26 / 32
番外編 1
しおりを挟む
俊と再び恋人関係になってから半年ほど経ったある日のこと。
いつも通り仕事を終えて彼と暮らすアパートへと帰宅した私は、ドアの近くで佇む女性の姿を捉えた。
オフィスカジュアルな服装に身を包み、足元は真っ黒なハイヒール。
そして髪は明るめのショートヘアだろうか……まだ距離があるためはっきりとはよくわからないが、我が家に用があることは間違いなさそうだ。
これが男性であったなら警戒して引き返そうと思ったのだが、女性であったことでなぜかその警戒心が緩まってしまった私。
恐る恐る女性の方へと歩みを進めると、私が声をかけるよりも先に彼女の方が私の存在に気づいたらしい。
なぜかヒールの音を響かせながらこちらへとやってくる。
思わず後退りをしようとするが、すでに遅かった。
しっかりと私の姿をとらえた女性の目には敵意が見て取れる。
「長谷川さんの彼女さんですか?」
「え……」
長谷川とは、俊の苗字だ。
この十年近く何度も耳にしてきたその名前に敏感に反応してしまう。
「私、長谷川さんの同僚の若宮千里と言います。長谷川さんにはいつもとっても良くしていただいて……」
「……あの、失礼ですがどういった御用件で?」
突然現れたかと思えば、目的も言わずに俊との関係を語りだしたその女性には不快感しかない。
そんな私の気持ちが表情に表れていたのか、若宮と名乗った女性は勝ち誇ったような笑みを浮かべてこう言った。
「これ、長谷川さんがこの前うちに遊びに来た時に忘れていったものなんです。会社で渡そうと思ったらなかなか会えなくて……。でもよかった、ちょうど彼女さんにお会いできたし」
その言葉と共に彼女からは何やら紙袋のようなものを手渡された。
上から中を覗くと、そこには見覚えのある俊の上着が入っていて思わず息が止まりそうになる。
「あの時は楽しかったと長谷川さんにも伝えてください。それから……色々とご迷惑をお掛けしてごめんなさいと」
それだけ告げた女性はヒールの音を鳴らして部屋の前から去っていった。
一人ドアの前に残された私は呆然とその場に立ち尽くす。
──部屋に、泊まった……? 俊が……?
確かにここ最近の彼は少し仕事が忙しくなり、何度か終電に間に合わずに自宅に帰れぬまま朝を迎えたことがあった。
しかしよりを戻してからの俊は付き合った当初の大好きだった彼のままであったため、特にその行動を疑うこともしなかったのだ。
──そうだ、鍵……。
玄関に立ち尽くしていたままの私は、ハッとしたようにカバンの中から鍵を取り出すと、鍵穴に差し込んで回す。
ゆっくりとドアを開けると、真っ暗な玄関が出迎えた。
俊はまだ帰っていない。
きっと今日も帰りが遅くなるのだろう。
これまで当たり前に受け流していたその事実が、今の私にはとてつもない不安を与える。
多忙であった営業から部署を異動してからというもの、これほど帰りが遅くなることはほとんどなかったというのに。
それがここしばらくは滅多に早く帰ってくる日はない。
俊もきっと忙しい時期なのだろう、その分私が支えてあげなければ……呑気にそんなことを考えていた自分は、愚かだったのだろうか?
誰もいないリビングの明かりをつけ、冷蔵庫の中にある作り置きのおかずを温めた。
これも再び同棲を始めるようになってから二人で始めた習慣である。
いつのまにか料理の腕を上達させた俊が作ってくれた肉じゃがは、私の大好きなメニューだ。
二人一緒の食卓に並んで座り、温かい食事をとる。
ただそれだけでかけがえのない幸せな時間なのだということに、ヨリを戻してから気づいた。
いつも通り仕事を終えて彼と暮らすアパートへと帰宅した私は、ドアの近くで佇む女性の姿を捉えた。
オフィスカジュアルな服装に身を包み、足元は真っ黒なハイヒール。
そして髪は明るめのショートヘアだろうか……まだ距離があるためはっきりとはよくわからないが、我が家に用があることは間違いなさそうだ。
これが男性であったなら警戒して引き返そうと思ったのだが、女性であったことでなぜかその警戒心が緩まってしまった私。
恐る恐る女性の方へと歩みを進めると、私が声をかけるよりも先に彼女の方が私の存在に気づいたらしい。
なぜかヒールの音を響かせながらこちらへとやってくる。
思わず後退りをしようとするが、すでに遅かった。
しっかりと私の姿をとらえた女性の目には敵意が見て取れる。
「長谷川さんの彼女さんですか?」
「え……」
長谷川とは、俊の苗字だ。
この十年近く何度も耳にしてきたその名前に敏感に反応してしまう。
「私、長谷川さんの同僚の若宮千里と言います。長谷川さんにはいつもとっても良くしていただいて……」
「……あの、失礼ですがどういった御用件で?」
突然現れたかと思えば、目的も言わずに俊との関係を語りだしたその女性には不快感しかない。
そんな私の気持ちが表情に表れていたのか、若宮と名乗った女性は勝ち誇ったような笑みを浮かべてこう言った。
「これ、長谷川さんがこの前うちに遊びに来た時に忘れていったものなんです。会社で渡そうと思ったらなかなか会えなくて……。でもよかった、ちょうど彼女さんにお会いできたし」
その言葉と共に彼女からは何やら紙袋のようなものを手渡された。
上から中を覗くと、そこには見覚えのある俊の上着が入っていて思わず息が止まりそうになる。
「あの時は楽しかったと長谷川さんにも伝えてください。それから……色々とご迷惑をお掛けしてごめんなさいと」
それだけ告げた女性はヒールの音を鳴らして部屋の前から去っていった。
一人ドアの前に残された私は呆然とその場に立ち尽くす。
──部屋に、泊まった……? 俊が……?
確かにここ最近の彼は少し仕事が忙しくなり、何度か終電に間に合わずに自宅に帰れぬまま朝を迎えたことがあった。
しかしよりを戻してからの俊は付き合った当初の大好きだった彼のままであったため、特にその行動を疑うこともしなかったのだ。
──そうだ、鍵……。
玄関に立ち尽くしていたままの私は、ハッとしたようにカバンの中から鍵を取り出すと、鍵穴に差し込んで回す。
ゆっくりとドアを開けると、真っ暗な玄関が出迎えた。
俊はまだ帰っていない。
きっと今日も帰りが遅くなるのだろう。
これまで当たり前に受け流していたその事実が、今の私にはとてつもない不安を与える。
多忙であった営業から部署を異動してからというもの、これほど帰りが遅くなることはほとんどなかったというのに。
それがここしばらくは滅多に早く帰ってくる日はない。
俊もきっと忙しい時期なのだろう、その分私が支えてあげなければ……呑気にそんなことを考えていた自分は、愚かだったのだろうか?
誰もいないリビングの明かりをつけ、冷蔵庫の中にある作り置きのおかずを温めた。
これも再び同棲を始めるようになってから二人で始めた習慣である。
いつのまにか料理の腕を上達させた俊が作ってくれた肉じゃがは、私の大好きなメニューだ。
二人一緒の食卓に並んで座り、温かい食事をとる。
ただそれだけでかけがえのない幸せな時間なのだということに、ヨリを戻してから気づいた。
125
お気に入りに追加
612
あなたにおすすめの小説
王太子の子を孕まされてました
杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。
※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
妻のち愛人。
ひろか
恋愛
五つ下のエンリは、幼馴染から夫になった。
「ねーねー、ロナぁー」
甘えん坊なエンリは子供の頃から私の後をついてまわり、結婚してからも後をついてまわり、無いはずの尻尾をブンブン振るワンコのような夫。
そんな結婚生活が四ヶ月たった私の誕生日、目の前に突きつけられたのは離縁書だった。
【R18】寡黙で大人しいと思っていた夫の本性は獣
おうぎまちこ(あきたこまち)
恋愛
侯爵令嬢セイラの家が借金でいよいよ没落しかけた時、支援してくれたのは学生時代に好きだった寡黙で理知的な青年エドガーだった。いまや国の経済界をゆるがすほどの大富豪になっていたエドガーの見返りは、セイラとの結婚。
だけど、周囲からは爵位目当てだと言われ、それを裏付けるかのように夜の営みも淡白なものだった。しかも、彼の秘書のサラからは、エドガーと身体の関係があると告げられる。
二度目の結婚記念日、ついに業を煮やしたセイラはエドガーに離縁したいと言い放ち――?
※ムーンライト様で、日間総合1位、週間総合1位、月間短編1位をいただいた作品になります。
ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました
宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。
ーーそれではお幸せに。
以前書いていたお話です。
投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと…
十話完結で既に書き終えてます。
さよなら私の愛しい人
ペン子
恋愛
由緒正しき大店の一人娘ミラは、結婚して3年となる夫エドモンに毛嫌いされている。二人は親によって決められた政略結婚だったが、ミラは彼を愛してしまったのだ。邪険に扱われる事に慣れてしまったある日、エドモンの口にした一言によって、崩壊寸前の心はいとも簡単に砕け散った。「お前のような役立たずは、死んでしまえ」そしてミラは、自らの最期に向けて動き出していく。
※5月30日無事完結しました。応援ありがとうございます!
※小説家になろう様にも別名義で掲載してます。
恋人に捨てられた私のそれから
能登原あめ
恋愛
* R15、シリアスです。センシティブな内容を含みますのでタグにご注意下さい。
伯爵令嬢のカトリオーナは、恋人ジョン・ジョーに子どもを授かったことを伝えた。
婚約はしていなかったけど、もうすぐ女学校も卒業。
恋人は年上で貿易会社の社長をしていて、このまま結婚するものだと思っていたから。
「俺の子のはずはない」
恋人はとても冷たい眼差しを向けてくる。
「ジョン・ジョー、信じて。あなたの子なの」
だけどカトリオーナは捨てられた――。
* およそ8話程度
* Canva様で作成した表紙を使用しております。
* コメント欄のネタバレ配慮してませんので、お気をつけください。
* 別名義で投稿したお話の加筆修正版です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる