私のせいで中川の家に何かあったら……皆様に申し訳が立ちません」
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