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私と彼の八年間 12

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「俺今日帰り早いんだ。どこか飯でも行く?」
「ううん、お金もったいないし」
「じゃあ俺作るよ。葵今日残業あるんだろ?」
「無理しなくていいのに。お惣菜とか買おうよ」
「無理なんてしてない。葵が隣にいるのが幸せなんだよ」
「またそういうよくわかんないこと言って」
「俺は本気だよ。葵がいると自然と頑張れる」

 あれから半年。
 結局私は同棲していたアパートに逆戻りしていた。
 本当はあの場ではっきりと拒絶するべきだったのかもしれない。
 でも私にはできなかった。
 あのままでは俊が本当に壊れてしまいそうだったから。
 俊の苦しむ顔は見たくなかった。
 結局は惚れた弱みなのだろうか。

 散々彼に傷つけられておきながら、この期に及んでまだ彼のことを案じてしまった自分には呆れてしまう。
 八年間という月日は思いの外私の心の奥深くに絡まりついて、解けてはくれないらしい。



 荒れ放題だった部屋は俊が数日かけて元通りにしたらしく、私が荷物をまとめて部屋へ戻ってきたときにはすっかり綺麗な状態へと様変わりしており。

 まるで人が変わったかのように彼は家事に仕事に勤しむようになった。
 というよりも、昔の俊に戻っただけなのかもしれないが。

 あれほど恋しく思っていた以前の俊が戻ってきてさぞ嬉しいかと思いきや、私は未だどこか他人事だ。

 そして俊とヨリを戻したのかと言われると、果たしてどうなのかわからない。

 同じ屋根の下で共に食事をとり、並んで眠る。
 ただそれだけの曖昧な関係なのだ。
 私が別れを告げたあの日以来私たちはセックスどころかキスすらしておらず、俊もそれを求めてはこない。
 他人から見れば理解し難い関係だろう。

「葵、明日もここにいるよな? 起きたらいなくなってたりしないよな?」
「多分ね」
「多分ってなんだよ……俺明日もちゃんと早めに帰るから。どこにも行かないで待っててくれるって約束してくれよ……」

 私が戻ってきてからというもの毎晩のように俊が尋ねるその言葉。
 問いかけられるたびに、なんと答えるのが正解なのかわからなくなる。
 『絶対』なんて約束できないことは言いたくない。
 世の中絶対なんてことは何一つないのだ。
 
 八年前の自分は、俊との関係がこうも変化してしまうなど思ってもみなかっただろう。

 あれ以来俊は私がどこかへ出かけたまま戻ってこなくなることを過剰なほどに恐れ、心配するようになった。
 だからといって束縛されるということはないのだけれど、彼の心をこれほどまでに不安に縛り付けてしまっていることに対して、罪悪感に似た感情を覚え始めている。

 常に私に気を遣い私の顔色を伺いながらの生活に、俊は嫌気がさすことはないのだろうか。
 この関係のまま先の見えない未来へとずるずると続いていくのは、俊のためにも私のためにも良くないのではないか。
 そう思いながらも、自分がどう動くべきなのかわからないまま時間だけが過ぎていく。
 
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