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俺と彼女の八年間とその後 2 ※
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そしてやってきた運命のあの日。
予想よりかなり早く客先との飲みが終わった俺は、心なしかいつもより軽い足取りで葵の待つアパートへと戻った。
——今日は少し気持ちにゆとりがある。久しぶりに葵と一緒に寝るか。
こんな自分本位な考えを持っていた俺は、相当おめでたいやつだったと思う。
そんなことを頭で考えながらカバンから鍵を出して鍵穴に差し込もうとしたそのとき。
向こう側から鍵が開けられ、急にドアが開いたのだ。
「俊」
「ただいま……って葵……? 何してんだよこんな時間に。しかもなんかいつもと雰囲気違くねーか?」
ドアの向こうから顔を出したのは、葵。
……のはずなんだが、どうにもいつもと雰囲気が違うのだ。
「帰ってきたんだ」
「は? 当たり前だろ。客先との飲みがいつもより早く終わったんだよ」
緩く巻いた茶髪を片側に流し、いつもよりも濃い口紅をまとった彼女がどうしようもなく色っぽく見えた。
シンプルな服装が多かったはずなのに、体のラインが際立つスリットの入ったワンピースを着た彼女の姿になぜか強い焦りを感じる。
——こいつ、こんなに色っぽかったか?
その焦りの原因が何だったのかはわからない。
彼女が俺の知らない誰かになってしまったような気がしたのだろうか。
その瞳には俺の姿など映っていないかのような、どこか達観した彼女の様子に気が狂いそうになる。
彼女は俺のものだ。
突然言葉では言い表せないほどの独占欲が湧き彼女に欲情した俺は、ほとんど無理矢理といっていいほどに彼女の体を奪った。
考えてみればセックスはいつぶりだろう。
付き合いたての頃は会うたびに体を重ねていたというのに、今では月一あるかないか。
日々に疲れすぎていた俺は家に帰ってセックスする気など毛頭起きず、性欲はどこかへ置いてきてしまったのだと思っていたほどだ。
今回の行為に葵の気持ちがついてきていないのは一目瞭然であった。
彼女のそこは、全くと言っていいほど濡れていなかったからだ。
指で刺激すれば生理的な湿り気を帯びてきたものの、そこに彼女の感情はない。
ただ淡々と俺の行為を受け入れる彼女の姿に俺はひたすら戸惑ったが、溢れ出る欲望には抗えずにそのまま押し切ってしまった。
——葵は、俺に好きって言わなかったな。
彼女の口からその言葉を聞いて安心したくて何度もせがんだが、結局その願いに応えてくれることはなかった。
行為を終えた後も虚しさと焦りだけが残り、彼女のぬくもりを感じたくて手を伸ばすが葵は直ぐにするりと抜け出していってしまう。
そしてあっという間に服を身に着けると、アパートから出て行ってしまった。
何時に帰るのかもわからないと。
相手は会社の同期だと言っていたが本当なのだろうか。
他に好きなやつでもできたのか。
葵に限ってそんなことはしないと心のどこかで思い込みたい自分もいて。
彼女はまた俺のところへ帰ってくる。
自分へ言い聞かせるという目的も兼ねて、俺は葵にメールを送った。
そして俺は心のざわめきを感じながら、落ち着かない夜を過ごしたのだ。
彼女が出かけてから数時間後、恐れていたことが起きる。
葵から突然メールで告げられた言葉を見た俺は、頭が真っ白になった。
メールの文面には、俺らの関係を終わらせる文字が並んでいた。
——嘘だろ!?
意味がわからず必死に葵に連絡を取ろうとするが、全く繋がらない。
スマホが壊れるのではないかというほどに何度も連絡を送り通知を確認している姿は、何とも無様だった。
同棲していた部屋を見渡してみても、彼女が出て行く前と何一つ変わりはない。
ほとんど身一つで出て行ったということなのか。
「葵、嘘って言えよ……」
結局一睡もできぬまま、俺は葵に一方的に連絡を取り続けたのだ。
予想よりかなり早く客先との飲みが終わった俺は、心なしかいつもより軽い足取りで葵の待つアパートへと戻った。
——今日は少し気持ちにゆとりがある。久しぶりに葵と一緒に寝るか。
こんな自分本位な考えを持っていた俺は、相当おめでたいやつだったと思う。
そんなことを頭で考えながらカバンから鍵を出して鍵穴に差し込もうとしたそのとき。
向こう側から鍵が開けられ、急にドアが開いたのだ。
「俊」
「ただいま……って葵……? 何してんだよこんな時間に。しかもなんかいつもと雰囲気違くねーか?」
ドアの向こうから顔を出したのは、葵。
……のはずなんだが、どうにもいつもと雰囲気が違うのだ。
「帰ってきたんだ」
「は? 当たり前だろ。客先との飲みがいつもより早く終わったんだよ」
緩く巻いた茶髪を片側に流し、いつもよりも濃い口紅をまとった彼女がどうしようもなく色っぽく見えた。
シンプルな服装が多かったはずなのに、体のラインが際立つスリットの入ったワンピースを着た彼女の姿になぜか強い焦りを感じる。
——こいつ、こんなに色っぽかったか?
その焦りの原因が何だったのかはわからない。
彼女が俺の知らない誰かになってしまったような気がしたのだろうか。
その瞳には俺の姿など映っていないかのような、どこか達観した彼女の様子に気が狂いそうになる。
彼女は俺のものだ。
突然言葉では言い表せないほどの独占欲が湧き彼女に欲情した俺は、ほとんど無理矢理といっていいほどに彼女の体を奪った。
考えてみればセックスはいつぶりだろう。
付き合いたての頃は会うたびに体を重ねていたというのに、今では月一あるかないか。
日々に疲れすぎていた俺は家に帰ってセックスする気など毛頭起きず、性欲はどこかへ置いてきてしまったのだと思っていたほどだ。
今回の行為に葵の気持ちがついてきていないのは一目瞭然であった。
彼女のそこは、全くと言っていいほど濡れていなかったからだ。
指で刺激すれば生理的な湿り気を帯びてきたものの、そこに彼女の感情はない。
ただ淡々と俺の行為を受け入れる彼女の姿に俺はひたすら戸惑ったが、溢れ出る欲望には抗えずにそのまま押し切ってしまった。
——葵は、俺に好きって言わなかったな。
彼女の口からその言葉を聞いて安心したくて何度もせがんだが、結局その願いに応えてくれることはなかった。
行為を終えた後も虚しさと焦りだけが残り、彼女のぬくもりを感じたくて手を伸ばすが葵は直ぐにするりと抜け出していってしまう。
そしてあっという間に服を身に着けると、アパートから出て行ってしまった。
何時に帰るのかもわからないと。
相手は会社の同期だと言っていたが本当なのだろうか。
他に好きなやつでもできたのか。
葵に限ってそんなことはしないと心のどこかで思い込みたい自分もいて。
彼女はまた俺のところへ帰ってくる。
自分へ言い聞かせるという目的も兼ねて、俺は葵にメールを送った。
そして俺は心のざわめきを感じながら、落ち着かない夜を過ごしたのだ。
彼女が出かけてから数時間後、恐れていたことが起きる。
葵から突然メールで告げられた言葉を見た俺は、頭が真っ白になった。
メールの文面には、俺らの関係を終わらせる文字が並んでいた。
——嘘だろ!?
意味がわからず必死に葵に連絡を取ろうとするが、全く繋がらない。
スマホが壊れるのではないかというほどに何度も連絡を送り通知を確認している姿は、何とも無様だった。
同棲していた部屋を見渡してみても、彼女が出て行く前と何一つ変わりはない。
ほとんど身一つで出て行ったということなのか。
「葵、嘘って言えよ……」
結局一睡もできぬまま、俺は葵に一方的に連絡を取り続けたのだ。
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