【R-18】私と彼の八年間〜八年間付き合った大好きな人に別れを告げます〜

桜百合

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私と彼の八年間 14

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「なあ、葵……もう一度やり直したい。ゼロどころかマイナスのスタートだってことはわかってる。それでもお前がいなくなるよりも何倍もマシだから……」

「わからない」

「……え?」

「わからないの!」

 再び私の中で何かが弾け飛んだ。

「将来なんてどうなってるかわからないし、約束なんて無意味だったじゃん。俊だって今はこうして焦って私のこと引き止めようとしてるけど、またヨリ戻したらそのうち前みたいになるかもしれない。もう傷つくのは嫌なの、不安になりたくないの!」

「葵……」

「なんで帰ってきてくれなかったの!? なんで誕生日の日……私待ってたのに……ずっとずっと待ってたのに!」

 俊に別れ話をした時ですら流すことのなかった涙が、今になって溢れ出る。

「おめでとうって、俊に言ってもらいたかっただけなのに! なんでっ……なんで!」

 一度溢れ出した感情と涙を止めることはできない。
 わあぁっと大声をあげて泣く私を俊はただただ抱き締めながら、落ち着かせるように頭を撫でていた。

「私はいつだって俊には敵わない。昔からそうだった。俊と私じゃ釣り合わなかったんだよ」

「そんなこと言うなよ!」

 俊が私を抱きしめる腕に力が入る。

「葵は昔から誰よりも可愛かったよ。話しやすくて、一緒にいると時間が過ぎるのもあっという間で楽しくて……ずっと一緒にいれたら幸せだなって思ってた」

「今はもう違う」

「違わない」

「また仕事が忙しくなったら前の俊に戻るかもしれない。そうしたら連絡もつかないし、ずっと待ってても帰ってこない。あのときの俊の中には私の存在なんてカケラも無かった。俊のことを待ち続けて裏切られるのにはもううんざりだよ」

 俊は何も答えなくなった。
 だが私を抱きしめるその腕の力が緩まることはない。

「俺さ」

 どのくらい沈黙が続いただろうか。
 抱きしめられていた体を離そうとしたその時、再び腕にグッと力が込められたかと思うと俊が口を開いた。

「憧れてた営業の仕事について家に帰れば大好きな彼女がいて、浮かれてたんだと思う。蓋を開けてみればただの接待続きで毎日上司と客の機嫌を取りながら飲み会三昧。頭の中で考えてた理想とはかけ離れてて、俺のやりたかったことって何だったんだろうって自暴自棄になってた」

「……」

「それでも葵は昔と変わらず優しくて俺のことだけ見てくれてて。俺は葵の優しさに甘えてた。八年間も一緒にいたんだし、葵が俺から離れていくことはない。いつかは葵と結婚するだろうから今はどうでもいいやって……しょーもない男だよな」

 俊の言葉の節々には自嘲の雰囲気が漂っている。

「俺はこんなに大変な思いしてんだから、これくらい許されるだろって思い上がって勘違いしてた。だけど、葵が出て行ってようやく気づいた。遅すぎるだろうけど、俺バカだからさ……ごめんな」

「……もういいから」

「葵が出て行って連絡も取れなくなって、初めて葵の気持ちがわかった。ああ、見えない相手を待つってどうしようもなく苦しくて辛いんだって。しかも俺はたったの二ヶ月でこんなに苦しかったのに、葵は何年も耐えてたんだなって……俺は葵にそんな思いをずっとさせてたんだって気づいたら、申し訳なくて……」

「もう聞きたくない、やめて俊」

「すぐに葵の会社に行こうと思ったんだ。だけど、今行ったところでどうせ拒否られてもう今度は二度と会えなくなるかもしれない。だから、環境を変えて俺自身もリセットしてから葵に会いに行こうと思った」

 俊はもちろん私の職場を知っているし、何度か迎えにきてもらったこともあるので場所もわかっている。

 別れを告げた当初は職場に俊が現れたらどうしようかと不安に思っていたが、意外にも彼は現れなかった。
 その行動の裏にはそういう理由があったのかと今納得する。

「本当はもっと冷静に、葵に謝るつもりだったんだ。だけどあの男と一緒にいる葵をみたらそんな考えも吹き飛んで頭ん中真っ白。葵が他の男のものになるなんて許せねーって……。結局俺は情けない男だよな」

 でも、と俊は続けた。

「もう葵にはとっくに情けないところを見られまくってるよな……」

「確かに、そうだね」

 私はついクスリと笑ってしまった。
 俊はそんな私の様子に、ホッとしたように肩の力を抜いた。

「最悪の彼氏だったと思う」

「わかってる。それに関しては何も言えないし言うこともない」
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