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 「そなた、いかがした? なぜ泣いているのだ」

 天楽元年の夏、会国城主の嫡男である中川義村は父の旧友である島沢城主、原岸正信の元を父と共に訪れていた。
 父達が酒を飲み交わして歓談で盛り上がるところを、義村は一足先に抜け出してきたのである。

 騒がしい居間を抜けて外廊下へ出ると、何やら子供の泣き声が聞こえてきた。
 そっと様子を伺えば、どうやら女の子どものようである。
 齢は七歳くらいであろうか。
 いつもなら子どもなど面倒な事、見て見ぬ振りをするのであるが、今日に限っては何故か放っておけなかった。
 そして気づいたら声をかけていたのである。

 義村の声かけに娘は一瞬ビクッと震えたが、恐る恐るその顔を上げた。
 その途端、義村はハッとした。
 泣き腫らした顔ではあるが、雪のように白い肌に大きな瞳、真っ赤な唇の非常に美しい娘である。
 
 「私の……私の名前には毒があると……」
 「名前? そなたの名は何と申すのだ」

 義村は動揺を隠して問いた。

 「桔梗……桔梗です」
 「なるほど、桔梗か……」

 桔梗は非常に美しい花ではあるが、確かに毒を持ち、間違えて食すと命に関わることもある。

 「あなたもお思いですか? 私は毒持ちだと」

 グスグスと手で顔を覆い泣く娘に、義村はつい手を伸ばしそうになるが、思い留めるとこう言った。

 「まさか。お前桔梗の花言葉を知っているか? 」
 「花言葉? 」
 「ああ。 桔梗の花言葉は、変わらぬ愛だ。将来そなたと一緒になる男は幸せ者であろうな」

 義村は微笑みながら娘の頭を撫でる。
 するとこれまで泣き続けていた娘は、目を大きく開いて義村を見つめた。

 「変わらぬ、愛……」
 「ああ。だからそのようなくだらない事を言う奴らのことは忘れるんだ。そいつらの方がよほど毒だろう? 」

 義村はそう言うと、父の元へ戻るため引き返して行った。
 娘はその姿が見えなくなるまで、その場でずっと立ち尽くしていた。

 これが、義村と桔梗の出会いであった。
 後に義村は、この桔梗という娘が父の旧友原岸正信の娘である事を知る。


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