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しおりを挟む「原岸正信の娘、桔梗にございます。お久しぶりにございます」
「面を上げよ」
十年ぶりに耳にする義村の声は、あの時の記憶と相違なかった。
桔梗はゆっくりと顔を上げて義村を見つめる。
その途端、義村は目を見開き動揺した様子が見て取れた。
「そなたがあの桔梗か……? なんというか……美しくなったな……」
あの時も確かに美しい娘であった。
だが今はどうだろうか。
かぐわしいほどの黒髪に、変わらず雪のような白い肌。
濡れたような大きな瞳に真っ赤な紅をさした唇が妖艶に義村を誘う。
まだ齢十七であるというのに、人はこうまで変わるものなのかと義村は絶句した。
「私は、あの時のお礼をずっとお伝えしたいと思っておりました」
「礼? 」
「泣いていた私を慰めてくださったこと、忘れたことは一度たりともありませんでした」
「ああ、あのようなことは大したことではない。そなたはこれでいいのか? 私はそなたより十も歳上だぞ? 」
桔梗はジッと義村の様子を見つめる。
十年前よりも精巧さを増したその表情は男らしさ溢れ、程よく締まっている身体も日々の鍛錬の成果を表していた。
「歳など、気にしておりません。あなた様の妻になりたいと父に我儘を申したのは私なのです。あの日からずっと、あなた様をお慕いしておりました」
「そなた……」
「私を、あなた様の妻にしてくださいませ」
それ以来、義村は多くの時間を桔梗と共に過ごすようになった。
慣れぬ地へ輿入れした桔梗に、会国の文化や自然を見せて回った。
桔梗の生まれ育った島沢の地とは違い、会国は雪国であり夏は涼しく、冬には多くの雪が降り、厳しい寒さが人々を襲う。
そのため冬に備えて人々は食糧などを秋のうちに蓄えておくらしい。
中でも桔梗が気に入ったのは、雪割草であった。
春の訪れを知らせるその可憐な花は、過酷な会国の冬が終わった事を意味するのだ。
輿入れしてから初めての春は、雪割草をたくさん摘んで義村に笑われた。
何気ない日々を桔梗と過ごしていくうちに、義村は自らの気持ちの変化に気付いた。
初めはその見た目の美しさに惹かれていたものの、共に過ごすにつれて彼女の素直さや利発さを目にする機会が増えたのだ。
この世の穢れなど知らぬような澄んだ瞳は、義村の心を癒した。
いつしか義村にとっても桔梗は離れ難い存在となっていたのである。
父はそんな二人の様子を、満足げに遠くから見守っていた。
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