桔梗の花の咲く場所〜幼妻は歳上夫に溺愛される〜

桜百合

文字の大きさ
上 下
7 / 13

7

しおりを挟む


 「桔梗様……もうすぐ義村様が到着されるとの連絡がありましたが……いかが致しますか? 」

 千は困惑の表情を浮かべながら女主人を見つめる。
 その視線の先にいる桔梗は、この一月ですっかり痩せ細ってしまったように見えるが、それが返って人間離れした美しさを増しているのだから皮肉だ。

 ここ数日はほとんど床の上で過ごしており、起き上がることもままならぬほど弱りきってしまう日もあった。
 義村の帰城を果たして出迎えることができるのであろうかと家臣達は心配していたのだ。
 果たしてこれが病によるものなのか、精神的苦痛によるものなのか、医者に見せてもはっきりとわからなかった。

 「大丈夫よ。義村様の妻として正室として、立派に役目は果たしてみせるわ」
 「桔梗様……」
 「約束よ? 絶対に、義村様に私の体のことは言わないでちょうだい」
 「ですが桔梗様……」
 「お願いよ、お千。これは私からの命です」

 義村にいらぬ心配をかけたくない桔梗、自らの体調についての報告を一切義村にするなと家臣達に命じていた。
 当初は戸惑いを感じていた家臣達も、健気なほどの桔梗の思いを受け入れてくれた。
 恐らく今日義村と顔を合わせた際に側室の件について釈明されるだろう。
 隠し事はできない夫のことだ。
 正直に桔梗に伝え、謝罪するのだとわかる。
 その義村の行動に他意はないと解りつつ、今ではその誠意が辛い。


 「桔梗……そなたは……随分と痩せてしまったのではないか? 」
 「産後の肥立ちがなかなか良くならないうちに夏の暑さが体に堪えたのかもしれません」

 約3ヶ月ぶりに顔を合わせた義村は、案の定桔梗の変わり具合に驚き心配の表情を浮かべる。
 
 「何か病に罹っているのではあるまいな? 医者には見せたのか? 」
 「はい。夏の暑さで疲れが出たのだと言われております。もう秋になりますので、そろそろこの暑さともお別れですわね」

 当初は心配の表情を浮かべていた義村は、涼しそうな顔でそう答える桔梗の様子を見て、少し安堵する。

 「そなたがそういうのならば、大丈夫であるか……。くれぐれも体には気をつけてくれ。そなた無しでは俺は生きていけない」

 そう言うと義村は桔梗を抱き締めた。
 久しぶりの彼女は折れそうなほどにか細く、元々白い肌は今にも透き通りそうなほどである。
 だがそれが返って天女のような美しさを放つようになっており、義村は改めて惚れ惚れとしながら妻の姿を眺めた。

 
 「実はな……桔梗。そなたに話しておきたいことがある」

 その瞬間桔梗の表情が固くなり、二人を取り巻く空気が一変する。

 「ご側室の話でしょうか」
 「そなた、知っておったのか? 」
 「はい。宮代様からの使いの者が参りました」

 まさかすでに桔梗がその事実を知っているとは思っても見なかった。
 義村は戸惑いその瞳が揺れる。

 「そなたが嫌だと申すなら、俺は断るつもりだ」
 「そのようなこと、できますでしょうか……? 主の命に背けばこの中川家は滅ぼされます」
 「俺にはそなたが何より大切なのだ」

 義村はすがるような目で桔梗を見つめ、その肩を抱く。
 桔梗は全てを悟ったかのような表情でこう告げた。

 「武士の家に嫁いだのです。側室を持つことは当たり前のこと。私もあなた様の妻として、覚悟致します」
 「だが、桔梗……」
 「私のせいで中川の家に何かあったら……皆様に申し訳が立ちません」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね

江崎美彩
恋愛
 王太子殿下の婚約者候補を探すために開かれていると噂されるお茶会に招待された、伯爵令嬢のミンディ・ハーミング。  幼馴染のブライアンが好きなのに、当のブライアンは「ミンディみたいなじゃじゃ馬がお茶会に出ても恥をかくだけだ」なんて揶揄うばかり。 「私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね! 王太子殿下に見染められても知らないんだから!」  ミンディはブライアンに告げ、お茶会に向かう…… 〜登場人物〜 ミンディ・ハーミング 元気が取り柄の伯爵令嬢。 幼馴染のブライアンに揶揄われてばかりだが、ブライアンが自分にだけ向けるクシャクシャな笑顔が大好き。 ブライアン・ケイリー ミンディの幼馴染の伯爵家嫡男。 天邪鬼な性格で、ミンディの事を揶揄ってばかりいる。 ベリンダ・ケイリー ブライアンの年子の妹。 ミンディとブライアンの良き理解者。 王太子殿下 婚約者が決まらない事に対して色々な噂を立てられている。 『小説家になろう』にも投稿しています

記憶がないなら私は……

しがと
恋愛
ずっと好きでようやく付き合えた彼が記憶を無くしてしまった。しかも私のことだけ。そして彼は以前好きだった女性に私の目の前で抱きついてしまう。もう諦めなければいけない、と彼のことを忘れる決意をしたが……。  *全4話

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

【短編】旦那様、2年後に消えますので、その日まで恩返しをさせてください

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「二年後には消えますので、ベネディック様。どうかその日まで、いつかの恩返しをさせてください」 「恩? 私と君は初対面だったはず」 「そうかもしれませんが、そうではないのかもしれません」 「意味がわからない──が、これでアルフの、弟の奇病も治るのならいいだろう」 奇病を癒すため魔法都市、最後の薬師フェリーネはベネディック・バルテルスと契約結婚を持ちかける。 彼女の目的は遺産目当てや、玉の輿ではなく──?

忙しい男

菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。 「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」 「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」 すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。 ※ハッピーエンドです かなりやきもきさせてしまうと思います。 どうか温かい目でみてやってくださいね。 ※本編完結しました(2019/07/15) スピンオフ &番外編 【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19) 改稿 (2020/01/01) 本編のみカクヨムさんでも公開しました。

愛されない女

詩織
恋愛
私から付き合ってと言って付き合いはじめた2人。それをいいことに彼は好き放題。やっぱり愛されてないんだなと…

もう散々泣いて悔やんだから、過去に戻ったら絶対に間違えない

もーりんもも
恋愛
セラフィネは一目惚れで結婚した夫に裏切られ、満足な食事も与えられず自宅に軟禁されていた。 ……私が馬鹿だった。それは分かっているけど悔しい。夫と出会う前からやり直したい。 そのチャンスを手に入れたセラフィネは復讐を誓う――。

私の婚約者は失恋の痛手を抱えています。

荒瀬ヤヒロ
恋愛
幼馴染の少女に失恋したばかりのケインと「学園卒業まで婚約していることは秘密にする」という条件で婚約したリンジー。当初は互いに恋愛感情はなかったが、一年の交際を経て二人の距離は縮まりつつあった。 予定より早いけど婚約を公表しようと言い出したケインに、失恋の傷はすっかり癒えたのだと嬉しくなったリンジーだったが、その矢先、彼の初恋の相手である幼馴染ミーナがケインの前に現れる。

処理中です...