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私と彼の八年間 5 ※
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彼のスーツ姿が何より大好きだった。
サラサラとした前髪を下ろしてネクタイを締めた姿が本当に格好良くって、その姿を見るたびに誇らしくて胸が高鳴った。
嬉しそうにその日の出来事を話してくれる彼の隣で、笑って夕飯を食べた日々。
そんな日々が走馬灯のように頭を駆け巡る。
「葵……泣いてる……」
気付けば心配そうな顔をした俊が、目尻から滲み出たらしい涙をそっと拭ってくれていた。
「ああ、ごめん……久しぶりだったから」
「指、痛かった?」
「ううん。大丈夫、続けて」
「……痛かったら無理しないで言えよ」
俊がいつになく優しい。
こんな声色の彼と会話したのはいつぶりだろうか。
そんなことを考えているうちに、私の膣口に熱いものが当てられた。
「……挿れるから」
その声と同時に俊の昂ったものが私を貫く。
執拗な愛撫をもってしても潤いは不十分であったらしく、目一杯に広げられた入り口は焼けるような痛みを伴ったが、私は平然を装った。
余計な優しさをかけられたくなかったのだ。
「大丈夫?」
「大丈夫、動いていいよ」
私は俊をじっと見据えて微笑む。
するとなぜか彼は不安げに瞳を揺らしたが、すぐになんでもないように腰を動かし始めた。
「んっ……はあっ……」
きっと声は出ないだろうと思っていたが、不思議と体を打ち付けられる勢いでそれなりに甘い声が出る。
初めは焼けるようなヒリつきを覚えていた入り口もいつのまにかすっかり順応したらしく、グチュグチュと卑猥な音すら出し始めたようだ。
「はあっ……葵、好きって言って」
「何なの突然」
突然俊が言い出したとんでもない言葉に、私はついクスリと笑ってしまった。
以前はよくこんな甘い台詞を囁いてくれていたが、最近の彼はそんなこと決して口にしない。
「いいから、好きって言えよ」
「今日の俊、なんか変だよ」
「っ……変なのはお前だろ」
私は俊に『好き』とは言えなかったし、言わなかった。
もう以前のような純粋な気持ちで彼のことを思っていないから。
「葵……」
俊はそんな私に対して苦しげな表情を浮かべると、そっと私の頬に手を触れた。
なぜだか私も自然にその手に自分の手を重ね合わせる。
そして目を閉じた。
この思い出を胸に焼き付けるために。
「っ……俺もうイキそう……」
「いいよ、いって」
俊は強い力で腰をぶつけ続ける。
擦れあったところが先ほどとは違った意味で熱を帯びてヒリつきを感じた。
「はあっ……葵! 好きだ!」
その言葉と同時に彼は私の中で果てた。
ずるりと引き出されたものを見ると、いつ着けたのかしっかりとゴムが装着されている。
そうだ、彼は毎回避妊をしてくれていた。
なんて今更どうでもいいことが頭をよぎる。
「葵……」
いつもなら行為を終えた後すぐに寝室を出て行くのに、なぜか今日は私を引き寄せるかのように抱きしめる。
「離して、間に合わないって言ってるでしょ」
これ以上ここにいても何も良いことはないのだ。
私は俊の胸元を強く押して無理矢理体を引き剥がすと、床に散らばった服たちを拾い集めて身につける。
せっかくメイクも髪も整えたというのに、すっかりぐちゃぐちゃになってしまったかもしれない。
だがもう辺りは真っ暗だ。
そこまで周りの目を気にする必要もないだろう。
「何時に帰ってくる?」
身支度を整えて最後にカバンに手を伸ばしたその時、未だベッドに座り込んだままの俊がそう尋ねた。
「わからない」
幸いなことに明日は土曜日なのだ。
帰りが遅くとも怪しまれることはないだろう。
「明日、俺予定ないから」
「そう」
「……どこか行かないか?」
——何を今更。
「帰り何時になるかわからないから。気にせず適当にしてていいよ」
「……早めに帰ってこいよ」
「じゃあね」
縋るような俊の視線を振り払いカバンを手に取ると、真っ直ぐ玄関へと進む。
先日買ったばかりのブランド物の黒いハイヒールに足を入れ、今度こそドアを開けた。
——さようなら、俊。
私はすうっと大きく息を吸い込むと、颯爽とハイヒールを鳴らして二人の家を後にしたのだった。
サラサラとした前髪を下ろしてネクタイを締めた姿が本当に格好良くって、その姿を見るたびに誇らしくて胸が高鳴った。
嬉しそうにその日の出来事を話してくれる彼の隣で、笑って夕飯を食べた日々。
そんな日々が走馬灯のように頭を駆け巡る。
「葵……泣いてる……」
気付けば心配そうな顔をした俊が、目尻から滲み出たらしい涙をそっと拭ってくれていた。
「ああ、ごめん……久しぶりだったから」
「指、痛かった?」
「ううん。大丈夫、続けて」
「……痛かったら無理しないで言えよ」
俊がいつになく優しい。
こんな声色の彼と会話したのはいつぶりだろうか。
そんなことを考えているうちに、私の膣口に熱いものが当てられた。
「……挿れるから」
その声と同時に俊の昂ったものが私を貫く。
執拗な愛撫をもってしても潤いは不十分であったらしく、目一杯に広げられた入り口は焼けるような痛みを伴ったが、私は平然を装った。
余計な優しさをかけられたくなかったのだ。
「大丈夫?」
「大丈夫、動いていいよ」
私は俊をじっと見据えて微笑む。
するとなぜか彼は不安げに瞳を揺らしたが、すぐになんでもないように腰を動かし始めた。
「んっ……はあっ……」
きっと声は出ないだろうと思っていたが、不思議と体を打ち付けられる勢いでそれなりに甘い声が出る。
初めは焼けるようなヒリつきを覚えていた入り口もいつのまにかすっかり順応したらしく、グチュグチュと卑猥な音すら出し始めたようだ。
「はあっ……葵、好きって言って」
「何なの突然」
突然俊が言い出したとんでもない言葉に、私はついクスリと笑ってしまった。
以前はよくこんな甘い台詞を囁いてくれていたが、最近の彼はそんなこと決して口にしない。
「いいから、好きって言えよ」
「今日の俊、なんか変だよ」
「っ……変なのはお前だろ」
私は俊に『好き』とは言えなかったし、言わなかった。
もう以前のような純粋な気持ちで彼のことを思っていないから。
「葵……」
俊はそんな私に対して苦しげな表情を浮かべると、そっと私の頬に手を触れた。
なぜだか私も自然にその手に自分の手を重ね合わせる。
そして目を閉じた。
この思い出を胸に焼き付けるために。
「っ……俺もうイキそう……」
「いいよ、いって」
俊は強い力で腰をぶつけ続ける。
擦れあったところが先ほどとは違った意味で熱を帯びてヒリつきを感じた。
「はあっ……葵! 好きだ!」
その言葉と同時に彼は私の中で果てた。
ずるりと引き出されたものを見ると、いつ着けたのかしっかりとゴムが装着されている。
そうだ、彼は毎回避妊をしてくれていた。
なんて今更どうでもいいことが頭をよぎる。
「葵……」
いつもなら行為を終えた後すぐに寝室を出て行くのに、なぜか今日は私を引き寄せるかのように抱きしめる。
「離して、間に合わないって言ってるでしょ」
これ以上ここにいても何も良いことはないのだ。
私は俊の胸元を強く押して無理矢理体を引き剥がすと、床に散らばった服たちを拾い集めて身につける。
せっかくメイクも髪も整えたというのに、すっかりぐちゃぐちゃになってしまったかもしれない。
だがもう辺りは真っ暗だ。
そこまで周りの目を気にする必要もないだろう。
「何時に帰ってくる?」
身支度を整えて最後にカバンに手を伸ばしたその時、未だベッドに座り込んだままの俊がそう尋ねた。
「わからない」
幸いなことに明日は土曜日なのだ。
帰りが遅くとも怪しまれることはないだろう。
「明日、俺予定ないから」
「そう」
「……どこか行かないか?」
——何を今更。
「帰り何時になるかわからないから。気にせず適当にしてていいよ」
「……早めに帰ってこいよ」
「じゃあね」
縋るような俊の視線を振り払いカバンを手に取ると、真っ直ぐ玄関へと進む。
先日買ったばかりのブランド物の黒いハイヒールに足を入れ、今度こそドアを開けた。
——さようなら、俊。
私はすうっと大きく息を吸い込むと、颯爽とハイヒールを鳴らして二人の家を後にしたのだった。
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